43: イモータルの定義
「ふわ」
目を覚ました。そこで愛三は、鬼ヶ城の個室にいる自分を発見する。そういえば温羅に拉致られて此処にいたな、と思い出す。空間を切って拡張し、そこに城を築く半村領域。根本的に亜空間であるので、出入りは呪詛を用いる……のだが。
「普通は無理だよな」
温羅の鬼ヶ島は一定の広さを持った孤島を具現しており、その島の中央に城を築いている。城内ならびに島内には鬼がはびこっており、温羅と戦うにはこれらを迎え撃つ必要がある。さらに言ってしまえば島を囲っている海にはイージス艦が配備されており、ほぼ対空および対海の警戒はなされている。そもそもイージス艦とかどこから持ってきたのか。城の窓から見える鬼ヶ島を囲む海は絶対防衛線を敷いていた。
「眼鏡眼鏡」
目は悪くないが、愛三の目は邪眼なので、封印処置をするために眼弑を必要とする。まぁその邪眼で温羅を呪えばいいのではという話はあるが、今のところ彼にはその気はない。
金剛破砕。
温羅がそう祝詞を口にし、愛三に入れた一撃は確実に常軌を逸していた。アレは単なる呪詛……つまりホロウボースを収束系統に変換して拳を強化しただけ。もっと言うのなら呪力で殴っただけ。術式もクソもない。その一撃で吹っ飛んだ愛三はビルの高層階に叩きつけられ、そのまま戦闘不能に陥ったわけだ。
「身体に異常はないんだが」
「むにゃ。愛三?」
愛三と同じ布団で寝ていた温羅が目を覚ます。そう言えば昨夜はお楽しみでしたね。
「ファイト一発だな」
「?」
愛三にとってはとてもではないが安穏とできない空間で。それこそ隣で寝こけていた温羅が、彼より先に目を覚まして首をねじ切ってもおかしくないのだ。温泉に入れてもらったのは有難いが、それはそれとしてここが敵地であることも否定の難しい現実だ。
「腹が減った。飯にするか」
昨夜の愛三との房中はそれはそれとして温羅も腹は減るらしい。そりゃ別に鬼とて多細胞生物なので、食事の有用性はそこそこあるだろう。鬼の一部と化の一部は普通に飯を食う。それ以外のカーステラーは食事を必要としないのだが。
「愛三は男と女はどっちが好きなのだ?」
多分その質問はコイバナではなく、食べるとしたらどっちだという話で。それも性的な意味ではなく、殺して物理的に食うという意味合い。
「流石に人は食わんぞ」
「美味いのに……」
既に何人かさらってきているらしい。食うなら好きにすればいいのだが、ここは止めるべきなのか? とは思っても、まず人の法が機能してない鬼ヶ島で人道を説くことにどれだけの意義があるのか。
「愛三が食えればなぁ。美味そうなのに」
まぁ呪術特性から言って無理だよな、とは思う。愛三の時間反転は疑似的な回帰系統の再現だ。時間そのものを巻き戻して無かったことにする。つまり幾ら食っても愛三の肉は腹にたまらない。
「そもそもお前は何で不死だ」
「永久呪詛持ちだからなー。死なないっていうより死ねない。イモータルの階位で言えば、下から二番目の奴」
「?」
食料の調達……を誰がしているのか。温羅がわざわざ領域を抜け出すとも思えない。というには既に外で交戦経験のある愛三がいうと矛盾するのだが。
「不死に階位があるのか」
「まぁ、死に難さというか。五段階評価だな。ちなみに温羅は一番下」
「いや。余は死ぬぞ?」
「そ、だから一番下のイモータル。不滅だ」
「不滅……文字だけ聞くと死ににくそうだが」
「いわゆる伝説に語られる存在の八割五分くらいがこれ。老いるし病に伏せるし怪我もするし血も流すし……その結果死にもする。ただ不滅のイモータルは死んでも復活する可能性がある。今の温羅の立場がまさにソレだろ。いくら死んでも伝説に語られて復活する。つまり死ぬことはあっても滅ぶことは無い。これが不滅」
「はー。なるほど」
「で、その一つ上が不死。俺だな。永久呪詛持ちって呼ばれる術者の大部分がここだな。老いるし怪我もするし血も流すが死ぬことは無いって奴」
「いや。愛三は死ぬじゃろう。死んで生き返るのは不死ではあるまい」
「じゃあ俺が殺されて蘇生する間に役所に死亡届を出して葬式を開いて埋葬する時間があるか?」
「それは……」
「こういう決定論としての死がない存在を不死と呼ぶ。ま、イモータルなんて不滅と不死が大部分だ。その意味で俺も別に特別ってわけじゃない」
「その上って?」
「五段階の真ん中が不朽。朽ちず劣らず。老化もしないし劣化もしないし死にもしないしって奴。お前の言った死んで生き返るどころではなく、そもそも死に到達しない。最も尊いイモータル。屁理屈でも死ねないのが不朽」
「それより上となると……」
ホケーッと天井を見る温羅。
「その上が不磨。ここら辺になるともはや神話の話だ。どんな攻撃を受けようと傷付かないし劣化しないし呪われないし痛痒を覚えない。もう全くの完全無敵で寿命もないから、生きているだけで左団扇って奴」
「いるのか? そんな奴?」
「まぁ犬養部マオが人魚の肉を食えばこれになるな」
「あー」
言われてみれば、と具体的な例を出されて温羅も納得した。剣にも兵器にも呪いによってもまったく寄せ付けない絶対防御。その絶対防御に不老不死が乗れば、たしかにそれはほぼ最強だろう。
「なのにまだ上があるのか?」
「イモータルの第一位。不変」
愛三も見たことは数える程度にしかない。そもそも地球にいていい存在なんかも疑問だ。
「この世のあらゆる法則が機能しない全く変わることのない永遠。この世界の永遠性を具現する代弁者。コイツがいるというだけで、宇宙には終焉が来ないと言い切れる絶対的な永遠だ」
「それが不変……」
「なわけで、不滅であるお前や不死である俺程度では、そもそも比較するのも馬鹿らしいのよ。そもそもお前はこれから裏鬼門御三家に殺される手はずだが」
「返り討ちにするぞ」
「出来ればな」
マオは戦力にはならないが、フォローは出来る。
頼光は戦力としては十二分だろう。鬼ヶ島の鬼程度なら問題ない。さすがに温羅は無理だろうが。
問題はツバサだ。
話を聞く限り彼女は鳥取部の後継者ではない。持っている術式は面白いが、名前に繋がっている時間収束呪詛とは関係が無いという。語られる歴史がそのまま呪詛となる特性は呪いに基礎だが、それによって得られる膨大な呪詛は血統の一部にしか適応されない。その選ばれた人間を当主とするのが呪術旧家の習わし。マオと頼光は伝説の重みを背負っているが、ツバサにはそれが無い。
それは過去にも表れている。金鬼を円転滑脱で足止めした時のエギオン欠乏。鳥取部の二千年を超える呪詛を担っていれば普通はあり得ない。つまりツバサは鳥取部の当主ではないのだ。とはいえ別にそれを理由に否定する気はないのだが。というか鬼ヶ島攻略においては彼女の円転滑脱は必要となるだろう。
「とするとどうやって運用すべきか……」
そこから考える必要がある。




