その3
ディアメルの話す母――即ち空凪箒の話は、概ね彗の知る限りの空凪箒という人物像と一致した。
自由気まま。自分勝手。自由奔放。唯我独尊。正に我が道を往く――そういう人だ。人の話は話半分程度にしか耳を貸さず、その行動のほとんどが行き当たりばったり。出たとこ勝負が大好きな破天荒である。
箒がこのフィムルロードに訪れたのは約五〇年前だという。
シャーロットから聞いた話と同じ。この国を襲った未曽有の災厄に為す術もなかった王国。そこに《招きの間》へ召喚された空凪箒が、当時王女だったディアメルの言葉に一言「任せて」と言って災厄に挑んだそうだ。
そうして二日二晩彼女は災厄と対峙し、そうして災厄を打ち倒した――まさに人外の所業。
その程度ならば、母は遣ってのけるだろう。あの人は空凪の直系。それも史上でも初代に並ぶほどの腕を持つ、最強と目されるほど実力者だ。その人物が使うのは、対人外用戦闘術である空凪古流である。人ならざる化け物相手にあの人は堂々と勝ってしまう。その姿もありありと想像できる。
問題なのはその後である。
シャーロットの話とは異なるのは此処からだ。
災厄を退けた後、ディアメルの元に戻ってきた箒の様子は、この世界に来た時とは全く異なるものだったという。
人外の存在と相対峙した。それも休みなく二日二晩戦っていたとなれば憔悴もするだろう。だが、それを差し引いても彼女の様子は可笑しかったとディアメルは言う。
まるで魂の抜けたようだと言っていた。酷く憔悴仕切り、更に悲愴と後悔に満ちた表情で彼女は帰還したそうだ。
そして国中が彼女を英雄と称賛する声に対し、箒は言った。
「私を英雄などと呼ばないで」
と。
まるで彼女らしくないと、彗は思う。空凪箒という人間は、それこそ褒められればどこまでも調子に乗る、まさにお調子者の代表みたいな人物だった。
そんな人物が何故、そのような否定を口にしたのか? 自らに注がれた惜しみない賛辞の言葉を悉く拒絶していたのか?
正直なところ、想像もつかない――というのが彗の結論だった。
「少しは参考になりましたか?」
「結局、分からんことが増えたということだけは分かった」
ディアメルの言葉に、彗は白髪を掻き毟りながら小さくぼやく。すると、くすくすとディアメルが笑う。
一体何処に笑うところがあったのだろうか? と眉を寄せる彗に向け、ディアメルは言った。
「貴方は本当に、ホウキとは真逆な人だと思ったのですよ」
「それは良かった……」
本心から、彗はそう言った。母のことは尊敬もしているし目標ともしている。しかし似ているなどと思われるのは心外以外の何物でもない。彗は小さくため息を漏らすと、ディアメルは何か面白いものでも三鷹のような視線で彗を見て、何食わぬ表情で言葉を続けた。
「どちらかと言えば、我が孫――シャーロットのほうが、貴方に似ていますね」
「なに?」
思わず聞き返してしまう。何処をどうすれば、自分とあの全自動暴走娘が似ているというのだろうか? 疑問に柳眉を吊り上げる彗に、ディアメルは心底可笑しそうに笑って見せた。
「そういう、何かと解せぬことがあった場合に眉を寄せたり、髪を掻く仕草の際の表情などが異様に似ているのですよ――そして何より、その生涯が……」
それこそ、心外である。もしかすれば、箒に似ていると言われる以上に不愉快な気もする。彗は深い溜め息をつく。この国に来て以来、溜め息の回数は元の世界にいた時より遥かに増したような気がする。それは恐らく間違いではないだろう。
「悩み事が多そうですね?」
「まったくだ……」
他人事のように言うディアメルに、彗は大きく首を縦に振って同意する。そして、ふと思い出したように、彗はディアメルに尋ねる。
「話ついでに、もう一つ聞きたいことがある」
「私に答えられることならば、なんなりと」
それなら問題ない。彗は言葉を続けた。
「――ル・ガルシェについて」
一瞬、ディアメルが眉を顰め――そして僅かに訝しむように問うた。
「興味でも湧きましたか?」
「目下この国にとって脅威となりえるのは、隣国であり、国境で何度となくいざこざを起こしているル・ガルシェだろう?」
「つまり、貴方がこの世界にやってきた理由は、ル・ガルシェにある――あなたはそう考えているのですね?」
「自然だと思うが? それ以外に何か物理的脅威があるようには見えない」
事実、彗がこの世界にやってくる少し前までシャーロット率いるフィムルロード正規軍《聖輝の剣》は、国境でル・ガルシェと紛争していたという。
そして、彗のように異世界から召喚された者の役目は、この国を襲う災いを防ぐため。
なら、最もその可能性の高い存在はル・ガルシェと推論立てするのは当然のことだろう。
彗の言葉に、ディアメルはまあ仕方がない、と言った様子で嘆息一つし、口を開いた。
「――ル・ガルシェという国は、今から数年前に大陸北端にある鉱山地帯から大陸全土に向けて建国を宣言し、また宣戦布告を行った狂気の国。各国首脳の集まる国際会議ではそう呼ばれていました」
「過去形……か」
「今ではそう呼んだ国の半数が、彼の国に滅ぼされていますからね。そうして滅ぼした国々の国土を自国の領土とし、彼らの国土はたった数年で大陸でも最大と言われるほど膨れ上がっています。その最大の強みは、命を持たぬ機械仕掛けの兵士――通称、擬神機」
「擬神機……」
その名を聞き、また口にした彗にはその名が酷く不吉なものに聞こえた。
「当初、目ぼしいものは大量の鉄が採掘できる鉱山しかなく、それ以外は不毛の地ともいえるような場所から建国宣言が出された時は皆が正気を疑ったものです。それがあのような狂気の産物を生み出すための資源になる――などとは、私たちにはあまりに荒唐無稽な発想でしたから」
「魔術文明が仇となった……そういうわけだな」
彗の言葉にディアメルはゆるりと、しかしはっきりと首肯した。
「フィムルロードほどではないにしろ、この大陸では魔術というものは極一般的な技術として浸透しています。機械、というものはほかの大陸で発展する、魔術とは全く異なる技術――というのが、私たちの認知する領域です。あのような戦術兵器を生み出せるようなものだとは、努々思ってもいませんでした」
「俺たちの世界ではむしろ当たり前のものなんだがな……」
むしろ魔術というもののほうが非常識の権化だ。何度目にしたところで、未だ現実と認知するのは度し難いものである。
……まあ、それを言ったら空凪古流という武芸とて、非常識の領分にある業ではあるが。それは今別問題だ。
今注視するべきことは一つ。
「――問題は、魔術で擬神機に何処まで対抗できるか、だな」
その一点に尽きた。
彗の疑問に、ディアメルは答える。
「現状、このフィムルロードの軍である《聖輝の剣》はル・ガルシェの国境侵攻に対し快進撃を続けています。しかし、そう楽観視していいものだとは私もあの娘も思ってはいません」
「ル・ガルシェがもし何らかの手段で魔術に対抗する術を得たら、立場は一気に逆転するだろうな……」
他人事のように、彗は肩を竦めた。しかし、そんな彗の態度に怒ることもせず、ディアメルは同調するように嘆息し、そして微苦笑する。
「そうならないことを祈るばかりですよ」
「……なら俺は、その心配が老害にならないことを祈るとしよう」
疲れた、そう言外に告げるような吐息を漏らすと、今度こそこの場所に留まる用事もなくなった彗は、席を立って書庫の出口へと向かった。
その背に、ディアメルが声をかけた。
「……ホウキはこの世界を去る前、この地に一冊の手記を残しています」
その言葉にぴたり、と足を止め、彗は振り返って言った。
「しかし、失われた――か?」
「その通りです」
至極申し訳なさそうに表情を歪め、ディアメルは低頭する。
「恐らく私の父が何処かへ隠蔽したのだと思います。隠滅されたわけではないのですが、未だその所在は掴めていません」
その言葉に、彗は小さい嘆息を漏らした。
「……陰険」
「そうですね」
ディアメルは失笑し、その後こう付け加えた。
「ですが、必ず見つけて貴方へと渡しましょう。きっと、そのために描かれた手記だと私は思いますから」
「そういうのは、希望的観測というと思うが?」
そう言い残し、彗は手をひらひらと揺らしながら今度こそ書庫を後にした。
ひさびさの更新です。
先日ようやく新人賞用の作品を書き上げたので、こちらに舞い戻ります。
リ=ヴァース・ファンタジアのほうも近い内に更新しますので、世品によろしくお願いします。
昔大学の後輩が描いてくれた彗
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=29469758
とシャーロット
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=29470014
のイメージイラストがあります。
ピクシブさんですよー。
昔から彼にはお世話になりっぱなしです。良ければ見てみてください。
皆様のイメージと一致しましたかね~?




