第4話 バンシーの謎に迫るのですわ
「黒い影、ですか?」
問い返すと、キーラは小さく頷きました。
「はい。最初は木の影かと思ったんですが、それがゆっくりと動いて女の形に! ぼさぼさの長い黒髪のせいで、顔はよく見えなかったんですけど、目が、目が真っ赤に燃えているみたいだったんです! それから聞いたこともないような、悲しい叫びを上げて……」
キーラが恐怖で身体を震わせたところで、ネロが低い声で尋ねました。
「ふうん。そいつはどんな声だったんだ? ほら、高く鋭い声だったとかよ。低く呻く病人みてえな声だったとかよ」
話を伺うネロの眼光は、獲物を狙う狼のように鋭くなっていましたわ。
「えっと、苦しそうで悲しそうな……そう、この世のものとは思えない叫びでした。聞いた途端、全身がゾッとして、怖くて逃げ帰ってしまったのです」
「そいつ、なにかしゃべってたか。言葉みてえな」
「バンシーの言葉なんて、私にはわかりませんっ!」
キーラは両手で顔を覆い、今にも泣き出しそうです。どうやら、これ以上は聞き出せそうにないですわね。
「キーラさん、貴重なお話ありがとうございました。もし何かあれば、すぐにお知らせください」
わたくしたちは、そう伝えるとターグ氏にも一礼をして部屋を出ました。
「どう思うよ、エリー?」
廊下に出ると、ネロがすぐに意見を求めてきました。
「特徴はバンシーの伝承と、合致する部分が多いですわ。ただ目撃されすぎている気もしますの。……実はわたくし、まだバンシーと遭遇したことはありませんのよ?」
「そっか、そんなに珍しいのか。確かに村人も見てるらしいしなぁ」
「未熟者とバカになさらないのね。……あなたはどう思うのです?」
んー、と唸りながら、ネロは黒髪をわしゃわしゃと掻きむしります。上品ではないですが、これが彼なりの思考スタイルですから大目に見ましょう。
「なんか引っかかるんだけどよ、上手く言葉がまとまらねえや。ちょいと聞きこみ行ってきていいか」
「ええ、任せます。わたくしは屋敷内での情報をまとめますから」
早速、二手に分かれ調査を開始しました。
陽気な舞曲冒険者事務所は、都市での事件調査と護衛を生業としております。そのなかで、ネロはエースとして扱われるほどの逸材。まとめてきた内容は、実にエレガントなものでした。
「興味深いですわね。事件はおよそ一ヵ月半前に、バンシーの叫び声の噂が流れたことから始まり……次に目撃者が現れた。最初の目撃者はメイドのキーラさんだったのですね」
「そうだぜ、あの女が目撃証言の起点だ。で、村人の目撃情報も集めてきたんだけどよ」
差し出された簡易的な地図には、チェックや書き込みがされておりました。
村人の証言は『長いぼさぼさ髪を振り乱した女』という点で一致しているものの、『真っ赤な瞳』の記述はなかったのです。それらの証言の多くは、遠くからの目撃ばかりで曖昧でした。
また、屋敷周辺の目撃情報は石壁の外から、日にちを経て庭先に近づいているといったものでした。
「たいしたものですわね。こんな手際よくまとめてくるなんて、褒めて差し上げますわ」
「おおうよ、もっと褒めやがれ」
一通り証言を確認し終えると、それを元に屋敷周辺を調査します。
花壇に咲く綺麗な花々、植えられた木。一通り眺めましたが、手ごたえはありません。
「ううん。魔力の反応も、はっきりと妖精がいた痕跡もありませんわね」
「痕跡ってどんなんだ?」
「普通の目には見えませんわよ。なんと言いますか、オーラの残留のようなものが見えるのですわ。人間の魔力と同じで、妖精のオーラも万人不同なのです」
ここまで目撃されるなら、はっきりとした痕跡があっておかしくないのですが。ラッパスイセンやヘリオトロープ、ジギタリスの花々を横目に、歩き回ります。
「へえ、なんか綺麗な花ばっかだな。使用人が育ててんのかな」
「……半年前に嫁いできた、後妻の夫人が育てているらしいですわ。先ほど、屋敷の皆さまに尋ねてみましたの」
「はあ、いいトコの女って花を育てるもんなのかね。やっぱ、こういうの貰ったら嬉しいのか?」
「さあ、どうでしょうか」
なんだか、わたくしはそんな気分になれなくて返答を濁しました。なぜかしら、ずっとこの花壇に違和感がある。
結局、いくら見て回っても、人の足跡ばかりが見つかります。
「仕方がありませんわ。こうなったら、直接、会いに行ってみましょうか」
「へ? 誰に?」
村の外れに古い塚がある、そんな情報をネロは入手していました。これが有力な手がかりだと判断したのです。
続く獣道を、わたくしたちは歩きました。道中の怪物や野生動物は、ネロが追い払います。夕暮れが近づき、周囲は徐々に薄暗くなってきました。
「こんなところに手がかりがあるって言うのかよ」
ネロは、周囲を警戒しながらぼやきました。木々の間から、時折、不気味な風の音が聞こえてきます。
「さあ、どうでしょうね。ですが、ターグさんの話では、この村にはバンシーが現れるという古い言い伝えがあるそうですから」
「ああ? それがどういう……」
しばらく歩くと、開けた場所に小さな丘が見えてきました。
あれが例の古い塚でしょう。草が生い茂り、所々に苔むした石が転がっています。夕焼け空の下、そのシルエットはどこか寂しげです。
慎重に近づくと、足元には枯葉や落ち枝が積もり、歩くたびにカサカサ音がします。
頂上には、風化した石碑が建てられていました。文字はほとんど読めませんが、古くからこの地で眠る人々のためのものなのでしょう。
「やはり、ですか」
「なにがだよ」
「この地のバンシーは、おそらく動いていないのですわ。――ここで静かに眠っていますもの」
バンシーの語源は、塚や丘を意味する『バン』に由来する妖精……という説がございます。
必ずしも、すべてのケースに当てはまるわけではないですが、少なくともこの地に伝わる存在は、ここを住処にしている。
「感じますわ。この塚から強い悲しみのオーラが……その持ち主は深く沈んでいる。もし、このバンシーが騒ぎを起こしているのなら、もっと力強い残り香があるはずです」
「なるほど。じゃ、別件ってわけだ。退治とかすんの?」
「まさか。そもそも『告げる存在』は悪ではありませんのよ」
わたくしは首を振ると、そっと石碑に触れました。冷たく、長い年月を経た感触が指先に伝わってきます。きっと、ずっと悲しみの中にいるのでしょうね。
「このバンシーに、敬意を払いましょう。この地で安らかに眠っている存在を、むやみに騒がせるのは、わたくしの本意ではありませんから」
「退治すりゃ、わかりやすい手柄だと思うけどな」
どうやら、わたくしの夢のために気を遣ってくださったようです。でも、そのために妖精を犠牲にしようなんて思いもしませんでしたわ。
静かな祈りを捧げてから目を開けると、夕焼け空はさらに赤みを増していました。そろそろ屋敷に戻る時間です。
ただ、もしこのバンシーを騒動の道具にしている者がいたとすれば……到底、許せませんわね。




