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第8話~中間報告


 夜の福岡


 白濁した水炊きの湯気が立ちのぼる鍋を囲み、泡は頬をほころばせていた。


「おいし〜い……あったまる〜……」


 鶏の旨味が染みたスープをすくいながら、何度も目を細める。

 その顔は、湯気の中に溶けてしまいそうなほど無防備だった。


「ねぇビタくん、中間報告終わったらさ、肉屋のおばちゃんとこ寄って、すき焼きのお肉買わなきゃだね!

 お疲れ様会しなきゃ、ね、ね、ね!」


 一文は鍋の中を見つめたまま、箸を止めずに答える。


「……まだ終わっていない」


「えーっ、中間報告で一区切りなんでしょ?」


 泡は身を乗り出し、湯気越しに一文を覗き込む。


 一文は短く息をつき、また黙々と箸を動かした。


「……シカト!?」


 ---


 翌朝・被害者宅


 翌朝、二人は福岡郊外の住宅街を訪れていた。

 被害者は60代の男性。現場は朝の公園、日課のジョギング中だったという。


 家族の話によれば、二年前に偶然見つかった癌は初期で、手術により完治。

 医師からは「運が良かった」と言われたそうだ。


“九死に一生”というほど劇的ではない。

 だが、確かに一度“死の縁”をくぐり抜けた身体だった。


 ──これで、7人の被害者すべてが“生還歴”を持っていたことが確定した。


 ---


 夜・ホテルの部屋


 福岡市内のビジネスホテル。

 一文はデスクに向かい、ノートPCの画面を睨んでいた。


 中間報告の最終チェック。

 7件の被害者、共通する“生還歴”、不自然な死因、現場に残された黒い彼岸花と微かな香り──

 それらを、静かに、冷静に、ひとつずつ言葉に落とし込んでいく。


 背後のソファでは、泡が丸くなっていた。

 コートを羽織ったまま膝を抱え、眠っているのかいないのか。

 ときおり、耳の南京錠を指先で撫でている。


「……アブク。寝るなら自分の部屋に戻れ」


 一文が背を向けたまま言うと、泡は目を開けた。


「えー、やだ。こっちのほうが落ち着くもん」


「ベッドもないぞ」


「ビタくんがいるから、安心するんだよ」


 その言葉に、一文の手が止まる。

 数秒の沈黙のあと、静かに言い直す。


「……俺は報告屋だ。お前の添い寝係じゃない」


「知ってるよー。でも、ちょっとくらい甘えてもいいじゃん。

 中間報告、もうすぐ終わるんでしょ?」


「……あと少しだ」


 泡はふふっと笑って、ソファに背を預けた。


「じゃあ、終わるまでここにいる。

 終わったら、ちゃんと部屋に戻るから」


「……勝手にしろ」


 一文は再びキーボードに向き直る。

 その背中には、微かな疲労と、諦めにも似た静けさが滲んでいた。


 泡は目を閉じ、小さく丸まる。

 その呼吸は穏やかで、けれどどこか──夢の中で誰かを待っているようだった。


 ---


 翌日


「中間報告、終わったんだね! よく頑張った、私たち!」


 ホテルを出た瞬間、泡は両腕を大きく広げて空を仰いだ。

 雲ひとつない青空に、街のざわめきが遠く吸い込まれていく。


「少し、ゆっくりできるね」


「ああ」


「約束のお疲れ様会ね! すき焼きだよ、すき焼き!」


「……約束はしてないが」


「うそ! 肉屋のおばちゃんとしたもん!

“いいお肉取っとくね”って言ってたもん!」


「……わかった。すき焼きだな」


「わぁいっ!」


 泡は笑いながら、くるくるとまわる。

 そして、振り返り、にっこりと笑った。



 ---




【機密報告書】


 死に花事件 中間報告書(第1次集約)


 提出者:報告屋 “リッチマン” 所属 鐚 一文

 提出日:2025年12 月3日

 分類:連続不審死案件(通称:死に花事件)

 報告種別:中間報告(被害者7名時点)


 ---


 1. 概要


 本報告は、全国各地で発生している一連の不審死(通称「死に花事件」)について、現時点で確認された7件の事例をもとに、共通点・傾向・仮説を整理したものである。

 各事件は、被害者の胸部に銃創があり、現場に“黒い彼岸花”が添えられているという異常性を有する。


 ---


 2. 被害者一覧(発生日順)


| No. | 発生日 | 地点 | 被害者属性 | 生還歴 | 死因 | 備考 |

 |-----|--------|------|------------|--------|------|------|

| 1 | 10/29 | 札幌市 | 女性(24) | 自己免疫性疾患からの回復(4年前) | 心臓部銃創 | 表情は安らか |

| 2 | 10/29 | 京都市 | 男性(54) | 心筋梗塞からの蘇生(2年前) | 同上 | 花の香りが残留 |

| 3 | 11/03 | 東京都 | 女性(33) | 出産時の大量出血→生還(6年前) | 同上 | 駐車場内で発見 |

| 4 | 11/12 | 福岡市 | 男性(62) | 癌の初期発見・完治(2年前) | 同上 | 公園内で発見 |

| 5 | 11/14 | 大阪市 | 男性(41) | 臓器移植後の生存(5年前) | 同上 | 医療記録あり |

| 6 | 11/17 | 東京都 | 男性(37) | 脳腫瘍摘出手術(4年前) | 同上 | 目撃者・監視映像なし |

| 7 | 11/18 | 名古屋市 | 女性(21) | 交通事故による心停止→蘇生(3年前) | 同上 | 胸部に縫合痕あり |


 ---


 3. 共通点と傾向


 - 死因:全員が心臓部への銃創による即死。苦痛の痕跡なし。

 - 現場:都市部の人通りの少ない場所。監視カメラ・目撃証言なし。

 - 遺留物:黒い彼岸花(自然界に存在しない色素。染料反応なし)。

 - 被害者の過去:7名全員が「一度死にかけた経験(生還歴)」を持つ(医療記録・家族証言より確認)。

 - 表情:全員が“眠るような”安らかな表情を浮かべていた。

 - 香り:現場にて微香を感知。複数の関係者が「懐かしい」と表現(成分不明)。


 ---


 4. 仮説


 4.1 選別性のある犯行

 被害者の共通項から、無差別ではなく「死に損なった者」を対象とした選別的犯行の可能性が高い。


 4.2 犯人像の異常性

 移動速度・犯行手口・現場の静けさから、単独犯とは考えにくい。

 また、銃器使用にもかかわらず、現場に暴力性が感じられない点が特異。


 4.3 “死神”概念との一致

 被害者の表情、死の静けさ、黒い花の象徴性から、一部では“死神による介入”という非科学的仮説も浮上している。

 現時点では否定も肯定も困難だが、事件の構造的異常性を説明しうる概念として記録する。


 ---


 5. 今後の対応方針


 - 被害者の医療記録のさらなる照会と、未公表の“生還歴”を持つ人物の洗い出し。

 - 黒い彼岸花の成分分析の継続。

 - “香り”の再現および記憶との関連性の調査。

 - 次の発生地点の予測と、未然防止の可能性検討。


 ---


 6. 備考


 本報告は中間報告であり、犯人特定・動機解明には至っていない。

 ただし、事件の構造的異常性と、被害者の選別傾向から、

“死の形”そのものを問う存在が背後にある可能性がある。


 ---


 以上、報告を終える。

 報告屋 “リッチマン”

 鐚 一文


 ---


 この報告書から二日後、

 “死に花事件”は、静かに本当の姿を現す。

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