53:カメハメハ
「おー」
鬼ヶ島の中心。鬼王温羅が住まう鬼ヶ城。かつて伝説の吉備津彦が攻め入った城に、愛三は普通に存在していた。そのままベランダと呼ぶべきか迷う鬼ヶ城の一部から、地上である鬼ヶ島を見下ろして、感嘆としている。彼自身の視力は普通にいいので、地上で鬼を虐殺している頼光と鬼子の奮闘には敬意を表する。おそらくだがマオとツバサは領域の外だろう。海の鬼はマオが、城門はツバサが攻略したと見ていい。
「さて、そうすると」
愛三としても座視は出来ないわけで。グッグッと伸長運動をする。
「愛三。もう起きたのかや?」
さっきまで愛三が寝ていた布団。そこに寝ていた温羅が起き上がる。寝ぼけ眼を擦って、夢うつつの意識の中で、べランでに出ている愛三を見やる。
「ああ、迎えも来たし。ここからは俺も本気だ」
「迎え。ああ裏鬼門御三家かや」
「ああ、アイツらが戦っているのに、俺だけ座視するのも違うだろ」
「では少し待て。余は顔を洗ってくる」
「できるだけ早くな」
フラフラと眠気に苛まれながら、温羅は水場へと消えていった。それを愛三の側も否定はしない。愛三にしろ温羅にしろ、求めているのは完全決着。であれば戦化粧をする準備は必要であるし、それを否定するのは無粋というものだ。しばらく待つと、そうして温羅は覚醒して、愛三と向き合った。
「最後に聞く。余と手を結ぶことは出来んのかや?」
「不可能ではないが、反転した意見を言うのなら、お前が人間の法律を守って慎ましやかに生きることは出来んのかって、俺が聞きたいくらいだ」
「不可能だ」
「なら俺も不可能だな」
互いに譲れないも物のために戦う。であれば、そこに理屈はいらない。
「では、残念なく死ね。愛三」
「それは俺に殺されなかった時の話だぞ。温羅」
温羅はニタァと腐臭のする笑みを浮かべる。対する愛三の笑みは修羅のソレだ。似ているようで本質的に違う。だが、それを否定するにはお互いに立場が齟齬を起こす。そうして第一撃は温羅が放った。亜光速で放たれた正拳が、その威力のままに大気を圧し、ソニックブームの津波が愛三を襲う。威力だけなら、ビルが五棟くらいまとめて灰燼に帰する威力。亜光速で放たれた拳。そこから押し出される空気と、摩擦による熱波。ほぼ希望戦士ランダムのビームライフルも同様の威力を、ただのフィジカルで温羅はソレを叶えてしまう。とはいえランダムのビームライフルと違って、あくまで温羅がこれを出来るのは大気圏内に限定してだが。
もちろん。
「効かないんだな」
その超高熱ソニックブームは愛三に当たって、接触距離で反射された。例え温羅が放ったとはいえ、それはフィジカルの延長である物理現象。つまり呪詛としての強度は持っていない。純粋な物理現象であれば愛三の反転は容易に反射する。そして反射された熱波が温羅を襲い、その一撃で鬼ヶ城のてっぺんから外に吹き飛ぶ。
「ふむ……」
その自業自得の一撃を受けて、だが普通に思想するだけの余裕が温羅にはあった。もちろん愛三の方もコレで決着がつくとは思っていない。トトンと宙を蹴って、鬼ヶ城の屋根へと足を勧める。天守閣の天井に顔を出し、嵐の巻き起こる曇天を見上げながら、横に吹っ飛ばされて空中で姿勢を整えている温羅にニィと笑う愛三。
その意味を温羅は次の一手で知ることになる。愛三は天守閣の最高位の屋根から瓦を取って、それを真っ二つに割る。それを更に二つに割る。瓦の四分の一の欠片を手に持って、その右手に握った瓦の欠片を掲げて、腕を温羅にポイントする。
何をするのか。温羅の側には予測も出来ない。だが呪術師特有の予知めいた虫の報せが怖気を走らせる……というとチート染みてはいるが、そもそも鬼王温羅をして悪寒を感じさせるというのはそれだけで破格だ。
「ええと……名称は何にするか?」
瓦の欠片を握った手を温羅に向けて、今更考えてもいなかった呪術の痣名に思惑を凝らす。
「じゃあこれだ。カーマ&ハーム&ウェイブ。ネイティブで発音すればカーメンハーメンウェイブ。通称カメハメハで」
スラリと眼弑を外して邪眼を百パーセント解放する。愛三の邪眼は視界内であれば無条件で呪術を適応できる。それによって目に見えない反転のレールを作る。前方に飛ぶ分には問題ないが上下左右と後方に広がろうとする分子運動にはある一定以上広がらないように調節したインビジブルランチャー。その全容は例えるなら数学の二字曲線。一定方向に対して少しずつ広がりながら、それでも指定した方向に九割五分が従わなければならない砲門。そのX=0、Y=0の起点を右手に握っている瓦の欠片に設定し、そこまでお膳立てしながらやることはカメハメハだった。
「いくぞ温羅」
相手は城から吹っ飛ばされて空中で姿勢を調整している。ついでに鬼ヶ島の都合上嵐と雷と暴風と雨でろくに音は聞こえない。だが愛三の放った言葉は不思議と明朗に聞こえた。
「カメハメハ」
カッ! とまず光が迸った。射線が設定されているので、その光は光速で駆け抜ける。これを躱すのは温羅でも無理だ。そしてその光を躱しきれなかったということで、視界を奪われた温羅は次に起こることを理解できなかった。襲ってきたのは超高熱。九京ジュールの威力のそれが高熱プラズマとなって愛三の邪眼が設定したインビジブルランチャーの射線の中で暴れ、逃げ道が温羅の方向にしかないと悟るや、そっちに向かって殺到した。結果として高熱プラズマが爆発と熱波と衝撃と暴音と放射線を伴って、それこそ希望戦士ランダムのビームライフルでも威力の比較対象にならない超高熱ビームが温羅を襲ったことになる。
「な、なん……」
驚く温羅だが、説明しても意味ないだろう。というか既に核兵器にも匹敵する威力のプラズマカノンを直撃させて、フィジカルだけで耐えている温羅に愛三の方も脱帽だ。生き汚いというより、それはもはや呪いによる強度のブーストの勝利だったろう。とはいえ、さすがに二発三発と撃たれると、流石の温羅でも蒸発する。と思っていたら光が飛んできた。たしか愛三はカメハメハとか言っていたか。その呪術攻撃……カメハメハは連発できるらしい。
ドゴォォンッッ! バシュウゥッッ! ズオォオォッッ!
一発目以外は全力で回避したが、一発食らって生きているだけでも大したものと言える。愛三のカメハメハは射線上にある全てを熱分解する超高熱プラズマビームで、ぶっちゃけ世界観と設定を間違えているのでは、と誰かからツッコミが入りそうな技術である。例えるなら弾丸に核兵器を使って、それをランチャーにセットして、核爆発をランチャーのエネルギー指向性で前方にだけ限定した兵器。それを反転呪術と邪眼で成立させているのが愛三のカメハメハである。
「正気かお前……」
唖然とする温羅には悪いが、あんまり正気ではないかもしれない。
さらなる追撃が無いことを確認して、温羅も天守閣のてっぺんに足を付ける。それこそ例えるなら日本の城のてっぺんに二人の敵対する存在がいて、嵐の空を背景に決着をつける。そんな時代劇めいたシチュエーション。
「お前の呪術って反転だったよな?」
「ああ、だから触れた物質の素粒子のスピンを反転させて反物質を作れる。その反物質と物質を対消滅させて、アインシュタイン方程式の通りにエネルギー化。それを邪眼で設定したインビジブルランチャーにセットして、高熱プラズマを放つ業だ」
それによって撃ちだされたカメハメハは海を割き、曇天を裂き、空間を捻じれさせている。威力が暴威的すぎて、そもそも維持している鬼ヶ島の修復リソースが足りなくなっている。というか、反転呪術で反物質を作って対消滅とか、既に呪術師の領域を超えている。言ってしまえば天守閣そのものに触れて、全部反物質に変えてしまえば、それだけで決着と言われても何もおかしくない。ただそこまで滅茶苦茶できない理由は愛三にも在って。
「まぁ今はマオたちも来ているからそれはしないんだがな」




