第6話 尻尾を巻いて逃げる気はないのですわ
翌朝、屋敷に警察士たちが到着しました。
イェイツ氏の突然の死に、屋敷は騒然とし誰も十分な眠りを得られませんでした。
身支度を整え、食堂へ向かうと、すでに数人の警察士が忙しそうにしていました。写真機で撮影する姿もあり、物々しさが漂っています。
そして、その一角に、ミアとフィンがいました。ミアは、どこか得意げに現場を見渡し、フィン様は警察士と真剣に言葉を交わしています。ですが、警察士たちは二人を煙たげにしていました。
妖精姫候補に事件介入されるのは、警察としては縄張りを荒らされているようで、あまり良い気分ではないのでしょうね。
わたくしたちの姿を認めると、ミアは手を振ってきました。
「エリーちゃん! まさか、こんなことになるなんて大変だったね。でも、わたしたちが何とかするから大丈夫だよ」
「おはよう、エリー。昨夜はさぞ疲れただろうね。あとは僕に任せてくれないか」
フィン様も、気遣うような声を掛けてきました。
しかし、それはわたくしの誇りを傷つける態度に他ならないのですわ。ミアの瞳に恐怖心を覚えても、ここから立ち去ろうなんて思いもしません。
警察士の一人がわたくしに気づき、近づいてきました。階級は警部ですわね。毅然とした態度から、一転、ぱぁっと明るい表情を浮かべています。
「あれ、エレオノーラお嬢様ではないですか?」
「しっ! お黙りなさい」
ここで堂々と素性をばらされたら、普段、家名を伏せている意味がまるでありませんわ!
「お、おっと失礼しました。ええと、まだご実家に戻られてないのですか?」
「まさか、末端の警部にまで伝わってますの?」
「ええ、まあ。正直、うちの長官がだいぶイライラしているとの噂でして。その、お父君と何度も喧嘩してるとかなんとか……」
「もうっ、お爺様ったら」
わたくしの家出がきっかけで、親子喧嘩してるなんて。警察庁と秘密情報部の長が仲違いするとか、さすがに外聞が悪すぎますわ。国内どころか、諸外国から笑い者になったらどうなさいますの!
「それより、あなた。わたくしが協力しますわ、ちょっと聞きなさい」
「むぅ。お言葉ですが、今のお嬢様は一介の冒険者でして……」
「でも、妖精にまつわる事件として、対応を決めかねているのでしょう?」
図星を突かれて、警部は唸る。
妖精の呪いとなれば、必要なのは退治の判断。警察の手に負えません。参考までに、わたくしは調査内容や当時の状況について、できるだけ詳細に説明しました。
「現状、妖精の呪いを指し示す証拠はないのですわ。おわかり?」
「確かに、うちの解析士からも、魔術を使われた痕跡もないとの話ですから。だがまあ、呪いでないなら心臓麻痺による病死でしょうな。持病がおありだったようですし、所見上もそのように見えます。主治医に病状を確認して終わりでしょう」
確かに屋敷内での異様な叫びが事実としても、それが死因と直結するものとは限りません。警察としては、それで手軽に事件を終結させたいのでしょう。
しかし、それでは依頼を受けたわたくしの立場がありませんわ。
「でしたら、独自に調査を進めてもよろしいかしら? わたくしはご依頼通り『バンシー事件の真相』を突き止めるまでですから」
「うーむ。まあ、お嬢様がそう仰るのなら、好きにされて結構です。ですが、捜査の邪魔だけはなさらないでくださいよ」
どうやら、わたくしの家柄を考慮して、強硬な態度は取れないようですわね。
すると頭を掻きながら、ネロは尋ねてきました。
「なあ、エリー。このまま調査を続けるのかよ。依頼人が死んでるんだぜ」
「あら、あなた。尻尾を巻いて逃げ帰るおつもり? それこそタダ働きですわよ」
水を差されて、わたくしはムッとしました。思わず言い返すと、ネロはきょとんとした顔をしました。が、すぐに堪えきれずに笑いだします。
「お前、ずりぃわソレ。マジ笑えるぜ。そうだな、支払わせるか」
「え、それってどういう……」
真っ先に訪ねたのは、シボーン夫人の部屋でした。憔悴しきった様子の夫人が、警察士に付き添われておりました。すぐ隣には、甥のブライアン氏と使用人のターグ氏がいます。
「シボーン夫人、昨夜は大変お気の毒でございました」
「いえ、もともと夫は心臓が悪かったですし、仕方のないことなのでしょう」
「奥様、何かご存知のことがあれば、どんな些細なことでも構いませんので、教えていただけますでしょうか。ご主人のことで……あるいは、昨夜の叫び声について」
「まさか、事件のことをお調べになるつもりですか?」
そこでネロは不敵に笑うと、説明を始めました。
「依頼が取り下げられてねえからな。この場合、途中までの費用をもらってしまいにするか、あるいは権限を持つ人間の判断次第だ。この場合は奥さん、アンタになる」
「夫の死因が本当に病死だったかどうかを、私が望むなら調べてくださると?」
シボーン夫人は、憂いを帯びた瞳で問いかけてきました。昨夜の様子からは想像できないほど、冷静で落ち着いています。
ブライアン氏は、訝しげに口を挟みました。
「シボーン、あまり惑わされない方がいいですよ。既に警察が調べているし……叔父が死ぬのを止められなかった連中ではないですか」
すると、ネロは待ってましたと言わんばかりに、威勢よく叩きつけます。
「ならよ。真相が突き止められなかったら、調査費用は一切なしってことでどうだ?」
「なんだと?」
「別に変なこと言ってねえだろ。役立たずのままで請求するほど、プライド捨ててねえよ」
流れが変わりました。冒険者を雇う費用はそう安くもありません。シボーン夫人は少し考え込むように、眉をひそめてから頷きました。
「わかりました、引き続きの調査をお願いします。……夫は、ここ最近は特に不眠気味でした。発作時の薬も、以前より飲む回数が増えていたように思います」
「心臓の持病は元からでしたか?」
「そのようですね。私、嫁いだのは去年の冬頃ですから、様子まではわかりませんが」
すると、古参の使用人ターグ氏が、おそるおそる言葉を継ぎました。
「ご年齢を重ねてから、ご主人様は息切れや動悸が激しくて……手足もむくみが酷いと。しかし、バンシーが現れた頃から、特に不調でおられましたね。なんでも頭痛に吐き気。その上、寝不足で目もかすむとか」
「服薬内容を尋ねても?」
「ええと、普段飲まれているのは、ジギタリスの薬だったと。発作が酷い時には、昨晩の通りラウダナム(鎮痛鎮静薬)を服用されておりましたね。薬はご主人様自身が鍵付き棚で管理されておりました」
ディナーの時に、とっさに飲まれたのはラウダナムでしたか。
しかし、ジギタリスとは……確か、ここの花壇にも咲いていましたわね。
「もう1つ、ブライアン氏。イェイツ氏が愛飲されていたウィスキーなのですけれど」
「ああ、あれか。ヒースアード醸造所の『ヒースの雫』だよ。ヒースやリコリス等のハーブを十種類以上使ったとかいうウィスキーベースのビターリキュールだ。いかにも体によさそうだろう?」
「アレを贈答されたのはいつ頃ですか」
「ええと、バンシーに悩む叔父を慰めるためだったから。……一か月前くらいかもしれないな。まさか、私を疑っているのか? 叔父と飲み交わしたことが何度もあるんだぞ!」
「飲み交わした?」
すると、使用人のターグ氏は深々と頷いて同意します。
「ええ、よく覚えていますよ。ご主人様が機嫌が良い時は、一緒に晩酌を共にされておりましたね」
「自分がプレゼントしたものだ。付き合えと言われたら、そりゃ受けるだろう。量を飲めない分、楽しく過ごしてほしかったからね。叔父は大の酒好きだったから」
となると、お酒自体に細工する余地もなさそうですわね。話を整理すると、もともとの持病にバンシーのストレスで悪化したとも思えますわ。
しかし、そんな会話をネロだけは冷ややかに、見つめていたのでした。




