小豆の垣根
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おみやげ。
買ってきてもらえる側からすると、思いがけないこともありうれしいもののひとつだな。
もともとは神様への捧げものとして、狩猟時代より続いていた良い獲物や収穫をおさめるという風習。それを入れる容器が「みやけ」と呼ばれるもので、それからみやげに転じたという説もある。
土産の字があてられたのも、みやげとなるものはその土地産まれのものがほとんど、という意味があるのかもしれないな。
よその土地から、この土地へ持って帰ってくる。
運び手の役割も果たしている行動を、喜ばしいものと受け取りたいのは、マイナスの面へ目を向けるのはしんどい……という要素もあるんじゃないかと、個人的には思っている。
同じ腐ることに対しても、自分たちにプラスなら発酵、マイナスなら腐敗というように正負の別をつけたい気持ちはある。もし、およそからマイナス面をおみやげとして持ち帰ってしまったなら……残念ながら、その手の怪談はいくつも語られているな。
俺も最近、先輩からおみやげをめぐる話をひとつ聞いたことがあってね。そのときのこと、聞いてみないか?
先輩も遠くへ旅行してきた友達に、おみやげをもらったのだそうだ。
特定されるとまずいからボカすが、まんじゅうのたぐいとでも言っておこうか。
先輩はまんじゅうといったら、粒あん派な人間で豆の形がたっぷり残っているものを好む。つぶしあんレベルですでに顔をしかめ、こしあんときたら親のカタキかなにかと思うほど見向きもしない。
そのおみやげまんじゅうも、友達が帰った後でさっそくひとつ開けて中身を割ってみる。
――ほう、よくわかっているじゃあないか。
ひと目で豆粒の形がありありとわかる、見事なあんだったそうだ。
いや、むしろあんというより「豆詰め」とでも表現したほうがいいか。豆の垣根とでもいうべき、堂々たる小豆あん。それでいて豆オンリーというわけじゃなく、垣根の接着部分としていい塩梅にあんがしみこんでいる。
先輩が理想としながら、いまだ出会えずにいた粒あんのあり方に、史上もっとも近づいた形態に思えたのだとか。
軽く一口。舌の上、口の内側を無数に、別々に刺激しながらつぶされていく食感に、先輩の満足度はますますうなぎのぼりに。
20個近く入っていたまんじゅうのうち、12個をその日のうちに平らげてしまうほどの気に入りようだったとか。
本当はもっと食べたかったが、カロリーが思いのほか高かったのか。つい、横になってうとうとしてしまうお腹の膨れようだったらしい。
血糖値スパイクなど、健康面で見たらあまり喜ばしくないものであれ、精神的な心地よさに勝るものはなかなかない。
誘われるがまま、先輩は部屋の畳の上へ、大の字になって寝入ってしまったんだそうだ。
そこで不思議な夢を見る。
自分がどこともしれない、川べりに腰を下ろしている夢だ。
幅10メートルほどの川のほとりは、大小の石たちが顔をのぞかせる河原であり、夢の中の自分はそこへあぐらをかいている。
身にまとっているのも、自分が持っていない無地のあわせ。丈も短く、あぐらをかいた自分のひざあたりから先は丸見えになっていた。
自分の前には、というと長机のサイズを模した大きな石があり、すでに数センチほどの高さに積まれた小豆の垣根。そのわきに調味料を入れられるような小皿があり、中には小麦色をした液体が広がっている。
夢の中の自分が動いた。
垣根を挟み、小皿とは反対側に置かれている目の細かいざる。その中に入っているのは山ほどのあずきであり、それを一粒ずつとっては、小皿の液体に浸したうえで、垣根のてっぺんに重ねていく。
――まるで賽の河原みたいだな。
夢の中で自由はきかずとも、意識ははっきりしていた先輩。先ほどみた小豆の垣根に、早死にした子供たちが積むとされる科のイメージが重なったのだろうか。
機械的な流れで、どんどんと小豆を積んでいく夢の中の先輩。ただ重ねるばかりでなく、つける液体の接着力が素晴らしいのだろう。不揃いな形同士の積み重ねにもかかわらず、一度置いた小豆たちはぐらつく様子も見せず、後輩たちを寄せ合った身に乗せていく。
そうして、当初の高さの数倍ほどの垣根が形成されるころ。
繰り返される動きの中で、先輩はふと気が付いたんだ。作業する自分の両手の指、その爪がどんどん短くなってきていることにね。
白い爪先の部分どころか、桃色の爪甲の部分に至るまで、豆を重ねるたびに少しずつ少しずつ削られ、中へ混じっていっているんだ。
夢の中のせいか痛みはない。そのうえ、あまりに緩やかな変化だったから気付くのがだいぶ遅れてしまった。
――これ、早いところやめないといけないんじゃ……!
先輩はどうにか夢から目覚めようとするも、それはかなわず。結局、うずたかく小豆の垣根が積まれるのと引き換えに、爪がすっかりなくなってしまうまで、手が止まることはなかったのだとか。
はっと目覚めたとき、昼間だったはずの時間はすでに夕方近くになっている。
お腹はいまだ張っていて、あの夢のことを思い出すや、ぐっと喉奥へ詰まってくる感触。ティッシュを口にやると、その上にはピンク色をたたえた爪がぽろりと転げ出たのだそうだ。
もう、おみやげの余韻に浸る気にはなれずに、先輩はどんどん爪を吐き出していき夢で見たとおりに10枚ぶんが並ぶことになる。
例のまんじゅうの残りも口にせず、処分してしまったそうだ。友達やそれの製造先などには、このことを連絡せずにいるらしい。やぶへびはごめんだから、と。