第15話 不思議な道具屋さん-1
「もっと早くに教えてくれればいいのに!シルファもそう思うよね?」
放課後の学園昇降口、叫ぶ様な声で私に問いかけるのは森妖精の少女コロネ。
その表情は不満に満ち、愛らしい顔が台無しになる一歩手前。
問いかけと言うよりは私に同意を求めているのでしょう、怒り混じりの視線が私にそう訴えかけているし。
そんな目で見ないでほしいです、私が悪い訳じゃないのに。
だから、溜息に混じりにこう答えます。
「仕方ないよ、運命の導きはその日その時で変わるらしいし……」
「そうなんだけどさぁ、納得いかないし……」
私の答えにコロネは頬を膨らませるけど、甘やかしすぎないのも友人の役目。
講義中に笑われた、ささやかな仕返しでもあったり。
なぜ私達がこんなやりとりをしているかと言うと。
魔王との契約に備え、買い物をする必要が出来たからです。
必要な物はいくつもあるけれど、今日捜す予定なのは儀式の際に着る魔法装束。
ウィッチローブ等とも呼ばれ、女性の魔法使いにとっては欠かす事の出来ない衣装です。
でも単純に店で買えば良いと言う訳ではありません。これこそがコロネの不満の原因でもあったりします。
セルティス先生曰く『魔法に関する道具を買う時はその日その時に最良の場所があり、運命に足を任せるのです』…らしいです。
あらかじめ契約に必要な物を教えられなかったのも、この教えを学びそして理解する必要があったかららしい。
実際この学園都市には同じ物を扱う店が多数あり、特に重要な魔法道具を売る店は街の各所に大きく分散している様です。
「じゃあ、私はこっちの方に行くからまた後でね?」
花弁残る並木道を歩き歩いて、校門を出ると私は道の右左と順に見て、左へと行く事に決めました。
なんとなくだけど、西からの風が背中を押してくれた様な気がしたから。
多分、これが運命の導きと言う物かもしれません。これもなんとなくだけど。
「ああ、美しき髪が遠くに行ってしまう~う~るるりら~……」
こらこら、私本体よりも髪を名残惜しみますか?どさくさに紛れ触ろうとしない。
コロネを強引に反対側に向かせると、私は急ぎ足でその場を離れます。
一応、寮へ戻ったらお互い買った衣装を見せ合うと言う約束をする事で、納得はさせたのだけど。
こうでもしないとコロネがあのまま付いて来てしまいそうだったし、仕方が無い。
横目を回し後ろを見れば、捨て犬の様にしょんぼりとした背中が見えた。
葦の耳も心無し垂れて見えるけれど、心を鬼にする私でありました。
友人だからと甘やかすのは本人のためにならないし、うん。
…後で慰めよう、ふぅ。
今はとにかく足を動かそう、歩き進まないと足に任せようがありません。
とりあえず、学校の塀に沿う様にしながら道を進んでみます。
そして歩きながらふと想う、こんな風に一人で街を歩くのは久しぶりかも?と。
この学園に入学してからの一週間、私の周囲には誰かしらが居ました。
お姉さまと街を散策し、コロネやルキア達と買い物や買い食いを楽しむ。
大切な人達と過ごす特別な時間。
にぎやかな時間に慣れ過ぎたのかな?急に孤独感が沸いてきました。
それにまだ温かい季節のはずなのに、なんだか寒い。
ううん、多分日が落ちて冷え込んできただけ。
そうか……
一人だから寒さを余計に感じてしまうんだ。
私の心を察したのか、夕日を背負う街の姿もなんだか寒そうに見えます。
でもなんだろう、私ってこんなに寂しがり屋だったのかな?
コロネにあんな事を言っておいて、今更一人が寂しいとか我儘過ぎる。
急に一人になったせいか、色々な事が頭の中をぐるぐるとし始め。
一週間の出来事が思い返されてきます。
そう、この一週間本当に色々な事がありました。
新しい知識を学び新しい魔法を習得した、新しい友人も増えた。
故郷の街には無かった習慣や流行りを知り覚えました。新しい遊びもね?
そして、どうしても思い出されてしまうのがニース先輩の取材を受けた事。
私はあの取材で多くを知ってしまった。
お姉さまが如何に優秀で人からの注目を集め得る人であるかを。
私にとって当たり前だった事がここでは当たり前ではない事を。
入学式からの数日、廊下等を歩く時に視線を感じる事が多々あった。
それも一つや二つで無く複数の視線を。
そんなのは気のせい!それで済めば良かったのだけど。時に私とお姉さまの名を含む囁き声が聞こえてしまうから、気のせいで済ます事も出来ない。
ざわめきの中にあっても、自分の名前や特別な名前は意識せずとも聞こえてしまうものだから。
お姉さまは雑音だから気にする必要は無いと言うけれど、一度気になるとどうしようも無い。
唯一の救いはコロネやルキア達の支えがあった事、彼女達には本当に感謝している。いつか返さないと。
そんな状況も、ニース先輩の作った校内新聞が張り出された事で変わって行きました。やはり事実を知ってもらうのは大切な事。新聞って凄い。
それでも記事を読んで、皆がどう感じたのかはわかる訳も無いし。
私が注目されている事実は変わっていないのだと思います。
これは、私がお姉さまと共にあるためには避けれない事。
私の行動と出した結果、全てがお姉さまと私の未来に大きく関わって来る。
「気合いを入れないと、だよね……」
誓う様に呟くと、胸の前で強く拳を握り締める。
声に出す必要はないけれど、自分への応援の意味を込めて。
…だって、一人になるとつい独り言って出てしまいますよね?
「え…っと、ここはまだ知ってる場所だね」
考え事をしながら歩いていたけれど、周囲の建物にはまだ見覚えがある。
このまままっすぐに行けば小さな公園へと出るはず。
煉瓦作りの建物と街路樹の並ぶこの通りはまだ記憶に新しい。
途中に揚げパンを売る屋台があり、お姉さまと一緒に食べたのが三日前。
フワフワとした食感と砂糖の甘さが思い出されて来ました。
ひょっとして私お腹すいてるのかな?いやいや、今はそんな時では。
「でも、一個くらいなら……」
はい、あの甘い香りと蕩ける味の誘惑には勝てません。
買おう!
決意を固めると胸ポケットから貨幣を取り出し急ぎ足で進んで行く。
しかし……
「…あれ?ない?」
無かった。
屋台が無い、甘い砂糖と揚げ油の匂いを漂わせていた屋台が無い。
揚げパンを揚げていた、深い皺を刻んだ可愛いお婆さんの姿も無い。
営業時間の終了や休日で屋台を畳んであると言う訳でもない。
屋台を支えていた木の柱の跡も、椅子代わりの木箱の跡も全く無い。
そこにあったと言う痕跡全てが消え去っていました。
「間違えたかな…あれ?」
不可思議な状況に首を傾げていると、ふと影の中に奥へ向かう空間がある事に気付きました。
道だ。奥へと続く道がある。両側を白い石材の壁に挟まれた通路の様な小路。
灯りは無く奥の方までは見えないけど、建物の敷地に続く入口や門ではなさそう。
首を伸ばし背伸びしてみるが、やはりその奥は見えない。当たり前か。
さっきまで無かった様な気もするけれど、この先に何があるのだろう?
危険な事?素敵な事?ここでじっとしていてもわからない。
わかるのは出会ってしまったと言う事。
足に任せた結果がこれならば、答えは一つしかない。
「行くしかないよね?」
小声で呟くと右手の親指と人差し指を重ね弾いた。
破裂音が響くと同時に周囲の魔雫が集まり宙に小さな光球が生まれる。
基礎魔法の一つ『指弾きの灯り』。
時間単位の魔力疲労の少ない、長時間光を灯すに便利な魔法だ。
その分照らせる範囲は狭いけれど、道を照らし自分の位置を示すには十分。
「よし、行ってみようかな?」
少し大きめに呟くと私は小路へと足を踏み入れる。
小さな光球だけが頼りの薄い暗い小路、この先には何があるのでしょう?
不思議と恐怖は無い。
むしろ心は何かを期待し、この先にある物を知りたい。
そんな気持ちで胸がドキドキとしている。
だから今は進むのみ。
時は夕刻、日は更に堕ち街は黄昏から闇の時間に入ろうとしていた……
ここまで読んでいただきありがとうございます。




