第26話 目覚め…
「…あれ?」
目を覚ますとそこにあったのは白い天井でした。
『儀式の間』の石の天井では無く、白い天井。
見上げる左右には白いカーテンが吊下り、隙間からは薄灯りが差し込んでいる。
頭に当たるの少し硬めの枕の感触。そして身体に掛るのは軽めの毛布。
つまり、私はベッドに寝かされているのでしょう。
でも、寮で使い寝慣れたベッドではなさそうです。
使いなれた枕と硬さが違うし、なにより天井が違います。
この天井は教室と同じ作りの物、だからここは学園の校舎内。
校舎内でベッドのある部屋として思い付くのは……
「ここ…保健室だよね?」
保健室です。
怪我をしたり体調を崩した生徒や先生が治療を受けるための治療施設。
どうやら意識を失った私は、保健室へと運ばれてしまった様です。
いきなり倒れたらそうなりますよね?
それは当然の事、当然の事なんだけど……
「…お姉さま心配してるかなぁ……」
間違いなく確実に、セレーネお姉さまに心配をかけてしまいました。
いきなり目の前で倒れたら誰だって驚くし、心配だってします。
それに仮にだけど、本当に仮の話だけど。
何日も眠ったままでした!なんて事になっていたら。
どんな顔をしてお姉さまと会えば良いのでしょう?
私には全くわかりません!
せっかくお姉さまに良い姿を見せる事が出来るはずだったのに。
こんな事になってしまうなんて……
それだけではありません、儀式の成否の方も気になります!
魔王は契約を結ぶ様な事を言ってくれたけれど。
本当に契約が結ばれたのかどうかは、魔法を使って試してみないとわかりません。
でも、保健室で魔法を使う訳にはいきませんよね?
魔法が暴発したら保健室が大変な事になってしまいますから。
…少しだけ、試してみたい気したりしなかったり。
色々と考えていたら、なんだか頭がくらくらとして来ました。
額に右手の甲を当ててみると少し熱い様な気も。
まだ身体に儀式の疲労が残っているのかもしれません。
考えるべき事は多くあるけれど、少し落ち着きましょう。
「こう言う時は深呼吸だよね……」
息を吸う、息を吐く、息を吸う、息を吐く
息を吸う……
ダメです。
落ち着くどころか、なんだか息苦しくなってきました。
何か胸を重い物で圧迫され続けている様な感覚。
なぜ?と考えて、直ぐに思い当たりました。
寝る体勢です。
私が普段寝る時は必ず右か左の横向き。
仰向けは私にとって、かなり寝辛い体勢なのです。
なぜかって?
服を選ぶ時の悩みは、ここでも私を苛むのです。
とにかく!このままの姿勢でいるのは息が苦しいので、一先ず左へ。
なぜ左かって?寮の自室でお姉さまのベッドが左にあるからです。
そんな訳で身体をもぞもぞと動かすと、左へと寝返りを。
「ふぅ……」
これでやっと落ち着く事が出来そうです。
いいえ、落ち着けませんでした。
「…ライラ…なんで?」
ライラの寝顔がありました。もしかして、私まだ寝惚けていますか?
私は瞬きを三回して、目を二回擦ると、もう一度見てみました。
やはりライラの寝顔があります。
金の縦ロールの髪に整った顔立ちは、間違いなくライラです。
なぜ私は彼女と同じベッドで寝ているのでしょうか?
記憶が確かなら、保健室には複数のベッドがあったはずです。
カーテンに区切られて複数のベッドが並んでいたはず。
だから余計にこの状況の意味がわかりません、全くわかりません。
それに、私がお姉さま以外の方と寝所を共にしてしまうなんて……
溜息しつつもう一度ライラの顔を見るけれど、起きる気配はありません。
聞こえるのは耳を澄まさないと聞こえない程の小さな寝息のみ。
穏やかな寝顔のまま、眠り続けています。本当に穏やかな寝顔です。
こう見るとライラの寝顔って可愛いかも?
私を睨む瞳ばかりが強く記憶に残っているけれど
眠る彼女の顔は幼子の様で愛らしく、彼女の別の側面を見ている様で……
駄目です!こんな事を考えている場合ではありません!
もう、どうして私はこうなのでしょう、まったく。
私があれこれと悶え悩んでいると、いきなりカーテンが開かれました。
「目が覚めたかしら…あら…?」
「あ?」
開いたのは鋭い黒髪に白い衣を纏った女性。
彼女は黒曜石の瞳で私とライラを交互に見た後に、こくりと頷いて。
「お取り込み中だった?」
一歩下がると、ゆっくりとカーテンを閉じ始めました。
あれ?もしかして、私、私達変な誤解をされていませんか?
確実にされています。ほら、彼女の顔をみてください。
貴女達の状況は全てを理解しましたと言う顔をしていますよ?
これが大人の対応と言うものなのでしょうか?
そうだとしても、間違った理解は正さなくてはいけません。
「違います!違います!…あ……」
くらり。
弁明しようと慌てて身を起こすのですが、即座にやってくる起き眩み。
「あらら?冗談がすぎた過ぎたかしら?大丈夫よ。寝かせたのは私だから?」
女性は慌てて手を伸ばすと私の背を支えてくれました
忘れていました、彼女はこう言う人なんです。
それにここが保健室ならば、責任者である彼女が状況の全てを知っているのは当然の事です。
彼女の名はキユウ先生。園内治療施設、保健室を担当する先生。
この学園に通う私達生徒や先生方の健康管理全般を担ってくれている方です。
彼女が纏っている白い装束は、治療術師の証。
学園内に治療施設があるって事自体驚きなのに、彼女が高位の治療術師と言うのが更に驚きです。
優秀であるのは良いのだけど、生徒達を弄るのが趣味と言う困った部分も。
今回もこんな風に。
しかし親しみやすい人柄もあってか、生徒達から人気は高い様です。
それに自身のすべき役目を忘れる事はありません。
「おふざけはこのくらいにして、まだ調子は悪いかしら?」
「はい…少し……」
まだ頭がくらくらとする、それにさっきよりも身体が熱い。
なんだか酔った様な、火照る様なそんな感覚がある。
その事を先生に告げると、先生は少し考えてから私の額に手を当てました。
ひんやりとした感覚が心地良いのは、私の身体が熱いからでしょうか?
「んー微熱があるわね?魔力が不安定気味なのかもしれないわ」
「…そう…なんですか?」
先生は私の額から手を離すと、念のためと診察する事に。
診察をしながら、先生は私が眠っている間の出来事を教えてくれました。
私が眠っている間に何があったのかを、私がなぜライラの隣で眠っていたのかを。
私が知りたかった情報の全てを優しく丁寧に教えてくれました。
まず、私が気を失ってから二時間程が経過していたそうです。
何日も昏睡状態だったなんて事は無く、一安心かな?
そして、私の後に倒れる子達が続いた事を。
その所為でベッドの数が足りなくなったそうです。
私がライラと一緒に眠っていたのもそれが理由らしいです。
「今年は特別なのかもしれないわね、ふふ……」
そう告げてキユウ先生は妖しくも意味ありげに微笑みました。
この学園には変わった先生が多いけれど、その中でもキユウ先生は特に変わっている気がします。
神秘的と言えば神秘的なのですが、つかみどころが無いとも言えます。
それも生徒からの人気が高い理由なのかもしれません。
謎めいた女性に心惹かれる子は多そうだし。
「さて、診察は終わりだけど、もう少し寝て行きなさい?」
「ん…良いのでしょうか…?」
先程先生から聞いた通りなら、ベッドの数が足りていないはずです。
だからまだ契約の儀式が続いているのなら、一個でも空けて置くのが良いはず。
その事を先生に告げると、先生は笑いながらこう言いました。
「それは貴女が心配する事では無いわ?貴女が今すべき事は……」
「すべき事は…あ……」
先生が私の額に指を当てて何か呟くと、私の意識はストンっと堕ちて行きました。
眠りへの誘いの魔法。文字通り対象を深い眠りへと誘う魔法。
意志の力で抵抗を試みる事も可能だけど。
不意打ちされ、しかも身体に触れての発動。抵抗なんて無理です。
そんな強制的な眠りのはずなのに、なんだか心地良くて……
なので私の意識は再び眠りの世界へ。
………
……
…
まどろむ意識の中、私を包むのはふわふわとした温もり。
幸せな温もり、大好きな温もり。
意識が覚醒に近付くにつれ、匂いが鼻をくすぐった。
幸せな匂い、大好きな匂い。
この温もりと匂いに包まれたまま、もっと微睡みに身を任せていたい。
朝目覚める前、後少し後少しと眠りを願うそんな感覚。
頬に胸にお腹に幸せを感じる。
そうだ、この温もりと匂いを私は知っている……
「…う…ん…お姉さま……」
寝言混じりに呟いた私の声が私の耳へ。
でも、自分の声なのに自分の声では無い様な、不思議で曖昧な現実感。
これはきっと、私の意識はまだ微睡みの中を漂っているから。
だけどわかります。
曖昧な意識でも、たとえ暗闇の中にあっても間違えるはずがありません。
この温もりとこの匂いは、間違いなくセレーネお姉さまの物です。
そうか、私は今お姉さまの側に……
「あ、シルファ起きたみたいだよー?」
なのに、聞こえたのは別の声でした。
この明るくも呑気な声はコロネの物です。
お姉さまの声もコロネも声も、もはや私にとって聞き慣れた声。
聞き間違えるなんてことありえません。
そうでなくても、お姉さまの声を誰かの声と聞き間違えるなんて事はありえない。
でも、この声はコロネの物で、この温もりとこの匂いのはお姉さまの物。
現実と感覚の乖離は私の思考と感覚を混乱させ。
「…あれ…?」
混乱に起こされた目の前にあったのは夜色の黒髪。
この髪はお姉さまの物です、コロネの髪ではありません。
うん、温もりも匂いも私は間違えていませんでした。
そうなるとコロネの声はどこからでしょうか?
新たな疑問が生じてしまったけれど。
それは一先ず後回し。
「…シルファ起きたの…?」
だって、お姉さまの声が聞こえて来たから。
ふわりと髪が揺れ、振り向き見えたのはお姉さまの横顔。
月灯りに照らされた横顔に煌めくのは紅玉の瞳。
夜のお姉さまも素敵です!
そんな事を思ってしまうと同時に、私は状況を理解しました。
どうやら私はお姉さまに背負われている、つまりおんぶされている様です。
「は、はい…でも、なんで?」
「…シルファ眠ったままだったから……」
さも当然とでも言う様に、疑問にさらりと答えるお姉さま。
私が起きるのを待たず背負って連れて帰る。
お姉さまらしいと言えばお姉さまらしいです。
「台車に乗せる案もあったんだよ、でも先輩がどうしてもって」
右後方から新たな声が、いえ最初に聞こえた声。
「…コロネ?」
コロネの声、やはり居たのですね。
これで先程の疑問は氷解し解決しました。
でもコロネさん台車って、私は荷物ですか?
こちらもまたコロネらしいと言えばコロネらしいです。
でも、コロネが居るとなると、このままおんぶされ続けるのも考えものです。
それに恥ずかしくもありますし。だから。
「お姉さま、私歩けます……」
「…駄目」
却下されました。寮に着くまで降ろしてくれる気はなさそうです。
お姉さまと二人きりなら素敵な時間なのだけど、こうなっては仕方が無いです。
後でコロネに弄られてしまう事は覚悟しておきましょう。
はぁ、そう言えばここはどこなのでしょうか?
溜息しつつ周囲を見れば、今歩いている場所には見覚えがあります。
夜の闇が景色を包み、昼とは異なる姿を見せているけれど。
ここは毎日歩いている、学園校舎と寮とを繋ぐ小路の途中です。
ほら、木の陰に寮の屋根部分が見えてきました。
そう言えば昨晩もこんな光景を見ました。
昨晩の買い物帰りも、日が暮れての帰寮となってしまったけれど。
それよりもっと遅い時間になって、戻る事になるなんて。
でも今夜は特別だから、寮の規則違反にはならないはずです。
時間と言えば、時計です!
「あ、私…教室に荷物を……」
そうです、制服や懐中時計を教室に置いて来てしまいました!
寝ている間に誰かが着替えさせた、なんて事は無く。
私の衣服は儀式用の白い装束のままです。
それはつまり下着も置きっぱなしと言う事で、乙女にとっては大問題であり。
苦悩する私に救世主が現れました。
大げさな表現ではなく、私的にはまさにそうなのです!
「荷物なら私が!ああ、クロワ歩きながら寝ないの?」
「ふわぁ…だっていつもならルキア弄ってる時間だし……」
ルキアです。どうやらルキアが纏めて、着替えや荷物等を取って来てくれた様です。流石は委員長、頼りになります!
一方で眠そうなのがクロワ。寝ながら歩くと言う器用な事をしていますよ?
それになにか妖しい事を呟いた様な?
ここはルキアの名誉のため、聞こえなかった事にしておきましょう。
「ありがとうルキア」
「ふふっ、自分のを取りに行ったついでだから」
謙遜する姿も素敵です。
詳しく話を聞けば、この中で真っ先に目を覚ましたのがルキアで。
保健室で寝ていた子達の荷物を、纏めて取りに行ってくれたらしいです。
戻って来た所へお姉さまがやって来て……
つまり、私だけが最後まで呑気に寝ていたと。
キユウ先生の魔法の所為だから仕方ないけれど、恥ずかしくもあります、
そうなると……
「ライラは……」
「…ライラ?」
私の呟きを聞き、お姉さまは不思議そうに首を傾げました。
お姉さまが知らないとしても、他の子は?
コロネ達の方へと振り向いてみるも、やはり知らないと言う顔。
「私が起きた時には居なかったみたいだけど……」
真っ先に起きたと言うルキアも、皆と同じ様に首を傾げています。
「んん…なんでも無い……」
どうやらライラはルキアが起きるよりも前に保健室を後にした様です。
お姉さまやコロネ達に、一緒に寝ている姿を見られなかったのは幸いだけど。
ライラ自身は、私と同じベッドに寝ていたのを知っているはずです。
お互いベッドで何かあったと言う訳では無いけれど
未だ気まずい関係を解消出来ない私達
明日、どんな顔をして彼女の顔を見れば良いのでしょうか?
悩みばかりが増える一方だけど、これ以上増えないといいな……
ここまで読んでいただきありがとうございます。




