52:そして決戦へ
「…………」
半村領域の境目を見分けるのは本来至難の業だ。元々空間的には矛盾していないから、そこに何があっても本来であれば無害に相違ない。ディバイディングドライバーが世界に影響を与えないように、半村領域とは空間の間隙なのだ。その切れ目に一撃を入れる。それが叶うとすれば、それこそロープライスロープ以外にあり得ず。
ズバンッ!
と頼光が何でもない庵宿区の市街地の一角で剣を振るうと、そのロープライスロープは半村領域を固定している外郭を容易く切り裂く。
此処にいるのはマオと頼光……それからツバサと鬼子だ。既に水鬼の段階で六波羅機関が対処すべき呪いを超えている。さらに強い温羅が待っていると言われて、それを討伐しようと意気込む人材はいなかった。まったくいなかったわけじゃないが、ふるいにかける段階で一人残らず駆逐された。結果裏鬼門御三家と日本鬼子だけで鬼ヶ島を攻め入ることになったのだが、そもそも鬼子は何で人の側に立っているのか。あるいはそれは吉備マルコが鬼側に立ったことと関係しているのか。
「海……」
その空間の裂け目から現れたのは広大な海と、その海に浮かぶ一隻のイージス艦。おそらくだが空を飛んでいくのは自殺行為なのだろう。とはいえ、海には海の鬼がいる。正確には鬼ではなく化だが。呪いによって化へと変じた呪い。おそらく元は魚だったのだろう。それらがうようよと海を泳いでいた。どうやってイージス艦と共存しているのかはわからないが。
「どうする?」
さすがにここでリソースを消費するのはいただけない。と分かっていれば、他の議論も無いわけで。
「梵我反転……平和裏郷」
あらゆる戦闘行為を禁止する領域を張って、そのまま海を渡る。水の上を翔ける後天呪詛については全員習得していた。竜のように空を翔けることは難しいが、海程度なら問題にもならない。
「――――」
「――――」
「――――」
「――――」
「――――」
その海から人肉を欲する化生が現れるが、その一切を誰も都合としなかった。あらゆる攻撃を禁止されている平和裏郷の内部では、攻撃というものそのものが成立しない。であれば後は海を渡るだけ。イージス艦も意味をなさない。
「ていうかですね。イージス艦なんてどこから」
頼光が不可思議とばかりに首を傾げる。
「海軍に侵入したのでは? 鬼化をエサにぶら下げて」
ツバサのそんな考察。
「……しかし……鬼になるメリットが」
あえて言うのなら不死とか強くなるとかそこら辺か。実際にネット動画では不老不死を売りに温羅が六波羅機関への攻撃をもくろんでいた。というか普通に愛三のパーソナルデータが晒された当たり、まだまだネットリテラシーの問題が解決していないのだが。
「しかし病に伏せる者の中には鬼になってでも生き延びたいっていう連中はいるのよね」
そういう死にたくない人間。あるいは家族や友人に死んでほしくない人間。彼らの話を通すのは難しくないのかもしれない。それが巡り巡って死者を拒む人間に届き、その内幾人かが軍関係者だとしても四人は別に驚かない。とはいえこの呪詛大国で鬼にイージス艦を渡すのはどうかと思うが。鬼は武士道防御の誓約で近代兵器を扱えない。であればイージス艦を整備しているのは人間か。あるいはアイロニアンか。何にせよ第一の関門を突破した四人。問題は山積しているが、それでも引く意思はない。
次に待ち受けたのは鬼ヶ城の城門。異様な風体で建てられている城門は、それだけで鬼と思われる姿をしており。あらゆる人間を拒絶していた。その門以外には城壁が囲っており、ついでにそれは誓約によって飛び越えることを禁止されている。伝説では鳥取部が空を抜けてから城門を内側から解き放ったとされているが。
「円転滑脱。崩壊」
その鳥取部の血を引くツバサが、城門に手を触れ、呪術を解放する。あらゆる建築物は摩擦を前提に構築されている。それは鬼ヶ城でさえも例外ではない。というか原始的な建築物ほど、摩擦への依存度は強い。その城門並びに城壁に触れて、伝死レンジを接触距離まで詰める。結果生まれた摩擦ゼロの呪いは、容易く城門も城壁も崩壊させていた。
「ふう」
そうして意識が遠のきかけたツバサをマオが受け止める。元々無理があったのだ。マオや頼光と違って、ツバサは呪術旧家の呪いを受け継いでいない。呪詛の量は一般人のソレで、だから鬼ヶ城の城門を崩壊させれば、それだけで限界を迎える。
「大丈夫かな?」
ツバサが聞く。顔には疲労が乗っているが、叩く軽口は鮮やかだ。
「もちろん」
「なのよね」
そうして崩壊した城門から鬼ヶ城へと踏み入る頼光と鬼子。ここから先は戦力を持つ二人の独壇場。殺害殺しと円転滑脱では役に立たない戦場だ。なのでツバサをマオに預けて、危険領域には頼光と鬼子が踏み入る。城壁の中にいるのは、膨大な数の鬼。小鬼から大鬼まで色とりどり。それを見てニィと凄惨な笑みを二人は浮かべる。
「猿飼部頼光……」
「日本鬼子……」
「「参る!」」
そうして二人は鬼の楽園へと疾走した。既に血の通った存在そのものを否定する鬼。彼らにとって踏み入ってきた頼光と鬼子は異分子も同様で。だが二人を止めることは出来なかった。疾走する二人に、畳みかけるように津波となって襲い掛かる鬼の群れ。百どころではない。千や二千を超える鬼の軍隊が、そのまま波濤のように二人に襲い掛かる。
ザクザクザクッッ!
手にした妖刀ロープライスロープが、鬼の筋肉をまるでバターのように切り裂く。逆の手に持っている無銘も負けず劣らず鬼を裂いていた。今手元に持っているロープライスロープは頼光にとって鬼ヶ島を攻略する一助となっている。腰に差しているのはロープライスロープと無銘。双方ともに愛三から託された愛刀。どちらを愛三に返却すべきか悩んでいた頼光は、最適解として二本とも佩刀していた。片や呪いをキャンセルする童子切。片や折れず朽ちずの新珍鉄を用いた無銘。どちらもオークションに出せば億だの兆だので落札されるべき逸品だ。そんな刀を二本も頼光に預けるあたり、愛三の無知も極まれり。だがそのおかげで頼光は今戦えている。
「ヒハァ!」
そこから少し離れたところでは鬼子が無双していた。アクロバティックな動きで鬼の爪や牙を避けている鬼子は、その手に触れた鬼を悉く滅却していた。温羅の先天呪詛。厭離穢土。それによる終わりの先取りは、仮に鬼でもあっても抗うこと能わず。それこそ岩が水に削れ、少しずつ形成されていく様をコマ落としにしたような。風化と呼ぶにはあまりに極端で、だが事実としてそれ以外ではない現象が鬼子に触れた鬼が体現していた。
「封ッ!」
「弑ッ!」
張った結界の領域内全てを切り裂く電速の疾剣。
触れるだけで完了してしまう無二の寂滅。
頼光と鬼子の残虐によって、死屍累々の鬼の死骸が築き上げられていく。とは言っても鬼子に殺される鬼は死体も残らないのだが。斬殺死体の血が流れる……その遺体の上に風化した鬼の塵が積み重なっていく。あくまで時間的な摩擦によって死ぬだけであって鬼子の厭離穢土は質量保存の法則は無視していない。塵と化して死んでいるだけで、消滅しているわけではないのだ。とはいえ風化して塵になれば、頼光の斬殺死体と違って視覚情報に頼って認識することはほぼ不可能ではあるのだが。
津波や波濤のように次から次へと襲ってくる鬼。彼らに死への忌避感は無いらしい。あくまで鬼ヶ城に侵入してきた人間を排除しろと命じられているのだろう。どれだけの死骸を積み上げても、なんの遠慮もなく襲ってくる。であれば挑んできた数だけ迎え撃てばいい……と考えるだけでも頼光と鬼子は常軌を逸しているのかもしれないが。
「いける!」
「このまま!」
鬼ヶ城へと突撃する……と出来れば、それは楽観論の領域で。




