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03: 心の帳


 犬養部いぬかいべ猿飼部さるかいべ鳥取部とっとりべ


 俗にいう裏鬼門御三家と呼ばれるエリート呪術師の家系である。安倍晴明あべのせいめいが設立した陰陽省よりもさらに前。まだ殺鬼人が存在していなかった神話の時代の呪術旧家。何でも伝承で語られるに、この日本帝国に住まう人間なら誰でも知っている鬼……温羅うらを弑した鬼殺しの家系。その伝説は桃太郎という形で語られており、未だ色褪せない強さを獲得している。呪術には幾つか強くなるための条件があるが、その内の一つに経過時間がある。時間収束と呼ばれる作用。だから語られる歴史が古いほど、その呪いはより強くなる。裏鬼門御三家の呪いとなれば、それはもはや陰陽省でも扱いきれないほどの強力な呪いであるのだろう。


 その御三家の三人が鞍馬山を尋ねてきた。何が目的で、とは思うが心を読めるわけではないので愛三にはよくわからない。


 山の奥。頂上に通じる結界は踏ませない。それは既にシャナと合意が取れていた。客である三人が女性である以上、修験道との相性が悪すぎる。精々鞍馬寺で面倒を見る程度だろう。


「うっす。こちら夕餉になるっす」


 相手が客であればもてなしも必要。そう思って、料理をして三人に差し出す。


 ちなみにメニューはシカの肉を焼いたものと、根菜の煮物だ。さすがにキノコを出す勇気は愛三にも無かった。腹が減ったらキノコを食うという習慣は愛三にもあったが、たまにハズレを引いて腹を下したことも何度かある。死なないだけマシとはいえ、目の前の女性にそんなことをさせるわけにもいくまい。


「ナニコレ?」


 一応めいっぱい豪華な食事を出したつもりだが、まるで粗食でも見るように猿飼部が差し出された食事を指差す。


「飯だが」


 愛三には他に言い様がない。


「こんな粗雑なモノを食えとボクに言っているのですか?」


「えー」


 シカの肉が出た時点で愛三にとってはごちそうなのだが、相手はそう思っていないらしい。


「美味しいぞ。シカ」


「もうちょっとマシなモノを出しなさい。あと味付けもちゃんとしなさい。何よこの根菜の煮物は。出汁も使っていないじゃない」


「ダシ?」


「そ、そこから?」


 イチャモンを付けているはずの猿飼部が、愛三の疑問に引いていた。そもそも鰹節が無いのだから出汁の取りようもない。


「オーケー。わかった。わかりました。食を蔑ろにするわけにはいきませんし、今日はこれを食べます。けれどいいですか。貴方に食の奥深さを以後教えますので覚悟のほどを」


「覚悟て」


 普段食っているものがシカとイノシシと根菜とキノコしかない愛三には、他の食というものが致命的に欠落している。


「シャナ。あなたこの子を下山させていないの?」


「子を育てるのは幾年ぶりじゃな。わしには根幹がようわからん」


 ついでに出された味噌を直接食いながら、シカの肉を齧るシャナ。だし汁という概念がないので味噌はあっても味噌汁がない。


「犬養部氏はどうだ? 俺の食事はダメか?」


 仕方ないので別の少女にも聞く。鳥取部は年齢的に干支くらい離れていそうだが、犬養部と猿飼部はほぼ同年齢だ。


 赤い髪の猿飼部はブツブツ言いながらシカの肉を食っているが、その隣で犬養部はジトッと料理を睥睨していた。まるで食うことが悍ましいような。


「マズかったか?」


 まったく口を付けていないのに、美味いもマズいも無いだろうが。


「…………」


 オズオズと問う愛三に、だが犬養部は何も答えない。反抗期ではないだろうが、そもそも他者とコミュニケーションを取るのが一苦労なのだろう。


「まぁ無理に食わんでもいいぞ。残したら俺が食う」


「…………」


 言われて、ガジリと犬養部がシカの肉を食う。


「ど……どうだ?」


 清水の舞台から飛び降りる気持ちで愛三が聞く。


「……美味しい」


 ポツリと、そう犬養部が呟く。ホッと愛三は胸をなでおろした。


「いくらでも食っていいからな。お代わりもあるぞ」


「……感謝」


 そうして飯の時間が終わる。


「ふう」


 ギリギリ水道が通っている鞍馬寺の住職の家。そこで飯に使った食器を洗いつつ、愛三は御三家の令嬢について考えていた。意図的に喋ろうとしない犬養部。ピリピリしている猿飼部。営業スマイルの鳥取部。鞍馬山に来ているのだ。おそらく呪術の修練を目的としているはずなのだろうが。


「うーん」


 なんというか。彼女らからは未来が見えない。別に自分がバラ色の未来だとは愛三にも思えないのだが。食器を洗い終わって、それから風呂に入ることを思い出す。鞍馬山には自然に湧き出る温泉があり、猿もカラス天狗もシャナも愛三も、そこで身を清めるのだ。


 そう言えば三日ほど風呂に入っていない。


 別に毎日入るほど綺麗好きというわけでもなく。愛三が風呂に入るのは思い出した時に限る。今日はその思い出した日だった。脱衣所で服を脱いで、岩で囲まれた温泉に入る。基本的に温泉が湧き出て、それを川の水が適温に調整して、溢れたお湯が適当に流れ出す構造を持つ典型的な自然風呂だ。


「お。お前らも入っていたのか」


 で、何も隠さずにフルオープン状態で、タオルだけ首にかけて愛三が風呂に出向くと、既に入浴している三人娘に出会う。


「…………」


「くぁwせdrftgyふじこlp!」


「はわわぁ」


 犬養部は何も言わず。猿飼部は混乱の極み。鳥取部は七歳児のショタに欲情していた。


「失礼」


 その三人に特に何も思わず。愛三は風呂に入った。


「ちょ! あなた! 何を考えているんです!」


「何って……何が?」


「乙女が風呂に入っているんですよ!」


「だな」


 だからなんだとしか愛三には言えないわけで。


「うー……」


 だが猿飼部も愛三の不条理にトクトクと説明して論破するわけにもいかなかったらしく。温泉に浸かって、裸体を隠す以上のことはできなかった。そもそもセクシャルがどうのと説明するのも空気が読めていない。


「…………」


 一人。犬養部が恥ずかしがるでも状況を楽しむでもなく、温泉から上がって、そのまま出ていく。その瞳は枯れていて、何かを呪うように沈んでいた。


「大丈夫かあれ?」


 その全裸の犬養部を指して愛三が問うと、鳥取部は困った顔をした。


「彼女はちょっと。事情があるんです」


 言いにくそうに、鳥取部が愛三に説明する。その意味する言葉を聞いて。犬養部が何を思っているのか知って。それでも同情が出来なかったのは愛三の悪い癖だった。


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