29:そして夜が明ける
「あ、あー……」
途中休憩を挟みつつ、二週間かけて、愛三は希望戦士ランダムの全シリーズを視聴し終えた。そこにあったのは人類の革新と、エゴのぶつかり合い。愛とは何かという疑念の答えでありそうで、だが確かに誰かを愛したのが間違っていないという結論だった。
「ちなみにどのムーブスーツが一番カッコよかったですか?」
「フリンダムと、ゴッデスかなぁ。後光を背負うランダムは超カッコよかった」
「過去には問題作とされてもいたのですけどね」
そんなわけでランオタとして新生した愛三は、ついでにゲームへの理解も示した。初めて触れるスマホの便利さは、彼の予想以上だった。とはいえ、だからといって世界が平和になるかと言われれば、それも違って。
特に教養以外で講義が無く、ついで呪術の修練には独自のルールが存在し。
「うーん」
呪詛……ホロウボースの捻出も問題なくできている。そもそも彼にとって憎怨へのスイッチというのは普通にできることでしかないのだ。
「後天呪詛……ね」
なので教養以外で彼が学ぶこととなれば、後天呪詛に他ならず。式神や天翔は習得しているが、千事略決と呼ばれる汎用呪詛については彼も知識が足りない。
「つまりこの日本そのものを呪っているカースドネットワークに演算処理を任せる呪いです。呪術師に求められるのはホロウボースの供給だけで、あとは祝詞を唱えれば発動するんですけど」
最も簡便化された呪い。祝詞を唱えることで発生する呪いは、あるいは簡略にマニュアル化された呪いとも言える。
「カースドネットワークねぇ」
衆妙門から供給されるエギオンは、呪術師によってホロウボースへと変質する。それによって生まれる式神へ、愛三は目を向ける。とはいえ眼弑越しにだが。
「キエエエエエッ!」
猿の絶叫のように襲い掛かる式神。というか餓鬼だった。お腹がポコッと膨れ上がって、手足が細い幼児のような存在。それに対し、木刀だけで立ち向かう愛三。そのまま噛みつこうとした餓鬼の口に木刀の先端を突っ込んで。
「社員」
仏理呪術を行使する。強烈な光が餓鬼を襲い、その視界を眩ませる。痩せ細ったかのようにくぼんだ双眸が、その光で潰される。
さらに呪術行使。
「最高」
それによって得られる念動力が餓鬼を吹っ飛ばす。
「ギイイイ!」
特に強く設定しているわけでもないので、餓鬼が愛三に負けるのも当然だ。
「はぁ。つよつよ~」
そうして訓練を終えると、鬼子が後ろから抱きしめてきた。鬼子が本質的に胎蔵領域が鬼であることを知っているのは愛三たちだけ。それにしても可愛い女の子が好きなのは性癖では。とも思うが、本人は鬼にであるが故と強弁している。
「で、お前はいつまで俺のおっぱいを揉むつもりだ?」
大きさ的に申し分ないのは愛三も知っているが、何かこう変な気分になる。そもそも大きすぎるのだ。戦闘に関する限り、足を引っ張りそうな重さ。例えるなら満タンのペットボトルを首から下げているような。
「ところで問題の方は大丈夫なのか?」
と聞かれれば、それは六波羅機関でも問題になっている案件に相違なく。
「呪術師襲撃事件……ねぇ」
愛三の胸を揉みながら、疲れた様にそう言う鬼子。その鬼子の暴虐をどうしてくれようと殺気立っているマオと頼光とツバサ。一応呪術の訓練ということで、ツバサが同行しているのだが、もちろん方便だ。ツバサも愛三と一緒にいたいらしく。一人教職であることが後れを取っていた。とはいえ、愛三の個別指導を名目に、ちょくちょく一緒に入るのだが。
とりあえずの訓練が終わって、さてどうしようと思うと、全員のスマホが鳴った。正気かとも思ったが、正気なのだろう。この六波羅機関のすぐそばで人を襲おうとするカーステラーがいることに愛三は驚く。だが無い話でもないだろう。今時点で鬼子曰く温羅が暗躍してるのだし、まず真っ先にぶつかる戦力は六波羅機関であることも自明。むしろ鬼の軍勢による波濤がいまだ襲ってこないだけでも平和と言える。
現れたカーステラーについては別の人間に任せるとして。
「腹減った」
グギュル~と愛三の腹が鳴った。
「……ではもんじゃ焼きでも」
そんなわけで愛三含め五人はもんじゃ焼きの店に向かう。適当に電車に乗って少し遠くまで。空腹が最高の調味料とは言うが、とにかく愛三は腹が減っていた。ジューと鉄板の焼ける音がして、そこにタネを広げていく。というかツバサは教職があるのに愛三たちと一緒に飯を食っていていいのか。
「大丈夫ですよ。これでも六波羅機関の戦力でもありますし」
十七歳の姿でもんじゃ焼きを食べる三十三歳は、普通にビールを飲んでいた。
チマチマともんじゃを食べる愛三。
「ところで温羅がいるってのは何でわかるんだ?」
既に予知系の呪詛で温羅がいることは把握されている。結果、庵宿区は警戒態勢が敷かれているが、まったく家を出ないわけにはいかない以上、殺鬼人による警戒も激しい。だがそれを含めても鬼子の直感はただならない。
「まぁ言ってしまえば、私が温羅なのよね」
本当にあっさりとぶっちゃけた。もんじゃ焼きをモグモグ。
「…………」
眼弑を少しズラして、裸眼で鬼子を見る。そもそも日本鬼子という名前がアレだ。彼女を指す言葉としてこれ以上はない……のだが。
「鬼子が……温羅」
自供を受けたとしても、それが真実とは愛三には思えず。鬼が有機的に運営されているのは事実で。その鬼が人に襲い掛かってきたとき、鬼子は愛三らと一緒にいた。もちろん遠隔で鬼を操作できると言われれば納得も出来ないわけではないが、呪いには伝死レンジの問題もある。それほど器用に鬼を運用できるのか。
「ま、とはいっても半分だけなんだけどなのよね」
前にも言っていた。鬼子は精神だけが鬼。つまり肉体というハードに鬼のOSを積んでいる。だがそれにしては精神的に凪いでいるのではないか。意識が鬼であり、しかもそれが鬼王温羅ともなれば世界そのものを憎んでいても愛三は驚かない。
「つまり温羅って実は理性的なのよね」
知性を持つ鬼の首魁という意味で、温羅は会話ができる。その温羅の精神を獲得していると考えた場合、人に対する態度もより理性的になる……と鬼子は言うが。
「正確には魂魄の魂だけを受け継いだ存在。精神だけが温羅へと今も変質しているの」
鬼子としての意識もあるが、それが時間経過によって温羅へと少しずつ変質している。では温羅の魄は?
「妹が持ってる。鬼奈っていうんだけど」
そっちは温羅の肉体の設計図。つまり鬼子が少しずつ精神を温羅へと変わっているなら、妹の鬼奈は少しずつ肉体が温羅へと変わっていっている。
「というわけか」
「さいですなのよね。うーん。明太もんじゃ美味しい」
というわけで、鬼へと覚醒する妹を止めるために鬼子は上京してきた。というより、鬼子を狙って温羅が庵宿区へ。だが確かにそうするしかないだろう。これが辺境で具現すれば呪術師の対応が遅れて大災害になりかねない。鬼王と呼ばれる鬼は日本に全部で五柱存在する。五大鬼王と呼ばれる所以だ。その中でも最も古い鬼が温羅なのだから。
とはいえ温羅の魄なんて異常な性能を保持している鬼子の妹をどうすればいいのか。これは命題として成立する。どうしたものか。そう悩んでいるとスマホが警告音を鳴らす。
鬼が現れたのだ。
「御馳走様でした」
ちょうどいいと言えばその通り。




