表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

第6話~情報屋

札幌から戻った翌朝。

二人は事務所の窓を開け放ち、冷えた空気と街のざわめきを胸の奥まで吸い込んでいた。


 湯気の消えかけたコーヒーを、黙って啜る。




 泡はデスクに座ると、ぶらぶら揺れる両足とは不釣り合いな静けさで言った。




「……あのお父さん、かわいそうだったね」




 声そのものは優しい。


 けれどその奥で、どこか温度が揺れていた。




 一文は書類を閉じ、横目で泡を見た。




「娘が救われたと思った矢先に、あんな形で失うんだからな。……まだ現実を受け止めきれていない。言葉の端々に“もし”が残っていた」




 泡は爪の先で机を軽く叩く。コツ、コツ、と。


 その小さな音に、棘の影がひそんでいた。




「“もう一度死なされた”みたいだった」




 殺された、ではなく──“死なされた”。


 その語感が一文の思考を撫で、核心にふれている感覚をこびりつける。




「近々、人に会う。お前もついてこい」




「うん。ビタくんがそう言うなら」




 返事は素直だ。


 なのに表情は、どこを向いているのかよく分からない。





 一文は、ため息をひとつ落とし、電話をかけて短く話をまとめた。




 ――1週間後。




 駅近くの喫茶店。午前十時。


 ガラスの向こうの光は白く、クラシックが水滴のように静かに落ちていた。




「ここ、落ち着くねー!穴場だね!穴場!……とりあえずコーヒー頼んでいーい?」




「好きにしろ」




 泡はメニューをのぞきこみながら、ふと一文を見上げる。




「ねえ、今日の人って、どんな人?」




「……古くからの縁だ」




「じゃあ、ビタくんは信頼してるんだ?」




「……情報は確かだ」




 泡はくすりと笑い。


 コーヒーを2つ、オーダーする。




 そのとき、扉のベルが鳴った。




「来たな」




 入ってきたのは、襟を立てたトレンチコートの中年──。


 無精髭と対照的に、目だけが刃物みたいに鋭い。




「久しぶりだな、報告屋」




「こちらこそ、氷室さん」




 情報屋の氷室は席につき、泡を見て眉を寄せた。




「……そっちは?」




「助手だ」




「アブクでーす。よろしくね、氷室さん」




 泡が明るく手を振ると、氷室はその笑顔を値踏みするように細めた。


 少しだけ寒気を感じ、気付かれぬように身震いする。




「……まあいい。例の件、調べてきた。たぶんホームランだ」




 氷室は封筒を差し出す。


 一文が開くと、コピーと手書きのメモが数枚挟まれていた。




「被害者の医療記録だ。正規ルートじゃないから、あくまで参考程度だ」




「助かる」




「見れば分かるが──今回の被害者は三年前に大手術を受けている。交通事故で心停止四分。蘇生は“奇跡扱い”だな」





 泡の表情が止まった。


 なにかを探すように落とした目線は美しいのにどこか禍々しい。




「……やっぱり。他の人たちも?」




「全員とは言わねぇが、七人中五人が同じだ。脳腫瘍、心筋梗塞、自己免疫性の難病。ここまでくりゃ、そこらの情報屋でも調べれば簡単に辿り着けるレベルだ」




「……死にかけた人ばっかり」




「そういうこった」




 泡はまっすぐに氷室をみつめる。


 その瞳は、喫茶店の柔らかい照明の中で、妙に影を帯びて見えた。




「誰かが、それを気に入らなかったんだ」




 その一言に、氷室は無意識に喉を鳴らした。


 それは、まるで甘い香りの中に滴る毒のような声で耳にまとわりつく。




 一文は資料を見つめながら、別の層を覗くように眉を寄せる。




 泡が声をひそめる。




「ねえ、ビタくん……これって、“死に損なった人”が狙われてるってこと?」




「可能性はある」




「じゃあ……やっぱり……」




「断定はできない」




 その静けさは冷たく、重かった。




 氷室が渋く笑う。




「で、お前ら何を追ってんだ?」




「……死の形だ」




「はっ。変わらねぇな、報告屋」




 泡の指が、資料の端をつまむ。


 その細い指が、わずかに震えた。


 一文はその震えに、一瞬だけ視線を落とす。


 恐怖からではないことだけがはっきりとわかった。




 泡は息を飲むように問いかけた。




「次は……どうするの?」




 一文は椅子を引き、静かに立ち上がった。




「被害者のタネは割れた。あとは辻褄が合えば報告はできる」




「犯人は……さがさないの?」




「報告屋は、知り得た情報をまとめるだけだ。……それに」




 一文は横目で泡を見た。




「……きっと、向こうからやってくる」




 氷室に謝礼を渡し、伝票を取る。




 泡は慌てながらも笑顔で頭を下げ、一文の背を追う。




 二人が消えた扉の向こうを見送りながら、氷室はコーヒーを啜った。


 テーブルの紙ナプキンがふわりと揺れる。


 風もないのに。




 まるで──


 何かが、すぐそばを通り抜けたみたいに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ