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第3話 元婚約者なんて気まずいですわ

「なんですの、あなたたち! こんなところで何をしているのですかっ!?」


 わたくしは思わず声を荒げてしまいました。こんなド田舎の屋敷で、この二人に出会うなんて……まさに悪夢ですわ。


 ミアは、とびきり明るい笑顔をわたくしに向けました。


「あれれ~? エリーちゃんこそどうしたの? あっ、もしかしてここが故郷とか」

「それはまったく違いますわ」


 そう言えば、この子はわたくしのことを一介の冒険者と思い込んだままでしたわね。素性がバレない方が好都合なのですが、なぜか腹が立ちますわね。

 でも、相変わらず、この娘の目を覗くとなぜか悪寒が止まらない。手が震えるほどですわ。

 

 一方、元婚約者のフィン様が、微笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらに近づいてきました。


「久しぶりだね、エリー。元気そうで何よりだよ。まさか、こんな場所で再会するとは僕も驚いたな」


 彼の物腰は相変わらず優雅で、わたくしの胸は僅かにざわつきました。こうして顔を合わせるのは、婚約を破棄されて以来、数える程度のことです。

 どのような顔をすればよいのか、いまだに分かりませんわ。


「おい、そこのボンボン。エリーに馴れ馴れしくするんじゃねえぞ」


 スッと、ネロがわたくしを隠すように立ちました。(たくま)しい背中が視界を覆います。


「相変わらず失礼な男だな、君は。……駄犬の分際で、僕の前に立つなんてね。久しぶりの再会に浸りたいところなのだが、その程度の配慮も出来ないのかな」

「黙ってろ、ストーカー。喉元、喰い千切るぞ」

「僕はミアの護衛(ガルダ)として同行してるだけだ。君こそ、エリーに馴れ馴れしい」


 フィン様は、ネロに対してはものすごく刺々しいのですよね。いつもなら平民にだって寛大でいらっしゃるのに、なぜなのかしら。

 ネロの態度がよろしくないのは、そうでしょうけれど。さすがに喧嘩にはなってほしくないですわね。


 ぴょこっとネロの陰から、あたまを出しながら話すことにしました。これなら頑張れそうですわ。


「ネロ、いいですから。……わたくしは、依頼を受けてこちらの屋敷に参りましたの。お二人はここでなにを?」


 平静を装って尋ねると、ミアがにこやかに答えます。


「わたしたち、他の事件を解決した帰りなんだけどね。ちょっと騒ぎを聞いたものだから立ち寄ったの」

「騒ぎ……まさか、バンシーのことですか?」

「わあ、エリーちゃんも知ってるんだね。そっか、じゃ受けた依頼ってバンシーのことなんだ」


 信じられません。まさか、鉢合わせしたライバルと同じ事件を追うことになるとは。


「これは、わたくしたちが先に引き受けた事件ですわよ」

「んー、でも。ほら、わたしって妖精姫(プリンセス)候補だから、困ってる人がいたら助けてあげなくっちゃ」


 妖精姫(プリンセス)。それはエリン王国を統治する女王、大妖精モルガナ・エリンダーナの恩恵を受け、その力の代行を担う者。現代で、最も優れた妖精使いとして選ばれし者のことです。

 正式な候補者として選ばれているミアは、修行の一環として、各地の事件解決をしているのでしょう。その捜査権限はわたくしたちよりも強い。


「あれ。と言うことは、これは競争ということになるのかなー?」

「競争? ずいぶんと面白いことを言いますのね、このわたくしに勝とうなんて百万年早いですわっ!」


 わたくしはネロの陰に隠れたまま、この挑戦に受けて立ちます。

 強がっているものの、内心は穏やかではありません。もしミアにまた出し抜かれたなら……きっと、わたくしは今度こそ心が折れてしまいます。

 でも、退けません。真に妖精姫(プリンセス)に相応しいのはわたくしなのですから。


「ふふ、エリーちゃんは負けず嫌いだねー。でも、せっかくだから一緒に調査するのもいいと思うな」

「それこそ結構ですわ。お覚悟はよろしくて?」


 きっぱりと断ると、ミアは少し残念そうにしましたが、すぐにいつもの笑顔に戻りました。


「そっか、仕方ないね。でも、もし何か困ったことがあったらいつでも声をかけてね、エリーちゃん」


 フィン様は、そんなわたくしたちのやり取りを、優し気に見守っていました。


「それではお互いに頑張ろうね、エリー。僕はこの騒ぎが、早く解決することを願っているよ」


 掛けられた声には、純粋に心配する気持ちが込められていました。それだけに、わたくしの心は複雑な思いでいっぱいになります。


「……ええ、わたくしもそう願っていますわ」


 絞り出すように、答えるのが精一杯でした。


 ミアとフィン様は軽く会釈をして、わたくしたちと反対方向へと歩き出しました。その後ろ姿を見送りながら、つい深いため息をついてしまいましたわ。

 ……実家に戻るようには、おっしゃらなかったですわね。フィン様。


「おまえ、いつまでオレの陰に隠れてんだ?」

「あっ……」


 わたくしとしたことが、すっかりネロの背中に隠れたままになっていましたわっ!?


「べ、別に隠れていたわけじゃありませんわ! ちょっと日差しが眩しかっただけです!」


 慌てて弁解しましたが、顔が赤くなっているのは自分でもわかります。ネロは口元を緩め「なんだ、こいつかわいい」と口走ると、軽く肩をすくめました。

 あなた、思考が口からだだ漏れしておりますけど! ご自覚はないのでしょうけどね!


 気を取り直し、負けてはいられぬと気合を入れました。

 ターグ氏の先導で案内されたのは、使用人の小さな部屋。


「ここがキーラの部屋です。昨夜もバンシーを目撃したと、またふさぎ込んでしまいまして」

「あら。気の毒ではありますが、重要な証言が得られそうですわね」


 ターグ氏は、先ほどよりも控えめなノックを3回。トントン、トン。


「キーラ、お客様がお見えになりましたよ」


 すると、か細い声で「はい……」という返事が聞こえました。そっと扉を開けると、室内は薄暗くベッドに若い女性がうずくまっているのが見えます。


「この方々は、ご主人様の依頼でバンシーを調べに来られたエリー様とネロ様です」


 ターグ氏が声を掛けると、キーラと呼ばれた若いメイドは、びくりと肩を震わせ、不安そうにこちらを見上げました。まだ十代後半、わたくしと同い年くらいに見えますわね。


「わたくし、妖精使い……こういった事件の専門家のエリーと申します。どうぞ、楽にしてくださいね」


 また穏やかに話しかけたつもりでしたが、キーラの表情にさらに緊張が走りました。


「あの、私、本当に見たんです。昨日の夜、裏庭で……」


 キーラの声は震えていました。相手を安心させるのは難しいものですわね。


「落ち着いて、ゆっくりとお話してくださいまし。どのような状況で、何をご覧になったのでしょうか?」


 わたくしが改めて促すと、キーラは深呼吸をしてから、おずおずと語り始めました。


「昨晩、ご主人様がお休みになられてから、少し喉が渇いて……台所へ水を飲みに行きました。その帰り、廊下の窓から裏庭を見ると――月明かりに黒い影が見えたんです」

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