第28話 私の魔法…-2
少し硬めの椅子が私のお尻を支えている、年季の入った少し傷ある椅子。
頭には小さな手が乗っている、ふにふにとした柔らかい少女の手。
目の前には愛らしい顔がある。ふわふわほっぺの丸味ある少女の顔。
「んー…むぅ…?ふむふむ……」
少女は目を閉じ、時折唸る様な呟く様な声を上げる。
声を発しているのは金の髪を持つ、狐耳の少女。
見かけは小柄な少女だけど、多分私達よりもずっとずっと年上。
そして内に秘められた魔法の力も、私達より遥か高見にある。
私達にとって、この少女は人生の先輩で魔法の先生。
日々彼女から学び、そして時に悩みを相談する。
だから、私は少女に…セルティス先生を頼る事にしました。
私は新しい『力』を使う事が出来なかった。
クラスの中で唯一私だけが。
魔法の力を喪失したとか、そう言う訳ではありませんよ?
灯りを灯す『指弾きの灯り』は普通に使えるし。
護身魔法の『魔法の矢』は威力が増していました。
なのに、新しい『力』だけがどうしても使えません!
先へ進むためには必要な力なのに……
このままでは学園に居る事が出来なくなってしまうかも?
そうなったら、またお姉さまと遠く離れる事となり、コロネ達ともお別れをする事になってしまいます。
絶望的な想像ばかりが頭の中をぐるぐると巡る中、手を差し伸べてくれたのがセルティス先生でした。
そんな訳で職員室へ呼ばれた私は、先生に魔力の状態を見てもらっているのです。
魔王との契約で得る事が出来るのは、新しい魔法や力だけではありません。もう一つあります。
それは『魔力限界の開放』。
『魔力限界』とは、私達が生まれた時から決まっている魔法の成長の限界点。
どんなに魔法を学び鍛えても、いつかは成長が止まってしまう。
そうなってしまうと、より上位の魔法を使いこなす事は出来ないし長時間の魔法訓練に耐える事も出来ません。
数十年単位で修行と訓練をすれば多少は成長する事もあるらしいけど、それではあまりにも効率が悪いし。何より学園で学ぶ時間は限られている。
でも、魔王との契約で『限界点』と言う『枷』を外せば、私達はさらに成長する事が可能となります。
それに契約と同時に魔力の底上げもされるらしいです。契約特典の様なものでしょうか?
つまり、私の内にある『今の』魔力の状態を見れば、儀式の成否がわかるのです。
なのだけど、緊張します。緊張しすぎて息が苦しい。
職員室の硬めの椅子に座って、まだ十分位しか経っていないはずなのだけど。
もう数時間こうしている様な気分です。
でも先生ががんばってくれているのだし、緊張しないと…緊張しないと……
「シルファさん」
呼ばれました、当然私は反射的に返事をするのだけど。
「は、はぃっ!」
噛みました。今日の私はもう駄目かもしれません。
いつもなら笑い流せる事にすら、後ろ向きに考えてしまって。
また心が闇の縁へ、自分の駄目さが嫌になります。
もう、このまま揚げパンになりたい……
ぐだぐだに落ち込む私を覗き込む瞳がありました。
「あの?シルファさん?大丈夫ですか?」
金色の髪と同じに煌めき輝く日の光の様な瞳。
セルティス先生の瞳です。
「落ち込むのは後にしましょう、ね?」
先生は私の手を取ると、包む様に握り締めると
「今は前を向く時です♪」とにっこりと微笑みました。
温かい。瞳と同じに温かい手と温かい笑顔。
「だって、シルファさんはまだ前に進めますから!」
「え…それってつまり……」
「はい!シルファさんの魔力は上がっています!」
先生は笑みを強くし私に告げると、狐耳をぴこっと揺らしました。
魔力が上がっている。
それはつまり魔王との契約が成功していると言う事。
私の中に『新しい力』がある、それがわかっただけでも希望が見えてきました。
そうなると解決すべきは、それをどうやってそれを引き出すか。
私の中に契約で得た『新しい力』はある、なのになぜそれを使えないのか?
力は持っているだけでは意味がありません、使ってこそです。
ならどうすればよいのか?わからない、わかりません。
希望が見えたはずなのに、なんだかまた心が重くなってきました。
浮き沈みが激しいのはわかっています。わかっているのだけど……
見えたはずの希望をどう生かせば良いのかが、わからない。
「焦らないでください♪」
頭にふわりとした感触が触れました。セルティス先生の手です。
「シルファさん知ってますか?
大きな成功は失敗からはじまるんですよ♪」
「えっと、それって……」
先生はそう告げると、ぽふぽふと三度私の頭を撫でました。
にこやかに微笑むばかりの先生に、私はただを首を傾げるばかりで。
だけど、この言葉は私に前へ進むための『力』をくれました。
………
……
…
「シルファ!」
扉を開けると同時に私の名を呼ぶ声が重なり響きました。
友人達の声です。
コロネ、ルキア、クロワの声、そして顔。
後ろから咳払いが聞こえたけれど、今だけは許してください。
私が職員室に居る間ずっと、廊下でずっと待っていてくれたと思うと
このありがたさには感謝するしかありませんよ?
「シルフぁ!このまま居なくなるかと思ったよー」
コロネなんかいきなり抱き付いて、身体で示してくれるし。
「もう…コロネってば、大げさな……」
「だってさぁ……」
子犬みたいに耳まで垂らして、そんな顔をされたら無碍に出来ません。
まったく普段は呑気なのに、たまにこんな顔を見せるから。
実際、私も退学の危機を感じていたのは本当だし、あまり強気にはなれない。
それに余裕ある態度をとる事が出来るのは、セルティス先生のお陰だし。
この一件が解決したら、改めて皆に感謝しないと。
そのためにも、まずは行動。
「それで…シルファ手伝える事はあるのかしら?のんびりしている余裕は無いのでしょう?」
そう話を切り出してくれたのはルキア。
流石は委員長!私の置かれている状況を解ってくれているみたいです。
実際、一人で強がりたい気持ちがある半面、誰かに頼りたい気持ちもあり。
だからこう言ってくれるのは、嬉しくてありがたいのです。だから……
「ありがとう、まずは色々試してみようかな?…って」
今の私は一人で強がれる様な状況で無いし、素直に皆に頼るのが正解だと思う。
それに私が試そうとしている事は、彼女達の協力が必要だから。
………
……
…
一日の授業を終え、放課後になると同時に私達は行動を起こしました。
廊下が生徒達に賑わうよりも先に、走らず急ぎ足で廊下を抜け
昇降口をくぐり抜け、校庭の隅を歩き、木々の合間を抜ければ到着。
やって来たのは『魔法実習場』
…とは言っても、授業で使用したのとは違う実習場。
校庭の隅の更に奥、本校舎からは木々の影になって人目にはつきにくい場所。
まだ校舎や校庭に残っている生徒達の声も、ここには届かない。
ここを選んだ理由は極めて簡単、目立ちたくないからです。
今は出来る限り密やかに事を進めたい。多分、私の噂は直ぐに広まってしまう。
だから、今は少しでも危機となりうる要因を減らしたい。
「はぁ…シルファ、それで私達は何をすればいいのかな?かな?」
息を整えながら尋ねて来たのはコロネ。
彼女の後ろではルキアとクロワが、同じ様に息を整えている。
ここに居るのはコロネ達三人だけど。
ありがたい事に、私の状況を知った子達が多数協力を申して出てくれました。
でも、いきなり大勢を巻き込んでしまうのも、なんだか憚れてしまって。
だからここには、私と彼女達の四人で。
さて、ここまで来てしまった以上は説明しないと。
私が何をやろうとしているのかを、私の目的と意図を。
彼女達は頼れる協力者、だから思い切ってお願いしてみる。
「うん、じゃあ…私に魔法をぶつけてくれる…かな?」
「はい?」「なんで?」「はいー?」
当然の反応ですよね。三人とも意味が分からないよと言った顔をしています。
コロネなんか「シルファおかしくなった?」と言う顔をしているし。
でも、そんな反応を返されてしまうのは仕方のない事。
治癒魔法でも無い限り、魔法を友人にぶつけるなんて事しませんから。
大抵の魔法、特に攻撃系の魔法はぶつけたら火傷や怪我をするし、何より痛い。それに無意味に攻撃系の魔法をぶつける事は校則で禁じられている。
『守りの衣』の様な身に纏う防御系の魔法はあるけれど、ぶつける様な使い方は普通はしない。
殴って使う治癒系魔法はあるけれど、それは例外中の例外。
だから驚くのは当然の事。私だって本当は、魔法をぶつけられたくはない。
でも、やるしかないのです。
だけど、その前に少し説明をした方が良いかもしれませんね?
「驚くよね?でも、固有魔法の可能性を探ってみようかな…と……」
「固有魔法の可能性…なるほどそう言う事」
私の言葉でルキアは直ぐにピンっと来た様です。
一方で、コロネとクロワはそれぞれ右と左に首を傾げている。
とりあえず順を追って説明しようかな?ルキアもフォローしてくれるみたいだし。
私が新しい『力』を使える様になるための鍵は『固有魔法』。
魔王と契約をすると同時に得る事の出来る、契約者の証とも言える魔法。
固有魔法は一般的な魔法とも上位魔法とも異なる、その人だけの魔法。
個人個人で異なる事が多くて、魔王の性質や気質を強く反映した魔法が使えるらしいです。
たまに似通った物固有魔法ももあるけれど、それは魔王同士の性質や性格が似てるから…とか?
とにかく!
私が期待する固有魔法は、魔法吸収系や魔法複写系
特に魔法吸収系は魔法を身に受ける事で、魔法を覚える事が出来る。出来るけど……
どんな魔法を吸収出来るかは、やってみるまでわからない。
ちなみに魔法掠奪系もあるけれど、それは既に失敗しているので今回はもう試しません。先生達にも危険と言われているし。
「うん!話はわかった!とにかくシルファに魔法をぶつければいいんだよね?」
私が説明を終えると、やる気満々の声と共にコロネが一歩前に出ました。
でも、そのやる気がなんだか怖いですよ?ほら、腕なんか振り回しているし。
気合いを入れてくれているのは解るのだけど
腕を回せば回す程、周囲から魔雫が集まって来ている様な?
あれは多分、風の魔雫かな?
「えっと…コロネさんコロネさん?一応、先に聞いてみるけれど……」
ついかしこまってしまった。でも、身の危険を感じるし。なにより魔法を受けるのは私だし。
ここはやはり聞いておくべきでしょう。むしろ聞くべきです。
「どんな魔法を使うつもりなのかな?かな?」
「風の刃でどうかな?どうかな?」
いきなり物騒な魔法名が出ましたよ?。
語尾まで真似て親愛は感じるけれど、同時に身の危険を確信しました。
『風の刃』は風の刃を放つ魔法。刃と付く通り対象を切り裂く魔法です、人に当てたらどうなるかは、言うまでもありませんね。
なので、気持ちはありがたいけれど、ここは一旦、辞退をお願いしたいのです。
「…あー…コロネの魔法は後でね?それか…もっと穏やかな魔法を……」
「えー……」
そんな顔しない。ぶつけては欲しいとは言ったけれど、限度があります。
貴女の魔法で私がスパってされて倒れたら、それこそ学園中が大騒ぎになってしまいます。
それに痛すぎるのは嫌です。なので、そうなると……
「クロワ…クロワの魔法はどうかな?」
「え?私~」
不意な願いにクロワは困った表情を浮かべるけれど、ここは彼女に頼んでみたい。
ゆるく穏やかな空気を纏う彼女ならば、きっと体と同じにゆるく穏やかな魔法を選んでくれるはず!
いえ、ここに来て急に怖くなったとかではありませんよ?
しかし、彼女の口から出たのは予想外の言葉でした。
「ん~っと…私の魔法こそ後の方がいいかもしれないよ~?」
「え?なんで…?」
クロワには珍しい曖昧な物言い。
普段は眠そうにしている彼女だけど、動く時は動く彼女。それはルキアを支援補助する副委員長としての活躍を見れば良く分かる事です。
そんなクロワだから、一番手にやるのが面倒と言う事では無いと思う。
だから、改めでなぜなのか聞いてみた。すると。
「私の魔法はぺたってして~ほわ~ってなる系だからさ~」
「あ……」
ふわ~っとした説明だけど。なんとなく理解できました。
彼女は多分、接触型のそれも身体に影響を与える魔法を使うつもりなのでしょう。
後からと言う事は、多分『治癒系?』防御系なら先がいいですから。
だとするなら、彼女の魔法は後で使って貰った方がありがたいかもしれません。
「こうなると必然的に、私から行く事になるのだけど…そうよね?」
すっとクロワの前に入ってきたのはルキア。相変わらず仲が良いですね。
でも、少し微妙な表情をしているのが気になります。
何か問題でもあるのでしょうか?あ、そう言えば彼女の使う魔法は……
「もしかしてルキア、あの魔法を使うつもりなの…?」
ルキアの顔をじっと見ながら、授業中での事を思い返す。
彼女が両手を交差した後、閃かせ広げ放ったのは氷の竜…『氷結の竜牙』。水系に属する氷の魔法の中でも上位の魔法。
その効果は『氷の竜が対象に襲い掛かり凍結させ砕く』……
「え?シルファったら、私があの魔法を使うと思ったの?」
「だ、だって……」
ルキアの目尻が上がってしまった。
でも、危ない魔法を使おうとした子がそこに居ますので。
もう!コロネはそこで首を傾げない。
でも良く良く考えれば、ルキアならば理性的な判断をしてくれるだろうし、そこは謝らないと。
だからその事を謝ると、彼女はまた困った様な表情を浮かべました。
やはりルキアには何か気になる事があるのでしょうか?
「…シルファ、本当にいいの?私の魔法をぶつけても」
「うん!大丈夫だから思いっきりやって!」
そのために付いて来てもらったのだし、『氷結の竜牙』で無ければ、痛いと言う事は無いはず。
なんとなくだけ水系魔法は土系魔法と並んで穏やかな印象があるし。
それでも気になってしまうのか、表情は困ったままで。
「本当に?本当にいいのね?」
「いいったら、いいの!」
改めて問い掛けてきたけれど、もう遠慮は無用です。
友人同士遠慮せず、思い切って魔法を使ってください。
「水系の魔法よ?」
「ん?水系なら痛くないでしょう?」
痛く無いなら何も問題はありません、むしろありがたい。
「確かに痛くはないけれど……」
「なら大丈夫」
だから遠慮は無用なんだってば……
ルキアは委員長だから気になるのかな?優しいなぁ。
こんなやりとりを繰り返した後、ルキアはやっと決断してくれた様で。
胸の前で左右二本づつ指を交差させると意識の集中を始める
そして三つ程数えた後、彼女の『水』魔法が発動しました。
「悪戯な雨降り!」
ルキアの声と共に降り注ぐは、私への一点集中豪雨。
大量の水が頭に肩に降り注ぐ。
痛くはありません、痛くは無いのだけど……
濡れた髪が顔に張りつき、濡れた制服とスカートが胸元と制服に張り付く。
頭の天辺から足の指先までびしょ濡れ状態。
はい、そうなりますよね?わかっていました、わかっていましたとも。
痛く無い水属性魔法を使ったらどうなるかって事くらい。
ルキアもそんな顔をしないでください、私がお願いしたのだから。
でも……
「くちん!」
風が吹き抜け、実習場にくしゃみが一つ響きました。
お姉さま、暖かい季節になっても
濡れた制服のままで風に吹かれるのは寒いのですね。
シルファは教訓を得てしまいました。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




