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26:忍び寄る闇


「クソがっ! 勝ち誇りやがって! アレが俺様の実力なわけないだろ! ちょっと手加減してやったのに勝った気でいやがって!」


 東京庵宿区の一角。自販機に八つ当たりをしている少年がいた。


 吉備マルコ。


 そう呼ばれる少年だ。桃太郎の血筋だと親から言われ、その通りに呪術を学んでいた。そうして裏鬼門御三家を従えて温羅を討つ。それが彼にとっての世界そのものだった。だというのに裏鬼門御三家の令嬢は百八愛三に従っており、自分には見向きもしない。ふざけるなと言いたかった。彼女らの生殺与奪を握っているのは自分でなければならない。彼女らは吉備マルコのおもちゃだ。そうじゃないとおかしい。


「あれは俺様の女たちだ! 誰も触れるな! 俺様だけが弄んでいいものだ!」


「おやおや。何を荒れているのですかな?」


 ガンガンッと自販機を蹴っていると、声をかけてくる男性がいた。彼はにこやかな笑みを浮かべて、吉備マルコに声をかける。違和感を覚えさせない態度で、不審人物だというイメージを払拭している。


「いや。少し気に食わないことがあってだな」


 さすがにしどろもどろになって言い訳しようとする吉備マルコ。だが相手は穏やかに微笑んでいる。


「分かりますぞ。何かの理不尽に晒された。それがとても容認できない。だからここで正当に演説している。そうでしょう?」


「そう! そうなんだ! 俺様は悪くない! 全てアイツが! あの百八愛三が悪い!」


「お話を聞きましょうか? 私であればあなたの正当性を証明できるかもしれません」


 その甘言が、どこまで悪意を纏っているのかを今の吉備マルコには察知できない。


「なるほど。あなたが伝説のサムライ桃太郎の……それは確かに理不尽ですね。裏鬼門御三家はあなたにこそ仕えて然るべき」


「だろう? この俺様が仕えることを許しているというのに! アイツらは百八愛三なんかに尻尾を振りやがって!」


 それがもっとも気に食わない。


 そこに酒気が帯びる。


 話を聞いている男性は、ニコニコ笑顔で酌をしており、その酒を吉備マルコは飲んでいた。既に意識は朦朧とし、吉備マルコには善悪の判断がついていない。


「俺様が温羅を討つべき人材なんだ! であれば愛三なんかに構っている暇はないだろう!?」


「その通りですとも。であれば制裁が必要ですね」


「制裁?」


「その百八愛三にわからせてやるのです。ついでに彼に付き纏っている裏鬼門御三家にも」


「そ、そうだな。俺様を無視した罪は重い。分からせる必要があるな」


 ひひ、と不気味な笑いが吉備マルコから漏れた。


「アイツらの身体を貪って、俺様が誰かを分からせてやる!」


「その意気です。とすれば事前準備も必要でしょう」


「どうする気だ?」


「難しい話ではございません。その百八愛三を殺してしまえばいいのです。そうすれば裏鬼門御三家の令嬢たちも目を覚ます」


「いや、しかし殺すのは……」


 そこで朦朧とする思考で、待ったがかかるが、さらにダメ押しされる。


「吉備様?」


 ドクンと呪詛が発生し、それによって憑りつく様に男の呪いが吉備マルコを絡めとる。


()()()()()()?」


「あー」


 そこで吉備マルコの自意識が闇に沈んでいく。そうして遠い自覚の中で、吉備マルコは自分の術式を暴露する。


「俺様の術式は、きび団子を食わせることで相互に誓約の主従を誓う。その主従契約によって相手を強化する術式だ」


 まさに桃太郎の能力。


「誓約系の術式ですか。なるほど使い方によってはあのお方に利すること大ですね」


 男は、吉備マルコの術式を聞いて、その彼の保持しているきび団子を飲む。ただし誓約は呪詛返しによって反転する。本来であれば誓約系の呪詛を返すのは至難の業だが、現時点の状況では、そもそも呪う側の相手が呪いに対して行使も抵抗も泡沫だった。


「あ……?」


 酒毒によって薄くなっている吉備マルコの意識は、それに気付けない。今自分が男に従属してしまっているなど。


「代わりに契約呪詛によってあなたを強化しましょう。あなた自身の仰った術式ですからね。ただし私の命令には絶対です。そこはご承知めされ」


「とは言っても。なにをすれば?」


 吉備マルコは、自分が絡めとられていることを自覚できない。


「そうですね。まずは手下を集めましょうか。庵宿区にだって人材は豊富です」


 そうして男は自分の展望を話す。ヤクザやルンペンなど今時点でも引き入れに困らない人材は豊富にいる。


「そいつらを俺様の術式で部下に加えていけばいいんだな?」


「その通りです。あのお方のために働く。自らの命をも捨てる部下を我々は欲している。なので、そのために吉備様の術式を使わせてもらいます」


「それは俺様の復讐に繋がるか?」


「もちろんですとも。いずれ気付くでしょう。裏鬼門御三家が誰に服従すべきか」


「そうか。だったら、いい」


 それで呪詛が染みわたっていることを確認出来て男はほくそ笑む。


「それでは後日また会いましょう。ああ、きび団子は量産しておいてください。これから多くの人間を支配下に置かねばなりませんからな」


「えーと……」


「全てはあなた様のためにです。裏鬼門御三家が吉備様に服従するために必要な過程ですよ」


「だからヤクザたちを取り込む」


「我々人間には銃火器は有効ですからね。六波羅機関がもっとも警戒しているのは鬼霊化夷であると同時に銃火器でもあります。人間には武士道防御シバリーディフェンスが無いので、銃撃は死活問題であります」


「なんだろう。お前は何でそこまでしてくれるんだ?」


「朝敵だからですよ。私は私で理不尽を覚えているのです」


「だから俺様の復讐に手伝ってくれる、と」


「その通りです。互いに手を取り合いましょう。私は私の復讐をする。だから吉備様も吉備様の復讐をすればいい」


 ニタァと笑んで、その様に男は言う。


「あー、そうだな」


 そう言ってフラフラと吉備マルコは去っていく。彼が何処にいようと、既に男との主従契約は結んである。意識的にしろ無意識的にしろ、吉備マルコは男に逆らえない。あとは物理的な人間の中で、男の側に引き込む人材を発掘すればいい。


「中々有益な人材を得たというべきですか。まさか桃太郎の血統をこちら側に寄せることができるなど。これで温羅様にもお喜びいただけるかと」


 そこで悪意に満ちた笑みを浮かべて、男はそう言った。男は鬼の跋扈する世界を望んでいた。貴き血筋など問題にもしていない。そもそも世界とは、彼にとりただあるべきもので、誰のものでもないのだ。


「ああ、もうすぐ現れる。鬼の世界が。真なる人間である鬼こそ、これからの世界を牽引すべき存在と言えましょう」


 そうして異空間へと消えていく。そのことを見届ける人間はおらず。ニタニタと笑う男の微笑みの音だけがそこかしこに反響していた。


 鬼の時代。


 それが何を指すのかを、今のところ誰も知らない。だが、それが人間にとって甚だマズいものであることは誰の目にも明らかだ。闇の中でじわじわと悪意はその進行を確かなものにしている。吉備マルコはその先兵。本人も自覚はしていないが、既に温羅の侵攻は始まっている。そのことを確認している人類の側は、今のところ日本鬼子しか存在していない。


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