06:若返りの秘訣
「ヒュッ!」
呼気一つ。猿飼部から鋭く伸びる一撃を愛三の木刀は受け止めていた。そのままこっちから仕掛けを見せないと、それを見て取った猿飼部が立て続けに木刀を振るう。
カカカカンッ!
都合四度、その木刀は弾かれ、愛三へと木刀が届かない。
「遠いですね……」
そうして木刀を中段に構えて、相手との間合いを読んでいる猿飼部に、愛三は木刀をおろして言った。
「今日はここまで」
「なんでです?」
「飯に連れて行ってくれるんだろ?」
「あ」
そう言えば、と普通に猿飼部は忘れていた。こっちに来てから、野菜と米と味噌くらいしか食べていない。後は野生生物の肉。これでモチベーションが保てるか、と猿飼部は愛三に下山を勧めていた。一応シャナから許可もとっているし、一時的に山を下りるのも問題はないらしい。愛刀ロープライスロープを腰に差して、一般的な流し着を着る。
「では参りましょう~」
犬養部と鳥取部とも合流して。鳥取部ツバサが先頭に立って歩き出す。鞍馬寺から整備された道を降りて、結界を抜ける。犬養部たちは普通にトレンドのファッションを着ていた。流し着とは言え和服を着ている愛三とは方向性がかなり違う。というか愛三が時代についていけていないのだが。
「ところで、鞍馬寺って神秘を扱うんですよね?」
下山の途中。スススッと寄って、鳥取部が愛三に聞く。
「まぁ。ですな」
「若返りとか不老不死とかありませんか」
ないではないのだが。
「若返りたいので?」
犬養部と猿飼部は七歳である愛三とほぼ同年齢。いわゆるロリだ。だが鳥取部だけはどう考えても二十を超えている。まだ焦る時期ではないと思うのだが、本人には若返りたい欲求があるのだろう。
「うーん」
「何その反応。心当たりでもあるんですか?」
「まぁ俺に出来んでもない……程度かな?」
「え……」
「そのー。一瞬で若返るってのは無理だが」
そういうことは鬼一法眼の領域だ。
山を下りて四人はラーメン屋に向かう。ラーメンって何ぞやと愛三は思ったが、食ってみればわかると言われては、他にどうしようもなく。
「ち、ち、ちなみに。それはここで出来るんですか?」
「だから一瞬で若返るのは無理だって。俺のには時間がかかる」
「せめてプレゼンを!」
「ぷれぜん?」
つまり説明のことだ。
「俺の反転の呪いで肉体の加齢を減齢に反転させれば若返らせることはできるってだけ。ただそれだと一日で一日分しか若返らないし。今、鳥取部は何歳だ?」
「…………二十五」
そんなに言いたくないのか、とちょっとだけツッコむ愛三だった。
「つまり十七歳になるまで八年かかわるわけだ」
「ええ? いや。それって」
無茶苦茶なことを言われているような気がする。だが反転系の呪術ではそれが出来ないとは鳥取部には言えないわけで。
「それって、例えばきらきら星の高等生命体みたいに二十五歳と十七歳を永遠に行ったり来たり……とか?」
「俺がいる限り……という条件を満たせば不可能ではない……な」
「お願いします! 若返りの呪いを私に!」
「とりあえずラーメンだな。話はその後でいいだろ」
そして即オチ二コマ。
「なんという……。この世にあんな美味しいものがあろうとは……」
ラーメンを初めて食べた愛三は、その衝撃に打ちのめされていた。スープの美味しさももちろんながら、麺と呼ばれるあの食べ物。全てが混然一体となし、あのラーメンなる食べ物を完成させてた。
「師匠~?」
鞍馬山に帰った後。愛三がシャナにジト目を向ける。あんな美味しいものを今まで隠していたのかと。
「いや。気軽に下山されても困るしな。自衛手段が整うまでは自重してほしかったんじゃ」
「今の俺なら大丈夫だと?」
「ギリギリ及第点じゃな」
そういうわけらしい。
「百八様~。若返りを~」
それでさっきから鳥取部の圧が凄い。そんなに若返りたいのか。
「んー。とすると伝死レンジの問題だが」
自分と相手の繋がり。呪術は基本的に相手との距離を縮めることを目的とする。物理的な距離が近ければ呪いやすいが、それとは別に、相手に感情を向けたり、相手の身体の一部を持っていたり、逆に自分の身体の一部を相手に与えることで呪いやすくなる性質を持つ。
これを呪術では『伝死レンジ』と呼ぶ。
「俺の血でも飲むか?」
「それより簡単な方法がありますよ」
ハイハイと鳥取部が挙手。
「忠誠応酬を誓いましょう」
「あー……」
その手があったか、と愛三も納得する。そうして鳥取部は愛三に跪いた。
誓約系の呪詛……忠誠応酬。
相手に全てを差し出す代わりに、相手から望むものを得られる等価交換の呪い。絶対の忠誠を誓わねば効果を発揮しないが、逆に忠誠が事実であった場合、忠誠者に利するメリットは望むだけ得られる。
「ご主人様の言葉は私の命より重く、ご主人様の魂は私の存在より尊く、ご主人様の命令は私の尊厳より貴く。私はご主人様に全てを差し出します。故に守護をお与えください。あらゆる絶対の服従の対価に、私に絶対の安寧をお与えください」
「了解。認証。これよりお前は、俺の犬だ」
そうして跪いた鳥取部に反転の呪術を施す。呪詛の量は八年分。今の愛三であれば不可能ではない量である。呪詛総度は鍛えてあるし、その総度を構成する濃度と量度のどちらも愛三のソレは天井知らずだ。
「これより私は愛三様の愛玩にてございます。如何様にもお使い潰し下さい」
「はい。というわけで。反転の呪いは施したぞ」
「本当ですか?」
「実際どれくらい若返ると実感を持てるのかが俺にはわからんのだが。少なくとも忠誠応酬を誓われた以上、半端なことはしないし出来ないのは分かるだろ?」
「じゃあ……」
「八年分、加齢を減齢に反転するようにセットした。また若返りたくなったら言え。こっちも考慮しよう」
呪いの契約に解釈は許されていない。言葉にしたことはストレートに実行しなければ呪いが機能しなくなるのだ。であるから、鳥取部の愛三への忠誠に別個解釈を用いるなどといういわゆる契約の抜け穴は用意されていない。真実、今ここで、鳥取部は愛三の玩具と成り果てた。