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09:何を救うべきか


「え?」


「グルっ!?」


 刃毀れした刀を握って金鬼に斬りかかった犬養部と。その犬養部を迎撃しようとした金鬼と。その双方が絶句した。犬養部の刀と、金鬼の拳。その双方が交錯する一点にいきなり現れた百八愛三が、双方の攻撃を止めていた。


「何してんだ……本当に」


 何かしらの金縛り……なのか。不動縛呪と呼ばれる類の呪いがあることは知っている。呪詛で相手を縛って、行動不能にする呪術。だが百八愛三の呪詛系統は反転だったはず。それでどうやって犬養部の刀と金鬼の拳を止めているのか。


「金鬼……か」


 まだ七歳児の幼い右手で、金鬼の拳を受け止め、不動縛呪を掛けている愛三。その動かない自分の左腕を不快に思った金鬼が、右腕を振り上げて圧し潰すように拳を振るう。その図体は五メートルに迫る。金鬼にとって人とは矮小なモノで、振るう拳さえも上から押し潰すものでしかない。


「……百八!」


 久方ぶりに悲鳴を上げた気がする。そんな犬養部の悲痛を、だが形式上愛三は無視した。愛三の左手は犬養部の刀を握っており、こちらも微動だにしない。金鬼の拳が振るわれる。それが頭上からスレッジハンマーでも振り下ろすように愛三を襲い。


「ぐ!?」


 だがやはり愛三に触れた瞬間に止まった。ゆらりと揺れる呪詛。視認できないそれが何故か金鬼に悪寒を覚えさせる。


「さて」


 そこで漸く周囲を視認して、愛三は状況を呼んだ。


犬養部いぬかいべの暴走。猿飼部さるかいべの死亡。鳥取部とっとりべの消耗。ふむ……」


 ふと、犬養部の握った刀が、不動縛呪から解放された。どっと脱力した犬養部は、そこで漸く精神的疲労を思いだしてへたり込む。なんだろうか。率直な意見を言えば、いま目にしている愛三がこの場で誰より恐ろしい。


「金鬼。ということは藤原の家が……? だが千方の術式を誰が持っている?」


「……百八」


「頑張ったな。犬養部」


 ニッと笑って、愛三は犬養部の頭をクシャクシャと撫でる。青い髪がそれで乱れて、犬養部は残念になった。


「ご主人様……」


「見てはいないが、鳥取部もよくやった。おかげで俺が間に合った」


「光栄に存じます……」


 そうして、鳥取部は意識を手放した。ドサッとその場に倒れる。


「……ツバサ」


「呪詛の使い過ぎだ。人の意識の根幹を使いすぎると、そうやって自意識を維持するのが難しくなる」


 その呪詛総度も鍛錬によって底上げは出来るが。あまり鳥取部の量度は高くないらしい。


「ふむ」


 その愛三が両手を止められている金鬼の腹を蹴る。勁の練られた蹴撃。ゴゥンッッ! と鈍い音がして、そのまま金鬼が吹っ飛ばされる。


「いってぇなぁ……」


 それは数十キロもある金属を蹴ったようなものだ。普通に蹴ったら愛三の足が折れていてもおかしくはない。その蹴りで金鬼を吹っ飛ばせるだけでも、愛三の肉体の練度が推し量れる。


「コラ」


 で、とりあえず吹っ飛んだ金鬼はどうでもよく。


「無茶すんな。犬養部の先天呪詛は防御だろう」


「……でも……拙だけ助かっても……意味ない」


「だからそういう時のための手段を手に入れろ。竦んだ足で刀を取るな。お前が死んだら俺が悲しいだろうが」


「……悲しんで……くれるの?」


「当たり前だ」


 愛三にとっては当たり前。犬養部が死んだら悲しい。けれどもそれは犬養部には意外だったようで。


「……でも……拙は……生き汚い」


 ボロボロと涙をこぼす。彼女の自己嫌悪が何に起因するのかを愛三は知っている。言うほど自分が嫌いなのだろう。だというのに、それを自分で救う術を彼女は知らないのだ。


「あー」


 何を言っても意味がない。自分だけを守れる殺害殺し(マーダーマーダー)では犬養部は自分が救いたい誰をも守れない。その自己嫌悪の果てに、今の状況がある。では愛三はどうすべきか。


「グルアアアア!」


 吹っ飛ばされた金鬼が懲りずに襲い来る。かの暴力は人を殺し、周囲に不幸をばらまくだろう。そんなことをさせるわけにもいかない。その上で……だ。


 犬養部の自己嫌悪を払拭し、


 猿飼部を蘇生させ、


 鳥取部を救出する、


 そんな一手が求められる。


「はあ」


 死亡した猿飼部との距離は十メートルほど。金鬼との距離はもうちょっとあるが、それは向こうが近づいてきているので問題はない。いや、問題はある。そもそも切り札である梵我反転を彼は使いたくない。だが金鬼に対応しながら猿飼部を蘇生するとなると、他にやり方が思いつかない。


「仕方ない。腹ぁくくるか」


 そうして愛三が左手で剣の印を結ぶ。


「……?」


 違和感を覚える犬養部。何か……名状できない何かが広がったような感覚があった。その根幹を彼女は理解できていない。だが、事実、その術はこの世に肯定されている。











「梵我反転」








 その理屈を知っているのは、今この場では愛三だけだった。彼の胎蔵領域が外界に広がった。故に、今この空間は彼の体内も同様だと、そう知っているのは。


「グ……う……?」


 その反転領域に存在する金鬼すらも、現状を理解できていない。


 先ほどの不動縛呪が、今度は全身を浸している。動こうにも動けない。その金縛りが金鬼を縛っていた。


「まぁこっちは後に回すとして……」


 既に梵我反転を展開している以上、愛三に負けは無い。であればまず救うべきは猿飼部。理論そのものは鳥取部に施したものと同じだ。時間を逆流させる。そうすれば時間そのものが過去に回帰して猿飼部は生き返る。


 ドクン。


 その心臓の鼓動を確かに犬養部は耳にした。


「……え?」


 猿飼部が生き返った。そのことに魔法のようなファンタジーを覚える。人が死んで生き返るなどあり得ざる話だ。少なくとも犬養部には不可能だと断じ切れる。だというのに、それを、死者の蘇生を、愛三はやってのけた。


「犬養部さん。猿飼部さんをよろしく頼む。俺は金鬼に集中する」


「……なんで」


「力の及ぶ限り、お前の救いたいものを救ってやる。そう言ったろ?」


 やっぱりそれ以上は何も言わず、愛三は金鬼に相対する。


「ぎ……ぐ……ッ!」


 反転領域内で、身体を動かそうとする金鬼。だが、その願いは叶わない。既にこの領域は愛三のものだ。今こうして梵我反転を展開しているだけでも愛三にはデメリットが山積している。ぶっちゃけたことをいうと痛いのだ。


「百八は……何を……」


 犬養部がそう尋ねる。説明してもいいのだが、何よりまず彼は展開している梵我反転をどうにかしたいと思っていた。


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