奇縁
私はJ。三十代半ばの、大学の基礎医学研究室に籍を置く研究者だ。日夜実験と論文作成に追われる生活だが、気分転換も兼ねて学会出張するのを楽しみにしている。そんな私が、先日参加した地方都市でのややマイナーな合同学会で、忘れられない話を聞くことになった。というより、それは話というよりも、ある老研究者の生涯に渡る問いかけのようなものだった。
学会の二日目、私は懇親会の喧騒を避け、ホテルのラウンジで一人、古い医学雑誌に目を通していた。すると、不意に「隣、よろしいですかな」と穏やかな声がかかった。見上げると、白髪の、しかし矍鑠とした印象の老紳士が立っていた。名札には「E」とあり、今回の学会で特別講演をされた高名な遺伝学の先生だった。引退を間近に控えていると聞いていた。
「J先生、でしたかな。先日のあなたの発表、興味深く拝聴しましたよ。」
E先生はそう言うと、柔らかく微笑んだ。基礎研究という共通項もあってか、私たちはその後、途切れ途切れではあるが、小一時間ほど言葉を交わした。先生はご自身の長い研究生活を振り返り、ぽつりとこう漏らされたのだ。
「科学というのは、万能ではありませんな。説明のつかないこと、我々の理解を超えた繋がりというものが、この世には、どうやら確かに存在するらしい──と。」
その言葉には、単なる諦観とは異なる、何か深い確信のようなものが感じられた。私が黙って次の言葉を待っていると、先生は少し遠くを見るような目をして、静かに語り始めた。それは、先生が若い頃から追い続けていた、ある奇縁にまつわる話だった。
「私がまだ駆け出しの研究者だった頃、特定の地域に散見される、非常に稀な遺伝形質の研究に携わっておりました。その過程で、ある山間の集落に暮らす二つの旧家――仮にA家、B家としましょうか――の家系図を詳細に調べる機会を得たのです。」
先生によれば、A家とB家は、少なくとも記録に残る限りでは直接的な姻戚関係はなく、それぞれ独立した家系として数百年の歴史を刻んできた。しかし、その集落には古くから、奇妙な言い伝えがあったのだという。
「曰く、『百年に一度、A家とB家の子が魂で結ばれる。されど、その縁は常ならず、悲喜こもごもの果てに、また離れる運命にある』と。まるで古い恋物語の一節のようでしょう?」
先生は当初、それを単なる地方の伝承、あるいは美しい偶然の詩的表現程度にしか考えていなかったそうだ。しかし、家系図を遡り、戸籍や寺の過去帳、さらには古老たちからの聞き取りを進めるうちに、その「言い伝え」が無視できないほどの具体性をもって、歴史の節目節目に現れていることに気づいたという。
「例えば、江戸中期。A家の若主とB家の娘が、激しい恋に落ちた記録があります。当時、両家は些細な土地争いから不仲の時期にあったにも関わらず、二人は夜ごと村はずれの古い社の森で逢瀬を重ね、互いの存在だけが世界のすべてであるかのように語り合ったといいます。短いながらも、確かにそこには、他の何にも代えがたい幸福があったのでしょう。しかし、その恋は成就せず、娘は病で早世し、若主もまた後を追うように亡くなったと記されていました。」
またある時は、明治の終わり頃。A家から出た学者と、B家から出た芸術家が、身分や職業の違いを超えて無二の親友となった。二人は互いの才能を認め合い、共に新しい時代を切り開こうと夢を語り合う日々は、彼らにとって紛れもなく生涯で最も充実した時間だったと伝えられています。しかし、その幸福もまた長くは続きませんでした。ある日、二人で山に入ったきり消息を絶ち、数日後に谷底で遺体となって発見された。事故か、あるいは何か別の要因があったのか、真相は今もって不明だという。
「こうした例が、数世代に一度、まるで何かに導かれるように繰り返されているのです。結婚という形を取ることもあれば、友情、あるいは時には敵対関係として現れることもありました。しかし、いずれのケースも、当事者たちは異常なまでに強く互いを意識し、その関係は周囲の人々にも強烈な印象を残し、そして多くの場合、悲劇的な結末を迎えている。」
E先生の声には、長年その謎と向き合ってきた者だけが持つ、一種の疲労と畏敬の念が滲んでいた。
先生は、科学的な解明を試みた時期もあったという。例の稀な遺伝形質が、これらの関係性に何か影響を与えているのではないか。あるいは、その集落の特殊な地理的・環境的要因が、人々の心理や行動に作用しているのではないか。様々な仮説を立て、データを集め、分析を繰り返した。
「しかし、結果は常に『有意差なし』でした。もちろん、私の力不足もあったでしょう。ですが、何度やっても、それらの出来事は統計学的な偶然の範囲を逸脱しないのです。しいて言えば、両家に特定のミトコンドリアDNAの変異が共通して見られるが、それが行動傾向に影響を与えるとは言えない。」
ただ、一つだけ、先生がどうしても拭いきれなかった奇妙な符合があった。それは、その「奇縁」によって強く結ばれたA家とB家の人々が、多くの場合、集落の外れにある滝の近くで、その運命的な出会いを果たしたり、あるいは人生の大きな転機を迎えていたという事実だった。その滝は、古来より集落の信仰の対象であり、同時に畏怖の念を抱かれる場所でもあったらしい。
「私自身、一度だけその滝を訪れたことがあります。もう、二十年以上も前の話です。」
先生はそこで言葉を切り、窓の外に広がる夜景に目をやった。
「深い杉木立に囲まれた、昼なお暗い場所でした。滝壺から響き渡る水音は、まるで地の底からの呻き声のように聞こえました。そして、滝の傍らにあった古い祠の裏手で、私はこれを見つけたのです。」
そう言って、E先生はジャケットの内ポケットから、古びた小さな桐の箱を取り出した。促されるままに蓋を開けると、中には黒ずんだ銀製の指輪が一つ、鎮座していた。簡素な意匠だが、内側に何か文字が刻まれているのが辛うじて読み取れる。
「A……M……。おそらく、イニシャルでしょう。これは、先ほどお話しした明治期に消息を絶ったA家の学者とB家の芸術家、そのどちらかのものかもしれません。あるいは、もっと古い時代の誰かの……。確証はありません。ただ、これを見つけた時、私はまるで、彼らの悲痛な叫びが時を超えてこの手に触れたかのような、強烈な感覚に襲われたのです。科学者としては、あるまじき感傷ですがね。」
指輪からは、ひんやりとした、それでいてどこか生々しい気が伝わってくるようだった。私は知らず知らずのうちに息を詰めていた。
「結局のところ、私には何も解明できませんでした。」と、E先生は静かに続けた。「A家とB家の間に繰り返されるこの悲劇が、遺伝子の悪戯なのか、土地の記憶が呼び起こすものなのか、それとも全く別の、我々の知り得ない何かの力の作用なのか……。ただ、この現象を追い続けたことで、私は科学の限界と、人間の持つ縁というものの不可思議さを、身をもって知らされた気がします。」
先生の話によれば、A家はその集落を離れ、既に主な血筋は絶えて久しいという。B家もまた、数年前に最後の当主が亡くなり、家屋敷も人手に渡ったそうだ。
「あるいは、これでようやく、あの土地に纏わる奇縁も終わりを告げるのかもしれませんな。そうであれば良いと、私は願っています。」
そう語る先生の横顔には、安堵と寂寥が複雑に混じり合っているように見えた。
学会が終わり、私は日常の研究生活に戻った。E先生の語った話は、まるで夢の中の出来事のように現実感を失いつつあったが、それでも時折、ふとした瞬間に思い出されることがあった。遺伝子、環境、確率、統計……私が日々向き合っているそれらの概念では到底捉えきれない、人と人、あるいは人と土地との間に存在する、目に見えない深遠な繋がり。
私たちの研究室では、遺伝性の難病のメカニズム解明にも取り組んでいる。日々、膨大な遺伝情報を解析し、その中に潜む僅かな異常を探し出す作業は、時に果てしない迷宮を彷徨っているような感覚に陥る。そんな時、私はE先生の言葉を思い出すのだ。
「科学は万能ではない」
それは、研究者にとってある種の絶望を伴う言葉かもしれない。しかし、同時に、未知なるものへの畏敬の念と、探求への新たな動機を与えてくれる言葉でもあるように、今の私には感じられる。
E先生が見つけたというあの古い指輪。そこに刻まれたイニシャルが、どのような物語を秘めているのか、今となっては知る由もない。だが、その小さな輪が象徴する奇縁は、私の心の片隅に、静かに、しかし確かな重みをもって残り続けている。人間の運命とは、我々が思っている以上に、不可思議な糸によって操られているのかもしれない。そんなことを、最近よく考えるようになった。
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