第二幕 「自衛軍」
こんいちは、神ヶ夜裕真です。
「獣乃道」の続編です。
今回のお話では今後重要な立ち回りをする新キャラを出演させてます。
お見苦しい文章になっているかもしれませんが、どうか温かい目で見てやってください。
獣乃道第一章二幕「自衛軍」
――旧,水の都「ヤヨイ」
水の都。この街がそう呼ばれたのは、もう何年前の話だろうか。
私がまだ幼かった頃、この街はまだ水の都としての姿を保っていた。
街の中央にある大井戸から湧き出た水は街中に流れ、清らかで透き通った水は水路を流れながら、太陽の光を煌びやかに反射して街を彩った。
その清らかな水をたっぷりと吸い込んだ土は肥え、豊かな緑を育んだ。
人々は水を愛し、水と共に生きていた。
しかしある日、誰もが予想だにしなかった事件が起きた。
突然、大井戸の水が枯れたのだ。
街の役人たちが青ざめた顔をしながら井戸を掘り返した光景は、今でもよく覚えている。
それからというもの、この街は荒れに荒れた。
水源をなくした水の都は、略奪や争いが頻繁に起こり、憎しみや悲しみの感情が街を食いつぶしていった。
そしてとうとう、あの日がやってきた。
家に保管してあった食料が尽きてしまったため、私は父と二人で買い物に出かけた。
すると突然、店に入った私と父を、一人の獣族が襲ってきたのである。
薄汚れた黒の鬣に、二本だけ鋭く尖った犬歯。
そして何より、狂気に満ちたとしか思えないどす黒い眼光をした男が、私に短刀を突き立てて突進してきたのだ。
ああ、私はこのまま死ぬのだ。と直感した。
しかしそうではなかった。
死ぬのは、私ではなかった。
突進してくる男と私の間に、父が割って入った。
そしてそのまま、短刀は父の胸元にグサリと刺さった。
男はニタァと薄汚い笑顔を見せた後、肉の実を数個持って店を逃げ出していった。
私はその光景を、ただただじっと見ているしかなかった。
その後間もなく父は死んだが、葬儀は行われなかった。
葬儀を行うほどの資金も、精神的余裕もなかったからだ。
母もしばらくして、ショックの為床に伏せてしまった。
私は、子供ながらに誓った。
必ず、あの男を処刑台に送ってやると。
そして必ず、この街をもとの水の都に戻した見せると。
これが私、クラカ・ジールがこの街の自衛軍に入隊した理由である。
――夕刻から一刻程前
「ここが水の都か。なんだか想像してたのとちょっと違うな」
「そうだね。遠くで光って見えていたのも、全部鍛冶場の明かりだったし」
水の都に到着したユリンとエリクは、今晩泊まれそうな宿を探していた。
ヤックの疲れ具合から言って、今日はこれ以上遠くに行けそうにない。
しばらく待ちをふらついていると、男が二人に近付いてきた。
男はフードを深くかぶっていて、その顔を伺うことはできない。
「お嬢ちゃんたち、この街は初めてかい?」
「ええ。さっき付いたばかりなんです」
「おやおやそうでしたか。それはさぞかしお疲れでしょう。よろしければ私が、いいお宿をご紹介して差し上げましょうか?」
「え、いいんですか?」
ユリンが嬉しそうにするのと正反対に、エリクは男を怪しんだ目で見ている。
「ええ勿論ですとも。格安にして差し上げましょう」
「やったねエリク。私たち運がいいわ」
「それでは、ご案内致します」
男は二人を街の奥へと案内した。
しばらく歩いたところに、小さな宿屋らしき建物があった。
少々入り組んだ場所にあったその建物は、いかにも怪しいといった雰囲気を醸し出していた。
「なあユリン、やっぱりやめておいた方がいいんじゃないか? いかにも怪しいぞ、ここ」
エリクが小声で耳打ちすると、ユリンはニコッとしながら
「大丈夫よエリク。何かあればすぐに逃げればいいわ」
「そんなこと言ったって……」
「さあさあお二方、どうぞこちらにございます」
フードの男はそう言って扉を開けた。
「やれやれ、呑気なこと言っちゃってさ。まあ俺は何があっても、君のことを守ってみせるけど……」
「えっ? 今なんて……」
そんな会話をしながら建物に入ろうとした、その時だった。
「ダメッ! そこに入っちゃダメよ!」
どこからかそんな大声が聞こえてきた。
そして次の瞬間には、ピーッピーッという笛を吹いたような音が辺りにこだましていた。
「チッ、自衛軍の奴らだ」
フードの男はそう言うと、二人めがけて飛びかかってきた。
「うおっ、何するんだ!」
エリクはそれをいなすと、ユリンの手を持って男との間合いをとった。
飛びかかりに失敗した男は、顔を勢いよく地面いう付けたようで、顎のあたりをさすっていた。
「畜生め、まさか自衛軍に見つかるなんて……。おいお前ら、こうなったら総力戦だ。捕まりたくなかったらさっさと出てこい」
男がそう叫ぶと、建物の中あらぞろぞろと屈強な男たちが現れた。
男たちはそれぞれ手に刃物や鈍器を持っている。
「くっそ、武器持ってやがる……」
エリクはしっかりとユリンを後ろにかばいながら、間合いを保っている。
「あなたたち、下がって!」
先ほどと同じように、叫ぶ声が聞こえた。
見ると、エリクたちの左方から、エリクの身の丈ほどもある長刀を構え、重厚な鎧を着た何者かが、こちら目掛けて駆けてくるではないか。
「な、何だ!?」
エリクらは言われるがまま後ろへ下がった。
長刀を持った何者かは、ちょうど男らとエリクらのあいだに来ると、ピタリと止まった。
「おい、コイツってあの“切り裂き魔”じゃねえか!?」
男らの一人がそう言った。
「関係ねぇ、見つかったからにゃあ切らねえとこっちが切られる」
フードの男はそう一喝し、戦闘態勢へ入った。
仲間らしき男らもフード男につられるようにして次々と武器を構えた。
「なに、相手は一人だ。これだけの人数でかかりゃあなんとかなるさ」
フード男がそう言うと、長刀の何者かが男らの方を向いていった。
「貴様ら下劣なゴミどもが難易なん集まったところで、この私に傷一つ付けることはできはしない」
声からして、女だろうか。その声色からは落ち着きと威厳さを感じられる。
「少年たち、もう少し後ろに下がっていなさい。もうすぐ仲間が来るわ」
長刀の女性はエリクらに背中を見せたままそう言った。
「お、おう……」
エリクはまたも言われるがまま、後ろへ下がった。
そのまま荷物をヤックに載せ、いつでもかけ出せるように準備を整えた。
長刀の女性は、その剣の構えを崩さず、依然として威圧するオーラを漂わせている。
と、ついにしびれを切らした男の一人が、女性に斬りかかった。
男の手には腕と同じ長さくらいの剣が握られている。
「危ないっ!」
ユリンが叫んだ。
しかしユリンの想像とは裏腹に、長刀の女性は流れるような動作で前に踏み込み、振り抜いた長刀で男の剣を弾き飛ばした。
さらにその反動で跳躍し、武器を持たず無力化された男の腹に重たい拳をめり込ませた。
男はたちまち、その場に倒れた。
一瞬のうちの勝敗にエリクらが呆気にとられていると、男らが束になって攻撃を仕掛けた。
しかし、長刀の女性が水平に振るった刃によって、すべての男らの武器は破壊され、間もなく駆けつけた長刀の女性の仲間らしき大人たちに身柄を捕縛された。
まさに一瞬の出来事だった。
「あなたたち、怪我はない?」
「は、はい」
エリクらに近づいてきた長刀の人物の顔は、兜に隠れて見ることができない。
「そう、それは良かったわ」
外見だけで見れば、男性が着用しているとしか思えないほど重厚な鎧だった。
肩の部分は厳つく尖り、背中に差した長刀はその長さゆえに斜めに背負われており、兜の額部には一角の角があり、全身濃い青で統一されている鎧にアクセントを加えている。
「子供だけでこんなところへきちゃダメよ。といっても、今のこの街の状態じゃあ無理もないわね」
「あの、さっきの人たちは何なんですか?」
エリクのセに隠れていたユリンが、顔を覗かせながら質問した。
「さっきのは盗賊みたいなものね。旅人や疲れている人を宿に誘って、建物に入った瞬間に数人がかりで荷物をかっさらうの」
「やっぱり……」
エリクはそう呟きながら、ユリンの顔を見た。
ユリンは申し訳なさそうに、舌を少し出しておどけた。
「あの、さっきの男たちが自衛軍って言ってたんですけど……」
「ああ、自己紹介が遅れたわね」
そういうと、朝等の人物はおもむろに兜を脱いだ。
「私はこの街の自衛軍の副隊長、クラカ・ジールといいます。よろしくね」
「こ、こちらこそ、よろしくおねがいします」
露になったその顔は、とても言葉で言い表せないような美しいものだった。
上品で淡い黄色の長髪に、スラリと伸びた眉、吸い込まれそうな水色の大きな瞳に薄い唇。
危うくエリクは見とれそうになったが、握手を求められたところでかろうじて意識を取り戻すことができた。
「君たちはどこから来たの?」
「500クルーほど離れた街天楼から来ました」
「そう、それは長旅だったわね。今夜泊まる場所も見つかってないんでしょ? よかったら寮へいらっしゃい」
「り、寮ですか?」
「そう、私たち自衛軍の寮。君たちには怖い思いをさせちゃったから、お詫びにね」
「本当ですか!? ありがとうございます」
ユリンはすかさず食いついた。
「おいユリン、止めておこうぜ。これ以上迷惑かけるわけにもいかないだろ」
「あら、坊やは自衛軍の寮になんか泊まりたくないのかしら? それとも、私のお誘いは聞き入れたくない?」
「そ、そういうわけじゃないんですけど……」
エリクはつい口ごもってしまい、結局その夜は寮に泊めてもらうことになった。
自衛軍の寮は思っていたよりも広く綺麗で、加えて夕食までご馳走になることとなり、エリクは申し訳ない気持ちで一杯になった。
――食堂
テーブルの上には質素なスープとパン、それから申し訳程度に肉の実が置かれていた。
「諸君、今宵はご苦労であった。諸君らの活躍によりまた一つ盗族を捕縛することができた。まだまだ平和への道のりは遠いが、志を高く持ち、是非とも頑張って欲しい。それでは、乾杯っ!」
クラカの号令とともに、食堂にいた兵士たちは夕食にかぶりつき始めた。
ユリンとエリクもそれに紛れて、夕食を取った。
「やっぱり運が良かったねエリク。夕食までご馳走になれるなんて」
「ああ、そうだな。今回ばかりは運が良かったとしか言えない」
二人は自分たちの運の良さと、ここまでしてくれたクラカに心の中で感謝した。
――自衛軍駐屯地司令室
「ジール副隊長、失礼します」
一人の男性兵士がクラカのいる会議室に入ってきた。
「ヴィーチェか。あの少年たちの荷物検査が終わったんな」
「はい。荷物から武器が一つ見つかりました」
ヴィーチェと呼ばれた男性兵士は、クラカの前に一本の刀を差し出した。
「刀か……」
クラカはそう言うと、刀身を鞘から引き抜いた。
「ほう、なかなかの傑作だな!」
自衛軍副隊長である彼女は、艶やかに光を反射する刀を見てそう言った。
「あの子供達、どういたしましょう」
「なあに、放っておいて大丈夫だろう。何やら訳ありの旅みたいだし、最低限の支援をしてあげようとも思ってる」
「そうですか……。了解しました」
「彼女たち、いまどうしてる?」
「今はもう、部屋で眠っている頃かと思います」
「そうか、わかった……」
そういうと、クラカは刀を鞘に収めてヴィーチェに返した。
「ジール副隊長」
部屋を出ようとしていたヴィーチェは、振り返って訪ねた。
「何をお考えになっているのですか? 総隊長が街を離れている今、副隊長がこの自衛軍を束ねていかなければ……」
「わかっているよヴィーチェ。私だって考えて行動しているんだ。ほら、あなたももうお休み。明日も早いのだから」
「……、失礼しました」
ヴィーチェが部屋をあとにすると、クラカは大きなため息を一つした。
「束ねる、か……」
クラカは窓の外で煌々とする鍛治屋をみて呟いた。




