第75話 それぞれの戦い方
―――ざわっ
「なあ、宵」
「どうした、晨?」
ここは中つ国。そのとある山の中で、両面宿禰と呼ばれた双子は鍛錬に励んでいた。
互いを相手に力を蓄え、時折里に下りては人助けをする。更に、しばしば堕鬼人に襲われた村に手助けに行く。そんな暮らしをしばらく続けていた。
今朝は昨日の疲れが残り、昼近くまで寝てしまった。先程起き出し、目覚めの鍛錬を始めたところだ。
宵に尋ねられ、晨はぐるりと首を巡らせた。
「何か、森が騒がしくないか?」
「そういや、朝方から風が強いわけでもないのにざわざわ木が揺れてるな」
気忙しい。しかし何故木々が葉を揺らすのか、その原因までは思い当たらない。実は二人が気付いていないだけで、上空では風が吹き荒れているのかもしれない。
「それに、最近堕鬼人の数が多い」
「それはおれも思ってた」
二人は顔を見合わせた。
十日あれば、その内八日間は堕鬼人を追っている。阿曽たちと別れた直後などは、その半分ほどの回数だった。不自然なほど、出逢う回数が増えているのだ。
宵は腕を組んで少し考え、ふとあることに思い当たった。それは晨も同じだったらしく、じっと宵の目を見つめている。
「そろそろ、本気で取り掛かっておいた方が良いんじゃないか?」
「晨もそう思う、よな」
阿曽たちとの共闘が近付いている。何となく、そんな気がした。
双子は近くの木の根元に向かう。そこには、二人の大切なものが置かれていた。
晨は神度剣を佩き、宵は天之麻迦古弓と天波波矢を背に負う。
「行こうか、宵」
「ああ、晨」
本当は、これ以上堕鬼人といえども手にかけたくはない。出来ることなら、天恵の酒が手に入るまで火を潰えさせたくはない。
それでも、助けを求める生者の声を無視することは出来ない。
双子は山を下り、駆け出した。
最初に動いたのは須佐男だった。彼の天叢雲剣が風を斬り、楽々森の頭上を襲う。
「甘いなっ」
しかし楽々森は須佐男の攻撃を剣一本で受け止め、払う。もう一本を須佐男に向かって突き出すが、彼は既に距離を置いていた。
楽々森は一旦体を沈めると、地を蹴り跳躍する。須佐男の頭上を捉えると、まず蹴りを突っ込んできた。
きっとそれを封じてもすぐに両手の剣で斬られる。そう考えた須佐男は、楽々森の足を腕で受ける。予想以上の重さに奥歯を噛み締めると、無理矢理楽々森を押し戻して剣で突く。
真っ直ぐに楽々森の顔面を捉えたものの、楽々森が顔を逸らせることで不発に終わる。そのためにがら空きとなった須佐男の脇に、楽々森の回し蹴りが炸裂する。
「がっ」
「須佐男さんっ!」
「阿曽は隠れてろ!」
須佐男の剣幕に、阿曽は頷くしかない。
一歩後退した阿曽のこめかみを、一本の矢が通り過ぎて行く。
「―――っ」
「残念です。外れましたか」
その矢を放った張本人が、笑いを含んだ声で呟く。留玉だ。
「きみは興味深い。あの光の矢、どうやって放ったのか教えて欲しいですね」
「……あの時の、か」
留玉が言うのは、彼の術中に嵌まった須佐男たちを救い出した光の矢だろう。あの矢は、阿曽の日月剣から発られた。
じりじりと近付いて来る留玉に怯え、阿曽の背には冷汗が流れる。それでも逃げるわけにはいかないと、阿曽はその場に踏み止まった。
「そう言われても、俺にはあれが何かすらわからない」
「きみにはわからなくとも、剣は知っているかもしれません。それを渡して――」
「させない!」
阿曽と留玉の間に飛び込んできたのは、温羅だ。文字通り、上から降って来て二人の間に立つ。
温羅の手の中にある地速月剣が、若草色に光る。阿曽を背にかばい、温羅は切っ先を留玉に向けた。
「お前の相手は、このわたしだ。間違えないで貰おうか」
「……良いでしょう。まずは、守り人たるあなたを倒してあげますよ」
留玉は二人から離れると、背に負った弓矢をつがえた。その数、五本。
思いがけない武器を選択され、温羅は小さく舌を打った。
「術だけが攻撃手段じゃなかったか。阿曽、わたしから離れていて」
「はい」
ニタリ、留玉の口端が吊り上がる。
「あなたが串刺しになるのが先か、そこの子どもが死ぬのが先か。楽しみですね」
「残念だが、おまえが倒れるのが先だよ」
「――小賢しい!」
留玉が放った矢は三本。それら全てが温羅に向かい、温羅はそれら全てを斬り捨てる。更に矢をつがえる暇を与えないため、温羅は一気に間を詰めた。
――キンッ
交わったのは、刃だ。温羅の剣を、留玉の槍が受け止める。
長さのある槍を振り回し、留玉は温羅を簡単には近付けさせない。
「あんたと会うのは二度目か?」
温羅たちを横目に、大蛇は目の前の男に問う。細身の剣を佩いた犬飼は、ただ「そうかな」と返した。
「我ら三将は記憶を共有出来る。視界を共有し、それぞれの最適解を探すことも可能だ。だから、これが二戦目だと侮らない方が良い」
「悪いけど、ぼくのことも軽く見ないで欲しいな」
大蛇の手には天羽羽斬剣が煌めく。武骨なそれの元の持ち主は須佐男だが、長い時間を経た今では、大蛇の手に馴染む。
「そのようだな」
わずかな大蛇の水の気配を、犬飼が感じ取ったかはわからない。しかし明らかに戦意を上昇させ、彼は細い刃を持つ剣を構えた。
二つの刃が交差する。
交わり、撃ち合い、火花が散る。
一旦距離を取り、大蛇は再び地を蹴った。真っ直ぐに犬飼の喉笛を狙った剣撃を放つが、それは跳ね返される。
「くっ」
自らの撃を粉砕し、大蛇は左足を後ろに下げて腰を低くした。あの跳ね返しは、以前戦った時にも成されたものだ。
犬飼は前に広げた手のひらを下ろし、鼻で笑う。
「――ふん。そんなものでは、我らを倒すことなど出来んぞ」
「言ってろ」
大蛇は剣に水をまとわせ、再び剣撃を放った。




