第7話 バンシーの正体を暴くのですわ
いったん部屋を辞して廊下に出ると、ネロは顎に指を添え、考え込んでいました。
「何か言いたげですわね、ネロ。ご意見でも?」
「あの甥だ、ブライアンとか言ったか。やけに饒舌じゃねえか? 贈った酒の話とかよ」
ネロの指摘はもっともです。ブライアン氏の答えは、あらかじめ準備されていたかのような内容でした。
「引っかかると言えば、ディナーの時の態度もですわね」
ブライアン氏の態度は丁寧で親切でしたが、どこか作り物のような印象を受けました。今思えば、イェイツ氏の病状について触れた時、わたくしを探るようだったのは見逃せません。
「まあ。ぶっちゃけ全員、怪しいけどよ。ジジイはムカつく奴だし、財産もあるし。本音を話してるやつがいるとは思えねえよ。もう全員犯人なんじゃね?」
「そんなわけないでしょう。確かに全員、何かしら隠し事をしているようにも見受けられますけれど」
もっとエレガントに思考して欲しいものですわ。容疑者全員が犯人なんて、あまりにも現実的ではありません。
後妻のシボーン夫人も、ただ悲しんでいるように見えて、もっと複雑な感情が渦巻いているようでした。でも、彼女が犯人ならわたくしたちを追い払うことができたはずですわ。
「さて、どこから切り崩したらいいのかしら」
「ひとつひとつ、なんとかしようぜ。まずはバンシーの件からだ」
「まさか、当てがありますの?」
「まあ、な。任せとけよ。奴は、もう逃がさねえかんな」
どうやら叫び声の主を逃がしたことを、根に持ってるようですわね。でも、アレは到底、人間のものとは思えない声でしたけれど。……ただ、妖精の気配は感じなかったような?
「わたくしも思いついたことがありますが、手配にはお時間が必要ですわ。先にあなたの策を試しましょう」
「よし、来た。まず使用人全員に聞き取りだ」
「はあ、全員ですの?」
わたくしたちは屋敷にいる使用人たちに、内部情報を尋ねていきました。
まず、古参使用人のターグ氏。彼はイェイツ氏の幼少からの友人で、一緒に事業を立ち上げた仲でした。ターグ氏はお人柄から、人々から信頼を勝ち取れる強みがあり、互いにない部分を補う関係だったそうです。
ですが、イェイツ氏は事業が軌道に乗り始めると、態度を一変させて実権を乗っ取ったとか。
次に、後妻のシボーン夫人。彼女は実家の借金を理由に、結婚を承諾せざるを得なかったそうです。将来を誓った幼馴染がいたそうですが、無理やり引き裂かれてしまったと。たびたびふさぎ込んでおり、そんな夫人の心休まる趣味が花を育てること。
イェイツ氏に日頃から虐待めいた仕打ちを受け、特にバンシー騒ぎでの苛立ちを激しくぶつけられていたようです。
最後に、甥のブライアン氏。イェイツ氏の財産相続の有力候補だったそうですが、シボーン夫人が後妻となり立場が危うい状況。その上、バンシーの出現前後に「イェイツ氏が遺言状の書き換えを検討している」との噂が屋敷内で広がり、相当焦っていたそうです。
「やっぱり、あのジジイ死んでよかったんじゃね?」
「……たしなめたいのは山々なのですが、恨まれても仕方ない人生ではありますわね」
「ああ、まるで誰かに復讐劇を見せられてるみてえだ」
なんにせよ、動機を持つ人物は複数いますわね。シボーン夫人、ブライアン氏、そして……もしかしたら、ターグ氏も。長年の恨みを抱えていた可能性も、否定はできません。
聴取に合わせて、ネロは使用人たちにこのような話をしました。
「ここだけの話だがよ。実は、オレたちはバンシーが偽者じゃねえかって疑ってんだ。だがよ、バンシーってのは標的が死んだときにも泣くらしい。だから、今夜もどこかで現れることがあれば、本物なのかもしれねえな」
もっともらしく内緒話のように声を潜めて伝えていきました。
なるほど、屋敷の誰かがバンシーであると仮定した策ですわね。そう感心したのですが、話は終わりませんでした。
「はあ? なに言ってんだ、バンシーはアイツに決まってんだろ。まさかまだわかってねえのか?」
くっ、間抜けを見るような目で、わたくしを哀れんできました。本っ当に失礼な殿方ですわね!
決行したのは、皆が寝静まった深夜。
わたくしはネロの指示で、ある人物の部屋の前でひっそりと息を潜めていました。「今夜、必ず奴は尻尾を出す」と自信満々に宣言していましたが、はたして……。
万が一当てが外れ、他の容疑者が動くようなら、ネロが捕縛する手はずになっています。つまり、ネロは本命をわたくしに託してくれたということ。
廊下は薄暗く、時折、聞こえてくる木の軋む音だけが静寂を破ります。張り詰めた中で、わたくしは神経を研ぎ澄ませていました。腰に差した剣の感触を確かめます。
どのくらいの時間が経ったでしょうか。遠くで振り子時計がボーン、ボーンと鳴り響いて時を告げました。直後、目的の人物が、音もなく部屋から出てきたのです。
その人物は、普段の怯えた様子とは打って変わって、足取り軽く落ち着いており、手になにやら包みを抱えています。
そのまま裏口からこっそり、外へ出て行きました。
月明かりが、細い背中をぼんやりと照らし、庭の隅にある物置小屋へと向かいました。後を追おうとしたその時です。
――突然立ちふさがった影。とっさに剣を引き抜いて、振りかざします。
「わわっ!? わたしだよ。エリーちゃん」
「えっ、ミア!?」
抜き放った刃が首の皮一枚で止まります。その影は、満面の笑みを浮かべたミアでした。
その翡翠の瞳を見た途端、再び体の震えが止まらなくなります。くっ、息を整えろ、落ち着くのです。
「エリーちゃんもあの娘に目を付けてたんだね~。でも、わたしたちもなんだ。退いてくれない?」
「あら、わたくしと争うつもりですの?」
「ううん、そういう気もないんだけど」
小屋の中で声がします。「やめて、離してくださいっ!」と切羽詰まった悲鳴。
身体よ動け、ミアなんか突き飛ばしてでも先に進めっ。大の男すら恐れぬわたくしが、なぜ躊躇う?
剣を突き付けられても、にこやかなミア。周囲にぼんやりと灯るオーラが、次々に現れます。羽の生えた小人たちが無邪気に嘲笑いました。
「正式な妖精姫候補のわたしは、あなたが妨害するなら逮捕する権限があるの。だから……やめて欲しいな」
「……調子に乗ると、火傷しますわよ」
一触即発。ここで立場が不利なのはわたくし。踏み出せない、今、ミアを傷つけずに突破が出来るのか。
そこで時間切れでした。物置小屋から出てきたのはフィン様。月光の下、とある人物を冷徹に見下ろし拘束していました。
それはメイドのキーラ。彼女は目に涙を浮かべて、無力に震えていました。




