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31:堕ちろ


「なんだよ一体!」


「これ。アイロニアンか?」


「いや待て。なんでここに投入されて……」


 既に引き潮になりかけている衆人環視。それらの暴風に翻弄される人混みの中から、金属でできた人型が現れた。風鬼から逃げ惑うような人間と交差して、こっちに近づいてくる金属の人形。しかもそれは自立して、歩行して、ついでに剣を握っている。正確には手に該当する部位が無く、手首から先が全て剣として成立している。


「アイロニアン……」


 スマホの溢れんばかりの情報で、何となくではあるが愛三も知っている。頼光の方は普通に知っている。帝国軍が対カーステラーの戦力として開発している機動兵器。端的に言ってロボットなのだが、その制御に式神の呪いを使うことで、一般的に開発されている人工知能よりも高度な判断性を獲得している鉄人。


 開発理由は至極単純だ。


 カーステラーが持つ武士道防御を近代兵器が突破できないのなら、人工的にサムライを作ればいい。要するに人の形をしたものが剣を振るえば「それはサムライだろう」という武士道防御の理屈を逆手に取った人工式神。もちろん銃火器の類は仕込まれていない。カーステラーには通用しない兵器の搭載は認められていないのだ。あくまで剣をメインウェポンとしているのを前提に、殺鬼人を量産しようという試み。


 そのアイロニアンと呼ばれる兵器が、今庵宿区に投入されている。だがその意味が、開発側と運営側で齟齬を発生させている。


「ピピ……敵対対象認定。排除します」


 まるでベタな古典作品のロボットのように電子音を鳴らして、生気の無い声で命令の意を汲むアイロニアン。その手首から伸びる剣が構えられ、そして愛三と頼光目掛けて襲い掛かった。


「どう思う?」


「おそらくですが。国内軍の一部が温羅の支配下に置かれているのでは」


 それ以上の議論は出来なかった。自立二足歩行のロボットが、剣を構えて襲ってくる。それこそサイエンスフィクションでしか見られない光景が、現実として起きている。おそらくだが命令系統は破綻。むろん人間を殲滅すべしと人工知能が判断したわけではないだろう。単純に愛三……というより、むしろこの場合は猿飼部頼光を邪魔だと思った思惑の中で、その排除に乗り出した何者かの陰謀。


 本来アイロニアンが討滅すべきは今宙に浮いている風鬼だ。だがどういう命令を受けているのか。すでにこっちを敵認定して、アイロニアンが襲い掛かる。それはさっきまでの銃撃をしてきた人間三人よりよほど脅威だ。


 周囲を囲っている円形の空間から我先にと襲い掛かるアイロニアン。囲まれているので、逃げ場はない。正確にはあるが、頭上のみだ。だがその制空権は既に風鬼に支配されている。愛三一人ならまだしも、頼光を抱えて空中に浮かび、彼女を抱えながら風鬼と戦う。それが如何に難易度が高いかを加味すれば、普通は諦める。とはいえだ。


「腹立つなぁ」


 愛三の側にも思うことはある。端的に言って、頼光に怪我をさせたのが彼にはとてもではないが容認できない。自分が付いていながら、頼光に怪我をさせた。あの時誓いを受けたはずだ。絶対の忠誠を捧げる代わりに絶対の安寧を与えてくれと。その契約は破綻していない。少なくとも現時点で時間遡行が反転呪詛で行使可能である以上、頼光はこんな愛三を……まだ主君として認知している。だが、そこは議論すべき範囲ではない。単純に憤っているのだ。自分のものに傷を付けられた愛三の所有欲に反論するような現在の状況に。


「ご主人様。ご主人様は宙に浮いて風鬼を牽制してください。アイロニアンはボクが相手をします」


「嘘偽りなく答えろ。可能か?」


 それは一種の誓約呪詛。愛三に絶対の忠誠を誓った奴隷に対して、たとえ主を慮ったものだとしても虚偽を許さない問答。


「不可能ではないかと。ただおそらくご主人様が望まれない負傷をボクが負うことについては寛容を示していただきたいです」


「ならん」


 それが最も、愛三には我慢ならない。だが地上にはアイロニアンの軍勢。空中には制空権を支配している風鬼。双方を掣肘して、なお上回る手段となれば。


「…………頼光。ロープライスロープを仕舞え」


 左手を腰だめに構え、剣の印を結ぶ愛三。それを見て、ハッとなる頼光。


「いけません! ご主人様! それは!」


 梵我反転。京八流で言う胎蔵領域……現代呪術でいうフィールフィールドを体外に展開する呪術の究極。それによって定義される自分は、全て反転領域内で肯定され、あらゆる呪術を適応できる。悲鳴を上げるような頼光には期待せず。少し上擦っている彼女からロープライスロープを取り上げて、封印処置を施している鞘へと仕舞う。


「梵我反転」


 梵我反転。


 その恐ろしい呪術には、それに見合うだけのデメリットが存在する。それを愛三に使わせることは、ある意味でどんな敗北条件よりも裏鬼門御三家のかしまし娘にとっては敗北だ。だが、そんな頼光の懸念は、愛三にとり思惑の外。此処を無傷で切り抜ける手法として選択できうる手段であれば、自分を襲うデメリットなど彼にとっては憂慮にも値しない。


天乃邪鬼ヘブンリーゲヘナ


 愛三の梵我反転……天乃邪鬼ヘブンリーゲヘナ。それは反転領域内のあらゆるステータスを反転させる。もちろん空中に浮いている風鬼も既に展開した領域の内部だ。


 その風鬼を指差して、その指した指を地面に向ける。


「堕ちろ」


 瞬間。風鬼を宙に支えている「重力に逆らって風鬼を支えている上向きのベクトル」が下へと反転する。それは自然落下の力に合わせ、さらに下へと押し付ける力となって風鬼を叩き落とす。重力を強化したのではない。あくまで重力に逆らう力を反転させただけ。だが愛三の反転領域内では、彼の許可なく宙に浮くことはできない。


 同時にアイロニアンの動きが止まる。駆動に使われるエネルギーの半分を三次元要素で反転させることで、結論的に不動縛呪を具現する御業。その効力内で動ける存在はあり得ず。ついでに愛三は容易く頼光を連れて、その周囲を包囲していたアイロニアンの群れをすり抜ける。そうして反転領域を展開しつつ、既にスクランブル交差点に集中しているアイロニアンと風鬼。双方を見捨てて、包囲網を抜ける。


 そうして安全県内に避難した愛三が、唖然とする頼光を放って、パチンとフィンガースナップを鳴らす。同時に起きたのは爆発だった。


 閃光。

 熱波。

 衝撃。

 爆音。


 順次発露したそれらが、アイロニアンも風鬼もまとめて吹き飛ばす。例えるならその場にミサイルでも撃ちこんだかのような威力。もはや灼熱地獄さえ生温い威力の焦熱。生きているものが人間であれカーステラーであれ、あるいは生きていないアイロニアンであれ、存在の形状を保てない威力の熱核の威力。


 そうして全てが決着した後、


「ぐ……」


 愛三は胸を押さえて、苦悶を浮かべる。梵我反転は強力な決戦力を持つが、同時に自分を体外に広げるにあたり異常とも得る痛覚に晒される。その痛みは言葉に尽くせるレベルではなく、梵我反転を使ったものにしかわからない。そして今の呪術師でこれを使える人間など、そういない。


 ホロウボースもかなり消費した。元々呪詛総度は跳びぬけて高い愛三であるから、一回や二回梵我反転を使って枯渇する呪詛でもない。だがそれでも感じる痛覚による自意識の摩耗の方はどうしても減じれない。いくらボールペンに大量のインクを備えていても、文字を書く限界は筆記者に訪れるのだ。


「ご主人様! もういいです! 反転領域を解いてください!」


「あ……あぁ……そうだな」


 既に敵対する相手は滅却した。あれほどの爆発の中で生きてはいられないだろう。風鬼にしろアイロニアンにしろ。アイロニアンの鋼の肉体がどれほど頑丈でも融点はとっくに超えているはず。


「ごめ……なさい……ごめんなさい……ボクは……弱い……ッ」


 だから鬼の排除は終わった。それは愛三に納得のできる事態であった。だがそれを納得できない人物もいた。頼光だ。彼女にとって鬼との対峙に当たって、愛三の手を煩わせるのはそれだけで敗北だったのだ。


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