始前 『箒星の英雄』
その少女にとって、目の前に立つ女性は誰がなんと言おうと英雄であった。
その女性は、ある日自分たちの都合によって異世界から召喚された異邦者と呼ぶような存在だった。
生まれた地から突然異邦の地へと無理やり呼び寄せられ、そして突然に「我らが国を救え」などと言われて、それを笑顔で、そして二つ返事で応じる人間などきっと二人といないだろう。
その女性は、自分たちの「この国を救ってくれ」という荒唐無稽な願いに対し、それを「オッケー、任せておきなさい!」と、わけのわからない言葉と共に、意気揚々とさも当然のように受け入れたのだから、世の中おかしな人間はいるものだと少女は思った。
そして実際、自分たちの国を襲っていた災厄を、奇妙な剣一本で退けてみせたのだから、この世は喜劇か何かで構成されているのではないかと疑ってしまう始末である。
この国すべてを自分たちの国が何年も苦しめていた、この国の最大の武力である魔術の通じぬ恐るべき化け物は、そんな異邦の世界から召喚された剣士の手により、あっさりと討滅されてしまったのだった。
少女の既知とする人の中で、彼女ほど勇ましく、彼女ほど頼もしく、彼女ほど優しい人は知り及ばない。英雄という言葉の定義は数あれど、少女にとって、この女性ほど英雄と称するに相応しい人間はいなかった。
父は彼女のことを「彼の者はこの国の歴史を壊す存在だ。決して深入りするな」と言っていたが、そんなことは知ったことではなかった。
この国を救ってくれた英雄を慕うなど、実に無理なことを皆に言う。きっと民とてこればかりは王の言葉でも聞きはしないだろう。
実際、その女性はのちにこの国を救った英雄としてその名を語り継がれ続けることになる。
姿を現した時が突然ならば。
災いを退ける瞬間は文字通り刹那。
そしてこの世界を去るまでの勢いの速さは、まさに星の瞬きの如く。
されど、その記憶は決して消えることなく続く存在。
その英雄の名前と同じ名を持つ、宇宙の彼方を旅する巨大な天星の名を冠して。
――《箒星の英雄》。
それが、歴史に語り継がれる、英雄の名だった。