42: 捕まって、愛されて
何か幻想を見ていたような気がする。愛三が目を覚ますと、そこはとある牢獄の一室だった。石を積んで構成された地下牢。金属の柱が鉄格子になっているが、そもそもそれに触れることさえできない。ジャリ、と鎖が鳴る音がした。見れば金属の手枷が愛三の両手首にはめられており、その手枷から伸びる鎖が壁に繋がれている。
拉致されて、ここに幽閉された。そこまでは理解できる。あの鬼王温羅に敗北したのだ。そもそも生きているだけで幸運だろう。ジャリリと悲鳴を上げる鎖を見て、これを切るためにどれだけのホロウボースを必要とするのか。そこから逆算せねばならなかった。
「おう。起きたか。良き良き」
白い髪の女子が、鉄格子を挟んで反対側に立っていた。顔の造形は鬼子と同一。つまり彼女と同じ設計図の人間。一卵性双生児。日本鬼奈。温羅の魄を継承した呪術におけるテロリスト。
「これは……」
捕まったのか。と問うのも馬鹿らしく。こうやって手枷で繋がれているだけでも、事情は悟れる。問題は温羅が自分を殺していないこと。人質にするというのはそもそも発想すら持っていないだろうに。
「しかし本当に不死なのだな」
だいたいその一言で悟れた。
「殺したので?」
「首くらいは斬った」
なるほど。それは普通死ぬ。愛三にとっては別に危惧することでもないのだが。
「急急如律令。葛藤」
パキン、と手枷が切れた。そのまま鎖も斬る。
後天呪詛。千事略決。
そのマニュアル呪術において斬撃を再現するのはいともたやすい。とはいえ斬鉄を行うのは普通の呪術師ではほぼ不可能なのだが。
「よほど呪詛総度が高いと見える」
「まぁ鬼王と戦っても善戦できる程度にはなー」
自慢することでもないのだが、実際に大鬼程度では片手間に祓えるのも事実だ。彼と戦いが成立するのは伝説に語られる鬼王くらいだろう。
「斬鉄呪詛。神話の時代では、それが出来るか否かで呪術師の格を測っていたが……現代術師でも可能なのだな」
「千事略決は安倍晴明の時代だったはずだが……」
平安の時代に後天呪詛をマニュアル化したのがかの陰陽師だ。それより以前には後天呪詛は成立していない……わけではなく。
「単純にカースドネットワークは存在しておるよ。衆妙門が開いたのは、だいたい人類の発祥と並行する。余の時代でも、斬撃を後天呪詛として具現する術はあったものだ。とはいえ、安倍晴明だったか。かの天才が呪術を簡略化したのは素直に脱帽だがな」
実際に鬼王にしても驚くべきことだろう。ここまで安易に呪術が使えれば。
「急急如律令。葛藤」
さらに鉄格子に呪術を放って切り裂く。これで愛三を閉じ込めるものはなくなった。
「ここは鬼ヶ島か?」
「そうだ。東京都庵宿区に創った余の半村領域だな」
「ちなみに俺の刀と眼鏡はどうした?」
「こっちで保持しておる。必要か? ここで殺されるのに?」
「死んで終わりなら既にこの状況が矛盾してるだろ」
実際にその通りだ。そもそも殺して結論とするなら、既に愛三は死んでいなければならない。そうじゃないということは、相手の側に愛三を殺せる手段が存在しない……ということ。だから殺されていいとは愛三も露とも思わないのだが。
「出ていいか?」
「おかしなことを聞く。既に貴様は解放されているではないか」
「一応相手側の領域なんでな。此処を脱走する手段がない……という意味では、ご機嫌くらい窺うさ」
「目覚めた瞬間暴れ出す想定までしていたが」
「そもそも俺本人に鬼に思うところは無いわけで」
愛三は別にカーステラーを殲滅させようとは思っていない。
「おかしなことを言う。貴様は余と敵対したではないか」
「そら人道上な。俺自身には鬼に思うところはないし、別に大事な人間さえ生きていればどこで不幸が起きようと関係はないんだが……そうとも言っていられんのが浮世という奴で」
「つまりここで余と敵対はしないと?」
「そう相成る」
無抵抗を示すように両手を上げる。ホールドアップ。
「ちなみに俺をここにぶち込んでどれだけ時間が経った?」
「一日経つか経たんかだな」
「さらに聞くが、風呂はあるか?」
「天然で良ければ」
あるらしい。鬼ヶ島というのだから鬼がひしめいているだろうに。その領域にこの温羅は風呂を作っているらしい。
「入浴しても?」
「構わんぞ」
ついてこい。と彼を誘導して、温羅……日本鬼奈は風呂へ進む。そうして鬼ヶ城と呼ばれる城の城壁の内部。だがその地上一階に天然の風呂があった。鬼ヶ島に火山があるわけではないので、そもそもどこから温泉が湧いているのかは疑問だが、そこはツッコミ不可なのだろう。
「失礼しまーす」
で、普通にタオルも支給されて、それを頭に乗せて愛三は風呂に入った。
「…………」
その愛三の裸体を見て、温羅はポーッと浮ついた瞳をする。
「何か」
「その……キスしていいのか?」
「ナゼェ」
「愛三が可愛いからだ」
一応温羅とも感情があるし、その肉体が女子であるのだから、一緒に風呂に入るなら自分も女子に……と思った愛三。その女体を見て温羅は興奮していた。Hカップのおっぱいを見て、その愛三の裸体を見て、モジモジと生娘のように照れている。
「その、愛三は処女か?」
「経験はないな」
そういうことは知っているが、やったことは無い。
「余は鬼だ。鬼は愛らしい女子を孕ませるのが本能だ。つまり、その、抱かれてくりゃれ?」
「ちなみに俺が男になったらどうする?」
反転系統の呪術でいつでも男には戻れるのだが。
「ん……ッ」
湯に浸かっている愛三の隣に入浴して、温羅は愛三と唇を重ねる。温羅自身も転生者として女性に憑依しているので、肉体そのものは女子だ。
鬼王温羅。その鬼としての最高位に、愛三は今キスをされている。
震える乙女の勇気によって、その行為が清水の舞台から飛び降りるに等しい暴挙であるのは悟れるが。
「余が妊娠しても、産まれた子どもは喜ばんだろ」
「たしかに」
親ガチャ子ガチャという不謹慎なジョークが流行っている現世ではあるが、温羅を親に持つという子どもの不幸に関しては、言うまでもなく懸念すべき。
「だから乙女のままで余に抱かれてくりゃれ。ほら、おっぱいを揉んでいいから」
実際に温羅にも豊かなパイオツがある。股には毛も生えていない。それは愛三も同じで。その股に温羅が手を添えて、ついばむようにキスをしてくる。鬼は可愛い女の子を愛でる。とはいえ人類の仇敵にも思える温羅を前にして、生娘を抱くような背徳感を覚えているだけで、今の愛三は少し疑問だったりするのだが。




