第9話 始まる学園生活-3
「ここが教室……」
小声で呟いた。教室に入って私が最初に呟いた言葉がこれ。
傍から見れば呆けた顔が少々間抜けて見えてしまうかもしれないけれど。
多分、他の子達も私と同じ様な状態、同じ様な表情で立ち尽くしているはず。
なぜそれがわかるかって?だって、先程まで聞こえていたざわめきがピタリと止まってしまったから。
入学式を終え、新入生一同ぞろりぞろりと並び歩き。これからお世話になる教室へとやって来た訳だが。
誰もがすぐには席につかず教室を見渡している。
広い!!とにかく広い。ここ本当に教室なの?って問いたくなるほどに広いが。
皆が私と同じ様な状態で呆けているから、その答えを得るのは無理!
故郷の集会場よりも広い室内。首を大きく上げるほどに高い天井。
さらにその天井には、多数の魔導照明が設置され室内を明るく照らしている。
教室の前方には教壇と広く大きな黒板が上下に二枚、それを見降ろす様に生徒席が手前から奥へ高く階段状に並ぶ。
その並ぶ席の数もやたら多い、ざっと見ただけで百人は…いやもっとかな?
今ここにいる生徒の数は三十人ほど。百人で使えそうな教室を三十人でって、どれだけ贅沢なのだろう?
ここまで来る途中で見かけた教室も似た広さの様だから、私達のクラスが特別待遇と言う訳ではななさそうだ。
とにかく!私の知る教室と言う物とは全く異なる物がそこにはあった。
「皆様なにを呆けなさっているのかしら?今からこれではやっていけませんわよ?」
呆けていた私達の耳に声が響いた。
広すぎる教室にあって凛と響き、この場の皆へと届く声。
私はこの声を知っている。
つい先ほどにも聞いた声であり、私の耳に強く記憶されてしまった声。
お嬢様ことライラの声だ。彼女の声を切欠とし、室内を占めていた物が静寂からざわめきへと変わる。
皆が動き始める中、頭を抱える私がいた。
この可能性を忘れていた!それは彼女と…ライラと同じクラスになる可能性。
ひとまず向こうが気付かぬうちにと近くの生徒の影に隠れてみるが、そんな浅はか過ぎる自分に情けなくなり溜息が出てしまう。
こんな事をしても意味がないのはわかっている、だって彼女とはこれから毎日会う事になるのだから。
追加で溜息もう一つ。
こんな状態の私が迫る危機(?)に気付ける訳もなく……
サワリ。
「ひっ!?」
変な声が出てしまったが当然だ、いきなり誰かの指が私の髪に触れたのだから。
いや触れたと言うよりは撫でた?もっと正確に表現するなら髪を梳く様に指が撫で通り、頭皮から背筋へとくすぐったさが抜けて行った。
なぜそこまで詳しくわかるかって?だってお姉さまが良くやってくれていたから。 閑話休題。
とにかく、そんな感覚を受ければ変な声が出てしまうのは仕方の無い事で。さらに時は既に遅しとわかっていても、慌てて口を押さえてしまうのは当然の流れ。
無意味な努力は無駄に終わった。幸いな事に周囲のざわめきに紛れ、私の声に気付く者は無かったからだ。
いや、居た。
「やっぱり綺麗な髪だねー」
この声の主だ。でも、私の声よりも別の物、髪の毛…私の髪が気になって仕方ない様だ。
確かに、この近辺で私の様な白銀の髪は珍しいのかもしれない。実際、故郷からこの街に来るまで見かけた記憶が無い。
さておき、綺麗と言われ嬉しくはあるが、このまま弄られ続けるのは流石に恥ずかしい。
だから振り向きつつ思いきって声をかけてみた。
「あのー……」
「うん、もう少し…もう少しだけ」
振り向いた先にあり返事したのは金の髪の少女。良く見れば髪の先端が緑に染まっている。なんとなくだけど故郷の麦畑を思い出す。
それともう一つ気付いた、頭の両側から伸びる耳は葦の葉の様に細く鋭い。髪弄りが楽しいのか、その耳が時々ピコピコと上下に揺れている。
これらの特徴ですぐに思い出した、彼女は『森妖精』だ。
森で生まれ森と共に生きる、森に満ちる『魔雫』の影響を強く受けた神秘的な人々。
神秘的な。確かに神秘的なイメージがあったんだけど、これは……
観察するうちに気付いたけれど、この子ってもしかして受付け前で見かけたあの森妖精の子?
もしそうならば、あの時から私の髪は狙われていた?
と、そんな事を考えていると新たな声がした。これまた聞き覚えのある声。
「貴女はさっき隣だった子よね?そろそろ席に着いた方がいいと思うわ。そこの貴女も」
「え?あ……」
声をかけて来たのは『委員長(仮)』さん。そろそろ名前を聞いた方がいい気がするけれど、今はそれどころではない。
周りを見れば生徒達の大半は席に着き、未だ立ったままなのは私と数人になっている。その結果、注目を浴び気味になっているのが恥ずかしい。
「そうですね、私も早く席に着かないと。でもどこに……」
「あ、座る場所はどこでいいみたいよ?」
委員長(仮)はそう言って、さらに補足する様に言葉を続ける。
「…とは言っても、この教室広すぎるから教壇から遠すぎるのも考えものだけど」
彼女と共に階段状になった席の方を見やれば、皆大体教壇から近すぎず遠すぎずの位置に固まっている。
先生次第ではもっと前に来い!って言われそうなパターンだけど、今はこんなものだろう。
「んー…どこでも良いなら後で変えればいいかな?」
私の言葉に委員長(仮)は頷いてくれたが、頷いてくれない者もいる。
髪を弄り続けている彼女だ。私が委員長(仮)と話している間も弄り続けているし。
そろそろくすぐったさを通り越し、なんだか妙な気分になってきそう。
「…えーと、あのー私は席に着くから…そろそろね?」
「ああ…残念、こんな素敵な機会めったにないのにー……」
そんなすがる様な瞳で残念と言われても困る。それにこんな事が頻繁にあっては困る。
でも、お姉さまが触れるのは例外。
とにかく今は席に着かないとね、とりあえず真ん中付近の席がいいかな?
そんな事を考えながら段を上がり、数段昇った所で横に移動し空いた席に腰かける。
委員長(仮)は私より一段前の席に座った。隣の子と言葉を交わしているのを見ると知り合いが先に座っていたようだ。
葦の葉の耳に、ふわふわとした金の髪は先端が緑に染まっている。
その子にも森妖精の特徴があるが、髪を弄っていた子よりはかなりふくよかに見える。
むしろ、私よりも大きいかもしれない?
森妖精ってほっそりしたイメージがあったけれど、やはり人それぞれの様です。
なんだか今日一日で森妖精のイメージが大きく変わってしまった気がする。
で、その一因となったもう一人の森妖精の方はと言うと……
「なんで私の後ろに座っているのかな?かな?」
「大丈夫、見てるだけにするから」
ぴたりと私の真後ろの席を確保している。一段高い席はさぞ私の髪を眺めやすい事だろう。
でも、先に別の子が座っていた様な?と良く見ると一つずれた席で頷いておられる。他人事だと思って楽しんでいませんか?
「私はコロネだよ、君は?」
「…え?あー自己紹介か。私はシルファ」
なんだか丸っこい名前だなと思いつつ、私からも自己紹介。名乗られたのなら名乗り返すのは当然の流れ。礼儀は大事。
それに、名を知らぬ相手に髪を弄られると言うのも何か落ち着かない。だからと髪を弄られても良い訳ではないけれど。
「シルファだね!覚えたよ」
「うん、私もコロネの名前覚えたわ」
なんにせよお互いの名を知るのは今後においても重要な事。そんな事を考えているとさらに声がした。
「シルファさんと言うのね?ごめんなさい、私はルキア・ソル・ラファール」
声の主は委員長(仮)さん、やっと名前を知る事が出来た。でもフルネームで名乗るあたり彼女の真面目な気質が良く分かる。
「シルファでいいよ、私も貴女の事をルキアと呼ぶから、ね?」
「わかったわ、じゃあ…シルファ?」
私の名を呼ぶと同時に彼女の顔が赤くなった、微妙に照れるのがなんだか可愛い。
堅苦しいイメージがあった彼女だが、案外そうでもないのかもしれない。
でもやはりと言うか、彼女も私の名を知らぬ事を気にしていたようだ。お互いに名乗るタイミングを逃していたし、なにはともあれこれですっきりとした。
さらに彼女は、隣に座る森妖精の子が『クロワ』である事を教えてくれた。寮ではルキアと同じ部屋を使うルームメイトであるらしい。
せっかくだから私からクロワに挨拶しようかと思ったら、なんだか眠そう。今はそっとしておくのがいいかな?
そんな事を思案していると後ろから声が聞こえた、これはもう覚えた声。
「なんだかにぎやかになってきたね」
「そう言えば…確かに」
コロネの声だ。気付けば私達以外でも自己紹介合戦が始まっている。いくつかの名前が耳に飛び込んでくるけれど、どの子の名前かまではわからない。
そう言えばライラもこの教室のどこかで自己紹介し合っているのだろうか?先程は身を隠してしまったけれど、やはり気になる。
「どうしたの?」
そう問いかけながらコロネが私の顔を覗きこんできた。
「あ、うん、少し気になる事が……」
「ふーん?相談にのろうか?」
ありがたい言葉だ。でも、まだ出会って間もないし、相談しても良いのか悩む。
そもそも、私ですらこの問題の根本的な原因が分かっていないと言うのに……
悩み悩む私を置いてぼりにしながら、教室の扉が開いた。
ここまで読んでいただきありがとうございますですです。




