37:反転呪術の限界
「うーん。美味」
愛三のパーソナル情報を東京民が精査している最中。そのまま引き籠っても疲れるという理由で、愛三はラーメン屋に来ていた。もちろん裏鬼門御三家は連れずに。声を掛ければ止められることは十分だったので、あえて呼んでいない。その代わりに鬼子に捕まった。
「え? ラーメン食いに行くの? じゃあ一緒するのよね」
というあっさりとした言論で、鬼子は愛三についてきた。狙われる可能性があるぞとは言っていたが、その場合は返り討ちにするらしい。鬼子らしいとは彼も思った。
「ラーメンは至高の文化だな」
「美味しいのよね。ちなみに愛三は何味が好き?」
「選べない」
浮気している男性みたいなことを言うが、それが愛三の本音だった。ズビビーと麺をすする。
「周囲も結構愛三を認識してないのよね」
「ま、俺を俺と認識できるのは、ある意味で探している人間だけだろうしな」
愛三のパーソナルデータは露出している。だがその人物が此処にいるとは、さすがに狩人も思っていないらしい。
「ちなみに東京って何があるんだ?」
「食べるもので言えば色々あるのよね。色々揃ってはいるんだけど此処こその東京ならではのご当地ものっていうのはそんなにないっていうか」
だから東京は何でもある。そのことに異論はないわけで。
「じゃあスカイツリーとか行ってみる?」
「行く行く」
名前だけはネットで聞いたことがある。たしか東京の名物だ。
「じゃあ電車に乗って」
そこまで向かう必要がある。
「ふおー」
で、東京スカイツリーを見て、愛三は少しだけ感動していた。人間の技術はこんな高い建物を建築することが出来るのか。
だが流石にここまで来れば愛三の面は割れているらしく。
「急急如律令! 万死!」
死を告げる精霊。それが具現して愛三に死を告げる。それによって得られる死を、だが愛三は認めない。
「ぐ! う!」
死を宣言した相手こそ、その呪いにからめとられる。
「急急如律令! 成敗」
次なる呪いが具現する。光の斬撃が愛三を襲うが、それによって切り裂かれることは無かった。反射した斬撃が跳ね返った対象から少しズレて、背景を切り裂く。さすがに表ざたになるとこういう暴威的な手段にも訴えられるらしい。とはいえだ。だから殺していいとは彼も思ったりしないのだが。
「私の望みのために死んでください!」
手に持つ斧はホームセンターで買ったのか。頭に叩きつければ死ぬ一撃を、遠慮も躊躇もなく中年女性が叩きこむ。だがそれは愛三の頭部に触れると、まるで磁石の同極の反発のように跳ね返した。
「ッッッ!?」
その意味不明さ加減は、一般人にはそれは不本意で。何が起こったのかさえ女性には分からないだろう。その女性のみぞおちに蹴りを入れて、悶絶させる。殺す気はないが、何もせずに見逃すのも彼の中では少し違う。
「本当に全部反射するのよね」
意識してか。呪詛を展開している鬼子が、愛三の呪いをそのように評論する。まぁ間違ってはいない。
「とはいえ物理現象に限るんだがな」
ヘラッと笑って、そんな種明かし。彼の術式の弱点であるが、聞かれたところで対応できないし、対応できる相手にはそもそも説く必要が無い。
「どういうこと?」
「いわゆる呪いって奴は、その出力によって互いに干渉するわけだ」
「まぁそれは知っているのよね」
いわゆる呪詛同士は、お互いに相剋しない限りダブルスタンダードで成立する。だが中には互いが邪魔し合う……相剋関係にある呪術というものも存在する。特に反転系統などはそれに該当しやすい。何かを反転させるということが、呪いによる攻撃を防ぐという意味で、反転系は最も相剋現象が顕著である。
「俺の反転は……まぁ例えるなら野球のバッターみたいなもんだ。投げられた球をバットで打ち返す。正確な表現じゃないからイメージはしにくいだろうが、つまりこっちの呪いがバットの条件……というのも少し違うが……うーん……」
まぁ撃たれたものを反射するという意味で、投げられた球をホームランするのが愛三の反転系統なわけだ。
「じゃあ、っていう仮想条件付けだ。このバットで砲弾を撃ち返そうとしたらどうなる?」
「木製バットなら折れるんじゃないのよね?」
「それ。こっちが打ち返そうにも、バットの強度を超える呪いは打ち返せないわけだ。砲弾。ガトリング。ミサイル。こういうのになるともはやバッターがどうのじゃなくなる」
なので意味が無いのだ。こっちが跳ね返そうにも、それ以上の強度を持った呪術であれば、そもそも反転できない。正確にはバットに接触した時点で反転の呪術は機能するが、その呪術そのものが破綻する。銃弾を跳ね返す木製バットが無いように、呪詛として強力であれば相剋現象が愛三の反転を許さない。
『呪いはより強大な呪いに呑み込まれる』
……と呪術学では表現する。
「だから物理現象だったら無条件で跳ね返るんだが、ここに呪いが乗ると話が違ってくるわけ。温羅の拳とかは多分跳ね返せないんじゃねえかな?」
だから負ける……とは彼も言わないのだが。そのライブストリーミングでも高名になった愛三を狙って、カーステラー派の人間が襲い来る。端的に言って拳銃を持って呪術師を襲う現象は確認されていたが、その拳銃が何処から来ているのかは彼の知るところではなく。
「往生せいやぁ!」
既に愛三を捉えている一般人代表がトリガーを引く。だが呪いのノの字も知らない一般人の銃撃は、愛三にとっては欠伸も同然。銃声が鳴って、それらがチィインチュインッ! とあらぬ方向へ逸れていく。
「化け物……ッ!」
それら銃撃をものともしない愛三を見て、戦慄するのは衆人環視の普通だった。銃撃が効かない愛三の絶対防御を、他に何と呼称したものか。まったく銃撃が通用しないというだけで、愛三は一般人にとっての化け物でしかないのだ。
「ま、否定はしないがな」
彼自身も化け物呼ばわりされるのは初めてでもない。鞍馬山でも散々に言われていた。主にカラス天狗の愚痴だったが、彼らは悪意のない表現だった。例えるなら、七歳児に武術で追い越されたが故の愚痴だ。だが今愛三の周囲を囲む人間の瞳は、それこそカーステラーでも見るように、愛三を見ていた。このまま愛三が何も言わなければ、彼らは嫌悪を彼に向けるだろう。その際に起こる呪いが如何な効力を発揮するのかは、神のみぞ知る。
「にはは。さすがの愛三。語られるよりも、なお激しい」
拳銃を構えて、愛三を包囲する自称一般市民。その包囲の中から一人の女子が進み出る。
「鬼子……?」
その女子を、愛三は鬼子と定義した。もちろん違うことを承知の上で。
「鬼奈……」
その愛三の隣に立って、威力的一般市民をどうすべきか悩んでいる鬼子が、その女子の名前を呼ぶ。鬼奈。それは鬼子がもっと杞憂する女子の名前だ。鬼子にそっくりというか……根本的に同一で、違いがあるとすれば黒髪の鬼子に対して、その鬼奈が白髪であることか。魂を分けた存在。鬼奈なるその存在は、温羅の魄を宿す鬼子の双子の妹だった。




