24:憎怨《ゾーン》
式神を用いた決闘。それによる決着。愛三がなんだかなぁと思っていることだが、それは彼だけらしい。
『百八愛三! 絶対勝て!』
『その百合を俺たちは応援する』
『あと胸が揺れすぎ』
そんな横断幕が掲げられていた。
「……男子って最低」
犬養部マオがそんなことを言った。まぁ気持ちは愛三も分からなくはない。この場合はどちらもの、だ。
ルールは簡単。式神を生み出して戦わせるだけ。ただし三回戦。ホロウボースの運用まで気を使う必要がある。
「っていうか、これでいいのか?」
愛三の気持ちもわかる。形代に込めるホロウボースの量によっても式神は戦力を変える。愛三のホロウボースともなれば災厄を超えてどうにかなりかねない。愛三が呪術師として最高位である証左でもある。
「形代を……ねえ」
愛三にとって式神とは、さほど近距離の概念ではない。そもそも先天呪詛が強すぎて、後天呪詛を行使する機会がなかった。初めてではないが、必要ないのは事実でもあった。
広くとられたスペース。それこそプロ野球でも出来そうな広いスペースの周囲を結界で囲んで模擬戦用の空間を取る。その中で、式神を解き放って戦わせる。ちなみに一回戦につき使える形代の数は決まっていない。上限として五枚渡されているが、一回戦に四枚使って数で押すのもありではあるし、三回戦を一枚、二枚、二枚で平均的に使うのもいいだろう。とはいえ、そもそもホロウボースそのものが術者によって絶対量があるので、何ともはやではあるのだが。
「まぁ、まずは試しに……。急急如律令」
陰陽道系の呪術。後天呪詛である式神。とはいえ紙が変化しているので鬼霊化夷では化に分類されるのだが。
「愚雄ォォォォォ!」
さて、どこまで強力になるのか。だいたい五分程度のホロウボースを形代に流すと、大鬼レベルの式神が出来上がった。牛の角に虎のパンツ。筋肉隆々で赤い肌。赤鬼と呼ばれるソレだ。
「お……大鬼」
もちろん相手側は引いていた。吉備マルコがどれほどのホロウボースを保持しているのかは愛三も知らないのだが。知ろうと思えばできんではないが、そのために痛い思いをするのもむべなるかな……といった様子。
相手が出してきたのは三体の式神。鬼。餓鬼。狐。それぞれにそこそこのホロウボースが込められている。それを眼弑越しに見て、意外とやるなという賞賛を頭の中だけで思えるが。とはいえ、違和感めいたモノはある。それが何か、と考えて眼弑を外すとモロに見えた。
「あー……」
相手の不正と、その仕掛けはあっさりと愛三にバレていた。とはいえ、そこまで加味しても負ける気がしないというのが愛三の本音でもある。
「では第一回戦。はじめ!」
そして即終了した。愛三の式神である大鬼がドスンドスンと相手の式神に襲い掛かり、スレッジハンマーみたいに拳を振るって地面に潰す。それだけ。
「ちょ!」
それは相手の鬼も餓鬼も狐も同じだった。まとめて叩き潰される。相手の式神の平均全長が一メートル半だというのに、愛三の大鬼は五メートルを優に超えている。ぶっちゃけ入学したての六波羅機関新入生では返り討ちに遭うレベルの鬼だ。結界に囲まれているフィールドで運用しているから何とかなっているが、これが結界外に出れば普通に神秘災害……カーステラーに認定される。
「散れ」
一試合目が一方的に終わって、愛三も式神の維持を解いた。形代に戻ったが、あくまで五メートルの鬼は形代が周囲から吸収した物理粒子を流用して造られた仮設的な肉体であって、その実体には物理法則も働く。もちろん主我従梵理論も働くのだが。
「……これで一本ですね……ご主人様」
「それに吉備マルコは既に式神を三鬼失いました。後は一体ずつしか出せません。ここは戦力差で押し潰し、二勝を先取るのが賢明かと」
三回戦なので、二勝した時点でコールドゲームだ。
「まぁまぁ。やはり呪術は楽しまないとだな」
そんなわけで、愛三は次はキツネとタヌキの式神にホロウボースを注入する。キツネは尻尾が八本生えており、タヌキは茶釜を鎧として来ていた。
「八尾のキツネ霊だと!?」
「タヌキの方も茶釜を具現しているぞ!」
どちらも呪術を齧っていればどれだけの存在かわかるようなものだ。
対する相手は鎧武者。サムライを呪術で再現するという思想の元に作られる式神だ。だがやはり無理が祟ったか。制御が上手くいっていない。その理由を愛三は知っていたが、ツッコむべきなのかは最後まで悩んでいた。鎧武者に込められたホロウボースは三人分。それもそのはず。今愛三と対峙している吉備マルコは、その隣に二人の呪術師を抱えている。ただし迷彩で姿を隠して。
それら三人でホロウボースを共有すれば、割り振りも簡単になるだろう。
一回戦の三鬼の式神も、それぞれのホロウボースを込めていた。一対三で戦っていたことにになるのだが、別にそれは愛三のスポーツマンシップを刺激しない。勝ちたいという呪いはそんなものなのだろう。だが残り二枚しかない形代で、二勝しなければならない吉備マルコ陣営は、そこで賭けに出た。鎧武者の式神に三人分の呪いを織り交ぜたのだ。
それは一足す一足す一が三になるという話ではない。オレンジジュースとリンゴジュースとブドウジュースを混ぜて、量的には三倍になるが、出来上がるのは予測不能のミックスジュース。もちろんホロウボースがエギオンからできる以上、それはつまりエゴの塊。三人のエゴを混ぜれば素直にミックスジュースになってくれれば、それはまぁいいのだが。もちろんうまく行くはずもない。憎怨に入るまでの集中もバラバラであったし、今生まれている鎧武者の式神が。
「弑ィィィィィイイイ!」
暴走するのも必然だ。三人のホロウボースを混ぜているので呪詛の総量はそこそこ。愛三なら片手も動かさずに処理できるが、それもつまらない。鎧武者は手に持った剣で結界を切り裂いた。おそらく誓約の適応外。この結界において式神を結界外に持ち出さないと誓約したのは愛三と吉備マルコだけ。残り二人には適応されず、鎧武者のホロウボースは三分の二が誓約を受けてないホロウボースなのだ。
結果、三つの思考が混濁した鎧武者が暴走し、最も手近にいる吉備マルコならびに迷彩で透明になっている二人に襲い掛かる。
「うわ! 来るな! お前の敵はあっちだろう!?」
「ひいいい!」
「聞いてない! こんなこと!」
吉備マルコ。並びに仲間二人。スットコトリオは近場にいるというだけで、鎧武者の襲撃対象になった。呪いでどうにか出来んのかとは思ったが、そもそも三人がそこそこのホロウボースを込めたので、つまり総合的には三人を上回っているわけだ。それこそ残りのホロウボースを全力で使って、自意識を損耗させて、ようやく五分、といったところか。
「弑ィィィィィイイイ!」
だが暴走した鎧武者が、そこを把握するはずもなく。
「そこまでだ」
八尾のキツネと茶釜のタヌキが、顎を開いて肩と足に食らいつき鎧武者を止める。
「不正の申告についてはどうなるんだ?」
一応審判ありきで進行されている。既にバレているが、吉備マルコは一対一の決闘に助っ人を二人要していた。
「あー。規定違反で負けっすねー」
そんなわけで決着はついた。だが暴走する鎧武者が消えたわけでもなく。
カッ! と八尾キツネが口から炎を吐く。それは灼熱となって周囲を焼き払う。
ただし観戦席は二重結界でさらに隔離しているので、問題は愛三とスットコトリオくらいだが。それでブスブスと狐火を受けてダメージの残る鎧武者へ松永久秀でもリスペクトしているのか。茶釜を装備したタヌキが自爆した。
自らの死を誓約に、強大な爆発を起こすと理論される自爆。
それによる爆発は結界内を優に焼き滅ぼし鎧武者を殲滅するのだった。もちろん吉備マルコたちは生きていたのだが、そのフォローに回った愛三はファントムペインに苦しむ羽目になった。




