中秋の名月
十六夜の月が浮かぶ日。十五夜は過ぎてしまった。けれど、月には衰えを感じさせないような力強さがあった。家の二階のベランダには椅子が置かれていた。一人の老人が座っている。柔らかな目は、月を眺めていた。辺りには、鈴虫の鳴き声が響いている。
夜は暑さを殺し、涼しさを提供してくれていた。シャツしか着ていない為か少し寒いくらいだ。けれど、少し寒い位が丁度良い。
年を食うと、どうも自然の美しさが恋しくなるものだった。今ではすっかり風流好きの「じじい」になってしまった。
月見団子を食べたい。
その思考と重なるように、階段に軽快な足音が響いた。そうそう。月見団子を作ってくれと頼んでたんだった。
ベランダの大窓から足音の主が顔を出した。十四の孫娘だ。花柄のワンピースに長めの髪がかかっていた。手には布をかぶせた大皿が乗せられていた。布は山の形に膨らんでいる。
「おじいちゃん。団子できたよ」
屈託のない笑顔で笑う。
「ああ、ありがとう」
この子には月の風流はわかるのだろうか。笑顔を見ていたら頭に浮かんだものだ。くだらない問いだが、一つ試したくなった。
「あの月を見てどう思う?」
娘は、問いにつられ夜空を仰ぎみる。夜空には雲が泳いていた。あまりにも真剣だったので一瞬だけ娘の感性に期待した。
「うぅん……。丸くてきれいだと思うよ」
まぁ、こんなものだろう。白髪の混じった頭をかく。将来、娘もわかるようになるだろう。けれど、それは老人が逝ってからの事だろう。
「あ、そうそう。団子団子。一緒に食べようよ」
「ああ。勿論」
料理のセンスを持った娘だ。どんな風に仕上がっているか楽しみである。娘の手によって布切れがのけられる。
「見て見て!」
嬉しそうに老人に見せてきた。どれどれ。と、受け答え、団子の山を一目見る。
「どう?」
どんな表情を作ればいいのかわからなくなった。皿に乗ったのは、形の歪な団子。円球を留めているものは何一つない。
「これは……月見団子だよね?」
困った老人はつい口走ってしまった。気分を害してしまったか。と思ったが、娘は何も言わず頷いた。
「形がおかしいような気がするんだけど」
娘の顔に笑みが浮かぶ。
「だってね、今日は雲が多いもの。ほら、お月さまが欠けちゃった。だからね……」
いつの間にか月に雲がかかり、満月は半分ほどに欠けていた。娘は、団子を一つ選びだし、空に掲げた。丁度月にかかるように、だ。
「ほら!」
歪な形をした団子が欠けた月と被さり満月を描いている。老人は苦笑を洩らすしかなかった。
やられたね。これは。
読んで下さりありがとうございました。
部活帰りに月が見えたもので、書くしかないな。と思い書きました。一日遅れなのが残念です。いや、二日? もう十二時まわちゃったか……。
後、どうでもいい事ですけど久しぶりに綺麗な人間が書けた気がします。