第15話 強くなりたい
阿曽の申し出に、三人は目を丸くした。そして顔を見合わせると、いの一番に須佐男が阿曽の頭を乱暴に撫でた。
「うわっ、何するんですか!?」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。な、温羅、大蛇」
「うん。じゃあまずは、基礎からかな?」
「やるなら早い方が良いだろう。ぼくが最初に見よう」
そう言って買って出た大蛇は、荷の中から一本の木刀を取り出した。それを阿曽の手元に放り投げる。落とさないようにと慌てた阿曽がパシッと音をたてて木刀を握り締めると、思いの外、その重さが腕に伝わった。
「朝飯を終えたら、早速始めよう」
「―――はい。お願いします」
目を輝かせ、阿曽は首肯した。
カンカンカンッ―――バキッ
「くっそ!」
「ほら、まだまだ行くぞ!」
木刀を片手で振り回しながら、大蛇が笑う。その縦横無尽な太刀筋は、阿曽を混乱させるには十分だった。
「次、右っ」
「はいっ」
阿曽が振った木刀は空を切り、その上から大蛇に押さえつけられた。
それ程体格に差はないが、技量の差が激しい。そして、何より経験値が違う。当たり前のそれらの事実が、阿曽の心を折ろうとする。
だからといって、簡単に膝をつくわけにはいかない。
(偶然助けてもらった俺が、足を引っ張るだけでいいはずがない)
阿曽は木刀を握る両手を一瞬緩め、大蛇が体勢を崩した瞬間に再び握り締めて木刀を引く。大蛇の木刀から逃げ出すことに成功した。
「やるじゃないか」
「まだ、まだですよっ」
「甘いっ」
阿曽の攻撃を防ぎ、打ち返す大蛇。対して阿曽も一度や二度防がれたくらいでは諦めない。何度だって向かって行く。
二人の鍛錬を楽しげに眺めながら、須佐男と温羅は談笑していた。
「大蛇、楽しそうだな」
「ああ、弟子が出来たようで嬉しいんだろうね。……それはわたしも同じだし、須佐男もわくわくしてるんじゃないかい?」
「ばれたか」
にやり、と須佐男は面白そうに笑う。その手は腰に佩いた剣に伸びている。
「大蛇の剣は、力を補う技の剣だ。対して、須佐男は力業だな」
「まあな。……あいつの尾を斬ったのが懐かしいぜ」
須佐男の目は、大蛇に向けられている。その瞳には、何が映っているのだろうか。
大蛇の太刀筋が鋭さを増す。けれど、阿曽も必死に食らいつく。隙間から懐に入り込む大蛇の木刀をいなし、躱し、押し返す。
「―――うん、筋は良いね」
大蛇は木刀を引き、にこりと笑った。阿曽は激しく乱れた息を整えようとして、反対に咳き込む。
「大丈夫か、阿曽」
「ごほっ。だ、だいじょうぶです……」
「食後から力入れ過ぎだ。気持ちはわかるがな」
自分の剣の柄に右手を添え、須佐男は左手で足を投げ出すようにして地面に座る阿曽の手首を掴んで立たせた。
「次はオレだ。温羅も言ってたが、技より力で戦うからな。覚悟しとけよ」
「――お願いします」
まだ荒い息を吐き、阿曽は須佐男に頭を下げた。
ある程度の距離を取り、二人は向かい合う。
力業に耐えるため、阿曽は腰を低く構えた。しかし――
「ここだっ」
思いきり振り抜いた木刀が、阿曽の木刀を割る。それに驚く間もなく、阿曽は後方に吹っ飛ばされた。背中が木の幹に叩きつけられる直前に、温羅が阿曽を受け止めた。
「須佐男、これは鍛錬だろう? 本気出しかけてどうするんだ」
「悪い悪い。つい、な」
「……鍛錬は木刀を壊すためにやるんじゃないよ?」
「そりゃそうだな」
あっはっはと笑う須佐男と呆れる温羅と大蛇。彼らの姿を見つめながら、阿曽は自分が目指すものの大きさを実感し、戦慄を覚えていた。ぺたんと座り込み、独白する。
「……俺は、追いつけますか?」
「愚問だな」
須佐男が阿曽の呟きを聞きつけ、楽しげに彼の頭を乱暴に撫でた。
「――うわっ」
「追いつくんじゃない。いつか、追い抜けよ」
「ま、簡単には追い抜かせないけどね」
「わたしたちも、立ち止まってはいられないから。追い抜かれても、また追い越す」
わしゃわしゃと三人に撫でられ、阿曽の髪はぐしゃぐしゃになった。それを手櫛で整え、笑みを浮かべる。
「―――いつか、その期待に応えてみせますよ」
「その意気だな」
それから、食後は鍛錬の時間と決まった。
先程朝食を食べたはずなのに、もう日が真上に昇っていることも多々起きた。夜は焚火の明かりに照らされながら、薄暗い中でも戦う術を教え込まれた。
森の中では木々を利用して敵を撹乱する術を、岩場では不安定な場所での戦い方を。そして川縁では、水に足を取られないように戦うやり方を見せられ、実践した。
大蛇の戦い方は、己の力不足を補う技を多用する。相手の力を利用し、己の技とする術に長けている。
須佐男はいわば力押しだ。それ相当の力を持つが故、為せる術である。
二人よりも更に器用な戦い方をするのが、温羅だ。力は須佐男に劣るものの、それを補う知恵がある。
三人三様の戦い方は、阿曽に混乱と共に応用力を身につけさせ始めていた。その鍛錬の成果が試されるのは、もう少し先のこととなる。
今はまだ、阿曽は守られることの方が多い。だから、強くなりたいと願うのだ。
そんな旅を進めて数日後。四人の姿は、当初の目的地であった饒速日の住むという武海の地が目と鼻の先になるところまでやって来ていた。




