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35:墓参り


 墓参り。人間がいればどこかで行われている感傷でもある。


 墓地というには呪いが溢れていない清潔な場所。風が通り過ぎ、天気がいい。清々しい清潔な空気に、だが似つかわしくない寂れた墓石。二千年前から代々と続く古ぼけた墓。呪いにとっては死とは最大級の誓約だ。本来であれば穢れとして嫌われ、呪術師にとっても忌むべき現象でしかない。過去にイザナギは黄泉に国に出向いて、妻のイザナミを連れて帰ろうとした。だがウジが湧き腐った肉の塊であるイザナミを見て逃げ出し、そのせいで日本は穢れてしまった。


「お前が一日に千人を殺すというのなら、私は一日に千五百人産もうぞ」


 そうして人は死に、産み、増えるだけの存在へと堕した。この世に永遠など無く、あらゆるものは腐って絶えるという事実のみが呪術誓約によって絶対化した。皮肉にもこれはイザナギとイザナミを例に出さなくとも、木花咲耶姫と岩永姫のエピソードでも語られている。この死は回帰系統の術式であっても容易には撤回できない。


「……ご主人様が異常なのですよね」


 裏鬼門御三家の呪術師の墓ともなれば、それは厳重に封印処置を施されている。死して呪いとなる事案は国内に幾らでもあるが、それも場合による。一般人が死んだ程度で鬼になれば、それは呪術師にとっての仕事が増えるだけだ。が、呪術師が鬼となれば、それは大きい数字同士の加算で驚異的となる。裏鬼門御三家の呪いともなれば、それは二千年の時間を積み重ねたもの。その呪いを一身に受けるマオだからわかる。これははっきり言って放射性廃棄物も同様だと。


 風が流れる。犬養部マオの青色の髪がさやさやと揺れる。


 とりあえずの感覚で、マオは実家に帰っていた。もちろん許可は取っている。裏鬼門御三家の呪術師は、今庵宿区に潜んでいる鬼の討伐に駆り出されている。ここで暢気に墓参りをしている暇はない。だが、そもそもマオの術式は戦闘では役に立たず。ついでにその性質上足を引っ張るものでもないので単独行動が許されている。


 裏鬼門御三家。犬養部。猿飼部。鳥取部。


 その犬養部を象徴しているマオは、溢れる呪詛を、どう扱っていいのか悩んでいる。例えるなら幼子が大金を握らされているようなもの。それがすごく便利なものだと感覚で分かっても、何に使うかまでは把握していないような。


「お母さま」


 そして彼女にとって、世界で二番目に大事な人間の立場を呼ぶ。


 犬養部マレ。


 かつて犬養部の当主をやっていた女性の名だ。父親をマオは知らないが、母親はマオから見ても異才で、故に呪術師として異様だった。


「……ご主人様が……仇をとってくれますから」


 相手は温羅。八年前に犬養部マレを弑した鬼。実際に鬼子を見た時は、その残影に驚いた。ついで温羅だと言われて殺意すら覚えた。だがそれにしては愛三の意見がフワフワしている。鬼子を警戒しなくていいと、彼は言っていた。それが如何な理由を根拠にしているのか。


「ほう。犬畜生も墓を建てたりするのだな」


 一人墓の前に立って祈るマオ。そのマオに語り掛ける一人の女子。


「……ん」


 年齢的には同い年かその程度。花の女子高生にも見える可憐な女子。顔の造りは鬼子とほぼ一緒だが、その髪は白く染まっている。着ている服は和服の流し着。なお額から生える二本の角。


 鬼。


「……温羅」


「然りだな。犬養部マオ」


 今は庵宿区にいるはず。鬼子と瓜二つな外見の彼女は、マオが定義するに温羅と呼ばれる鬼だった。


「……何か用でも?」


「そうだな。こちらに着かぬか?」


 それはつまり鬼の陣営に……ということだろう。


「……その説得はご主人様……百八愛三様に仰ってください。……彼が頷くなら拙も頷きます」


「何者だ? アレは?」


「……拙も全ては知りませんよ」


 鞍馬山で修業をしたマオのご主人様。ということは知っているが。


「ふむ」


 そして温羅は例えを持ち出す。


「余が虐殺を条件に犬養部を軍門に下れ……というのは通じるか?」


「……ご自由になさってください……別に誰を殺そうとも……拙は何も思いません」


「おや? それは珍しい。自己嫌悪したりしないのか?」


「……既にそれは決着していますので」


 だから幾らでも殺せ。それにマオは責任を持たない。そう言っているのだ。


「例えば……お前のご主人様、とか」


「……まぁそうした場合……拙があなたを殺しますけど」


 それは自己に対する誓約。愛三が死ぬことがあれば、その死因を殲滅する。それはマオの中に強く在る誓いでもある。彼女にとって最優先すべきは愛三で。であるから他の誰が殺されようと意に介さない。正確には思うところがあっても、それを全て愛三に解決させる。彼女が困っている時は、いつだって愛三は手を差し伸べてくれるはずだから。


「ふむ」


 その理論を知らない温羅にしてみれば、マオの達観は意外だった。母を殺されて自己嫌悪に陥っていたあの娘が、今はどうでもいいと切り捨てる。その八年の間に何があったのか。


「よい。では呪い合うか」


「……多分アナタでも……拙を殺すのは無理ですよ」


 言った瞬間、パァン! と空気の弾ける音が聞こえる。その音より速く、温羅はマオの頭部を掴んで、そのまま加速した。一気に風景が流れ、墓地から離れた一般的な街並みへと場を移す。


「ひっ! 鬼!」


 周囲から見たら、いきなり鬼とマオが現れた形になる。どこにでもある普通の街並み。御三家の墓場から少しだけ離れている、一般人が住んでいる市街地だ。


「さて。では見ていけ。余によって殺される一般市民がどのような最期を迎えるのか」


「させるとお思いで?」


 スラリとした瞳で温羅を見るマオ。その様を見て温羅はニヤリと微笑む。


「お前に何ができるんだ?」


 マオの術式は殺害殺し(マーダーマーダー)。その都合上、相手を攻撃できない。だがやりようはいくらでもあった。腰に溜めた右手を剣の印で示す。


「梵我反転」


「ッ!」


 呪術の極致。梵我反転を知らぬ温羅でもない。だがそもそも殺害殺し(マーダーマーダー)で、何をしようと。


平和裏郷エデンガーデン


 そしてマオのフィールフィールドが全体に広がった。恐ろしい痛みがマオに襲い来る。だが同時にそれは世界をマオが呪っている証左でもあった。人を呪わば穴二つ。であれば自分を呪えば、それはつまり世界を呪える。


「……この反転領域内ではあらゆる攻撃は却下されますので」


殺害殺し(マーダーマーダー)の反転領域か」


「……やりたいならお試してみても構いませんよ」


 マオの反転領域内で、できるなら、だが。


 ワールドエンゲージによって保障されているマオの防御は概念的には最強の一角に位置する。その術式を展開した周囲の人間は、同じだけの防御を与えられているととっても不思議ではない。例え温羅の暴力でも、それを侵犯でき能うのか。


「よい。では余は帰ろう。興が削がれた」


「負け惜しみですね」


「口を慎め。場合によってはお前様の大事なご主人様が天に召されるぞ?」


 お前にそれが出来ればな、という挑発をマオは呑み込んだ。それは本音ではあっても、温羅の悪意を増幅させる意味が無かったから。


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