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48:隠形鬼


「見つけましたよ」


 その把握の難しいビルの中。藤原千方を発見した鳥取部ツバサはそこで彼に事実を突きつける。


「ほう。私を見つけるとは。条件はどう設定しました?」


「六波羅機関の近くであることは前提で。そのまま六波羅機関の状況を見られるように。その上で候補外となるような場所。となると既に使われている常時起動のビル、というのは少し考えればわかります」


 急に仕事場に来た見た目十七歳の乙女に、ビルの一室を使っている管理責任者が苦情を申す。


 だが、


「六波羅機関です」


 の一言でツバサは黙らせた。


「藤原千方。逮捕させてもらいます」


「くは。私を捕まえると? あなた一人で?」


 嘲笑うように、というか事実嘲笑って。藤原千方は鬼を使役する。気配もなくツバサの背後に立った隠形鬼が、抜き手でツバサの心臓を狙う。だがそれは滑るように逸れて、


「術式は知っていらっしゃるでしょう?」


 鳥取部ツバサの術式。円転滑脱。それは汚染の系統に分類される呪術。呪ったあらゆるから摩擦を排除する呪い。その呪いを藤原千方は知っていて、だがこの場では隠形鬼が最も力ある鬼であった。


「ふむ」


 その藤原千方もホロウボースを励起させる。その呪詛に連鎖して。


「あ……ががが……」

「ぎぃ……ぎぎ……」

「うぐ……ぐぐぐ……」


 ビルの内部にいる人間が悉く鬼へと変じていく。その悪夢のような光景に、ツバサはギリッと歯を噛む。


「やりましたね……」


 人を呪って鬼にする。その技術が藤原千方にあったとして。実際に鬼に変えるという蛮行をまざまざと見せられれば思うところの三つはあって。人を鬼に変える方法そのものは普通にある。ただそれらは禁呪に指定されており、普通は使わない。というかこの呪い大国で鬼を生み増やすという行為がどれだけ危険か言われなくても誰でも知っている。


 ツバサにとって、それは禁忌も禁忌。


 グッと足を踏み込んで、摩擦を利用して加速する。踏み出しと呼ばれる行為。そこから浮動によって摩擦をゼロにしてアイススケーターのように滑り出す。


「行きなさい。鬼ども」


 まるでゾンビ映画のゾンビのように、意識が希薄だろう口の端から唾液を垂れ流している鬼がツバサを襲う。だがそれもツバサを捕らえることができない。触れた瞬間に滑って、ぬめりのある魚を握って捕まえられないように、彼女を捕まえることはできない。


「離れなさい」


 その鬼どもを蹴り穿って吹っ飛ばすと、ツバサは藤原千方へと踏み込む。拳は握っている。踏み出しも順調。だが懸念が一つあるとすれば。


「……ッ!」


 そのツバサの拳は藤原千方の身体を滑った。


「なるほど。やはり条件を自在に変えられるわけじゃないのですね」


 そのツバサの一撃と重ねるように、隠形鬼の一撃がツバサの表面を滑った。つまりインパクトの瞬間にツバサが円転滑脱を解除すれば、藤原千方を一発殴る代わりにツバサは隠形鬼に殺される。


「ほら。私はここにいますよ。倒さなくていいので?」


 不条理という言葉がこれほど似合う状況もない。いまだ隠形鬼の気配はつかめない。完全に気配を殺しているのだろう。こういうことにかけて隠形鬼より上はそういない。とはいえ、このまま膠着状態というのも芸がない。


「ご主人様……百八愛三様はそちらにおわしますか?」


「百八愛三。あの方ですか。鬼ヶ島で歓待していますよ」


 ギリ……と口を噛む。もしも叶うなら、今すぐ助けに行きたい。そもそも愛三が攫われてこっちが後手に回っているという現状がツバサにとっては納得のいかないものなのだ。だが温羅の半村領域を突破する方法がないのでは、どうあっても片手落ち。


「もしもご主人様に傷の一つでも付けようものなら、鬼ヶ島の鬼は鏖殺すると知りなさい」


「理想論ですね。相手方を脅すのに、殺すという言葉ほど陳腐なものはない」


「ちなみにですが。アナタは半村領域に入れるのですか?」


「ええ。行き来が出来ますよ?」


 ここはビルの内部。ここで決着をつけるのはある種のハッタリではあって。愛三を助けるには鬼ヶ島への侵入方法を知らねばならない。だがそれを快く教えてくれるほど、藤原千方も甘くはないだろう。愛三の救出は前提。だがそれによってマイナスの差引をツバサたちが受けることを愛三は望まないだろう。そこまで含めて考えるに、愛三を取り戻す過程において、何かを差し出すことを愛三は望んでいない。だがそれでもツバサは愛三を取り戻したいのだ。他の誰でもなく。他の何でもなく。ただツバサは愛三さえ無事であれば世界が支障なく巡るという事実を否定できない。


 彼我の距離は十メートルほど。此処は逃げ場のないビルの一室。その限定された空間で未だ気配を見せない隠形鬼が恐ろしいのだが。今はそれについて考えるのは無益だ。グッと足で地面を踏む。踏み出し。それによって藤原千方に襲い掛かる。摩擦はゼロ。既に速度は上々。そのまま藤原千方へと襲う。そのタイミングを隠形鬼が襲う。滑るツバサの一撃。滑る隠形鬼の一撃。そして。


「死ッ!」


 そのまま軸回転のようにツバサはスピンする。そして空気抵抗も摩擦も一切無視した回し蹴りが成立して、そのインパクトの瞬間に円転滑脱を解除する。


 メキィ! と音がして、隠形鬼が吹っ飛ばされる。それに会心の笑みを浮かべて、ツバサは藤原千方に襲い掛かる。


「惜しい。だが甘い」


 その藤原千方の言葉通り。自意識を失った鬼がツバサに殺到する。


「グッ」


 人に襲い掛かる鬼がここまで疎ましいとはツバサも思っていなかった。ただ現状を打開する方法が無いではなく。


「知っていますか?」


 既にこのビルの住人が鬼となっているのなら、遠慮をするのも煩わしい。


「建築物っていうのは、ほぼ摩擦によって成り立っているんですよ?」


 波濤のごとく押し寄せる鬼の集団に、ツバサは円転滑脱で対処する。どれだけ掴もうとしても鬼はツバサに触れられない。


「……まさか」


 そのツバサの言葉を藤原千方は余すことなく理解する。建築物は摩擦で出来ている。それは少しでも家を意識すればわかることだ。ネジも柱も全て摩擦によって成立している。唯一違うとすれば材質の原子間力だが、それ以外は建物というだけで摩擦に依存しているのだ。


「それをゼロにすればどうなると思う?」


 汚染系の呪術。円転滑脱。既にビルそのものにツバサは触れている。つまり伝死レンジは接触。そこからズクンと呪いが発動する。摩擦によって成立していたビルの全てが崩壊する。ズズンと音を立てて、建っていたビルが丸一棟崩壊していった。


「ふう」


 その崩壊したビルの残骸からツバサは立ち上がる。とてもではないが死ぬ目に遭ったそのことに例える言葉がない。だが、既にツバサと違って、藤原千方には余裕がない。


「げ……えぇ……」


 つまり藤原千方には隠形鬼しか頼れるものがない。


「隠形鬼ー!」


 崩れ落ちたビルの残骸。その中で隠形鬼を呼ぶ藤原千方。だがそれが意味がないと悟るのにはそこまで意識がいらないわけで。


「が……ああぁぁ!」


 そしてビルの残骸から現れた隠形鬼が叫んだ全てを否定して、ツバサは藤原千方に一撃を入れる。彼が何を思って温羅に仕えたのかは知らない。だがそれによって得られる藤原千方のメリットについてまではツバサもよく分からないのが現実で。


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