二人だけの秘密
運命的な出会い?
それとも…‥
――その少女と運命的な出会いを果たしたのは、夏休みを終えた9月の第一週のことであった――
「ふう…‥ダルい」
中学校の校門を通り、校舎の玄関の前まできた俺は、滲む汗を学ランから取り出したハンドタオルで拭いた。
ほんのり、博多風味の塩味だ――――んなわけないか。
「あれ?―――なんで人がいないんだ?」
ハンドタオルをバッグに入れた俺は周囲に人っ子一人いないことに気づいた。
よく平日に乱入してきては学生達の集中力を乱して帰っていく犬のコロ(仮名)の姿もない。
「……‥」
しかし…‥犬はいいとして、先生までいないとはどういう了見だ、職務怠慢か?それとも大規模なストライキでも起きたのだろうか?
「まさか…‥暑さで溶けちまったんじゃないよなぁ……‥」
早く日陰に入りたい、溶けゆくハーゲンダッツアイスの気分で俺はため息を漏らしながら校舎の中に入ろうとした…‥その時であった――
「あーっ!遅刻しちゃうよぉぉぉぉッ!」
蝉の鳴き声に混じって、まるで体育教師のホイッスルのようにイヤに元気な悲鳴が校門辺りから響いた。
遅刻だと?馬鹿な――まだそんな時間では――
いきなりどけるか、俺は悪いが体育の成績は小学校の頃から【ふつう】だ、因みに帰宅部、反射神経は自慢じゃないが悪い方だ。
そんな反射神経を使って振り向こうとした俺の背中に、何かが衝突する。
「なああっ?!」
背中にタックルを喰らい、俺は前のめりに吹き飛び頭を地面にぶつけ―――そうになったが、両腕でなんとか受け身をとることができた。
よくやった、自分。
「―――なっ!!なにしやがる馬鹿ッ!!」
腕立て伏せの体勢から立ち上がり、俺にタックルをかました馬鹿の元へと振り向く。
そこにいた馬鹿は、ショートヘアの髪をもち、猫のようにぱっちりとした瞳をもった――女の馬鹿であった――
「馬鹿じゃないよ!!!後ろに目ぇついてないの?!」
ついてるわけないだろう、どこぞのニータイプじゃあるまいし。
ブレーキの壊れた自転車は自転車屋へ、いきなり止まれない貴様は家へ帰れ。
‥‥…というか、こいつは誰だ?
「つうか…‥お前誰だよ?この学校の制服じゃないだろそれ?」
そいつが着ていたのは、今時珍しいセーラー服であった。
転校生なのだろうか?
「え?私?私は今日からこの学校に通うピッチピチの女子高生だよ」
へえ、周囲を小さな民家と森に囲まれたこの土田舎の高校に、わざわざ転校生が来たのか。
というかピッチピチって久しぶりに聞いたな…‥都会では流行っているのか?
そんなことより背中が痛い、どんだけ勢いつけて突撃しやがったんだこいつは…‥
「…ああ…‥いて」
利き腕である右腕で背中をさするが、それでも痛い。
「‥痛かった…‥?」
その転校生は流石に不安げな表情で背中を覗き込もうとしたが、俺は後ろに三歩下がって眉を寄せて頷いた。
「ああ、痛かった、イタリアから牛が転校してきたのかと思った」
転校生は流石に申し訳なさげな表情で頭を下げた。
「ごめんね…‥でも牛じゃないよ、女子高生だよ」
そんなことは分かっている、転校生だからといって女子高生が牛に見える奴がいるとしたら、精神を相当病んでいるか、〇〇な薬を〇〇している人だろう。
「というかお前…‥遅刻とか言ってたが…‥まだ時間はあるはずだぞ?」
俺は学ランを捲り、再び時計を見ようとした、まだ8時20分くらいだろう、余裕をもって登校したからな―――
「あれ?8時50分だ」
嘘だ、もう門が閉まってもいい時間だ。
しかし周囲にはこいつと俺以外人っ子一人いないんだが…‥どういうことだ学校!!
「あれ…‥?そういえば誰もいないよね?時間なのに…‥この学校って通信制?」
そんな馬鹿な、俺は友達に連絡をとろうと携帯をポケットから取り出し、画面を見た。
「あれ…‥?8月31日だ‥」
俺は口を半開きにして、瞳を細めた。
「あれ?8月って30日までじゃなかったっけ―――?」
俺の疑問を転校生が代弁する。
転校生は自分の携帯を取り出して、念入りに日にちを確認していた。
嗚呼、そういえば31日あったんだっけか。
「……‥なあ」
俺はうなだれながら、誰もいない学校の玄関の前で転校生を見つめた。
「……‥ねえ」
転校生も疲れたような表情で苦笑いをしながら、俺を見つめた。
次の言葉は、二人同時に出てきた。
「これは二人だけの秘密な」
「これは二人だけの秘密ね」
8月31日、こうして俺はどこから来たのか知らない転校生と、いきなりではあるが二人だけの秘密ができてしまった。
もうこれ以上の秘密を共有しないことを願いながら、俺は転校生に別れの挨拶をして、暑い通学路を戻っていくのであった…‥
終わり
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