23:百八愛三(女)
是が非でも。と鬼子に頼みつくされて、愛三は六波羅機関では女子で通すことになった。もちろんそのことに誰もが何をも思わないはずもなく。
「なん……だと……?」
「おっぱいがある……」
「いや待て。あれが俺らの憎んだ百八愛三だというのか?」
バインボインと胸を揺らして学校生活を送る愛三に、見惚れるように驚愕する六波羅機関の男子一同。愛三の性別が女子で、ついでにHカップで、お尻が九十をオーバーしているとなれば、彼らに文句のつけようはなかった。
犬養部マオ。猿飼部頼光。鳥取部ツバサ。
裏鬼門御三家を従える絶対のご主人様。たわわな胸を持つかしまし娘を一人の男子が独占していれば、それは呪う対象にもなるだろうが、これは女子であれば話は変わる。
「……ご主人様」
「お荷物お持ちします」
「講義はどうします? 単位はこちらで出しますが……」
巨乳の女の子に巨乳の女の子が付き従う。それは百合と呼ばれる領域で、まるで背景に百合が咲き誇るような清澄な空気が流れる。
「俺は愛マオ派だ」
「いや愛頼こそ正義」
「何を言う。愛ツバの教師と生徒の百合こそ至高と言い切ろう」
そんなわけで、女子バージョンの愛三は受けが良かった。男子だと髪の毛を採取しようとする嫉妬マンが立て続けに量産されていたが、女子だとむしろ好意的というか。
そうして尊い瞳で愛三とかしまし娘を見る男子生徒。その股間を刺激しつつ、無自覚にファンを増やしている愛三。たまに巨乳故に肩が凝って、ポヨンポヨンと胸を持ち上げると、その様を見た男子がトイレに駆け込んだ。何をしているのかは言うまでもなく。
それとは別の人間もいた。
「はーっはっはっは!」
ちょっと印象が強かったので、愛三は彼を覚えていた。
吉備マルコ。
呪術旧家、吉備家の御曹司で、桃太郎の子孫……とされているが、正直同名の別血統ではないかと睨んでいる。
「おい。下郎。貴様に俺様に傅く権利を授けよう」
愛三に哄笑をかまして、それから服従するように吉備マルコはいう。
「いえ……遠慮する」
もちろん愛三にはノーセンキューだ。そもそも吉備マルコに付き従って得られるメリットがない。
「なにぃ?」
だが吉備マルコにとっては愛三が彼に従うのは決定事項らしく、眉を顰める。
「この吉備マルコに仕える栄誉を下賜しようというのだぞ?」
「求めてないし」
愛三にはとてもではないが、誰かに仕えるという感覚が理解できない。かしまし娘に仕えて貰っている立場ではあるが、それでも止めていいなら別にいいとは彼も言っていた。
「俺様の奴隷になればいい目に遭わせてやるぞ?」
「例えば?」
「その女体をたっぷりと可愛がって……」
ヒュン、と風が鳴った。下世話な言葉を使いながら、愛三の胸を揉もうとした吉備マルコの首にロープライスロープが突き付けられる。それで死の悪寒を感じた彼は、頼光に下世話な視線を向ける。
「ご主人様に剣を向けるとは。サルらしい軽挙だな、雷光頼光」
「貴様を主に持ったつもりはない。ご主人様の胸に触るな。それは我らでさえもシャングリラに相当する」
頼光だって許されるなら愛三のHカップを揉みたい。ボインボインに揺れる愛三の巨乳は、心の底から仕えている頼光をして、その性的感情からの脱却を不可能としている。頼光が愛三の胸を無制限にプニョンプニョンと揉めたら、それはどれだけいいことか。
「俺様は吉備マルコだぞ?」
「だから何だ」
あっさりと切り捨てる頼光。彼女にとって吉備家など、思惑するにも値しない。
「本来であれば俺様が裏鬼門御三家のご主人様であるはずだ」
「二千年前の呪いに執着する理由はない」
そもそも頼光を救ったのは吉備マルコではなく愛三だ。
「俺様が温羅を倒すとしてもか?」
「お前じゃ無理だ」
だからあっさり、頼光は言った。吉備マルコの術式は知らないが、それでも伝説の鬼である温羅に勝てるとは頼光は思っていない。その可能性があるのは、あるいは愛三のように飛びぬけて異常である人材だけだ。
「ではどうすれば俺様を主と認める?」
「そうだな。独力で温羅を倒せば、その時は考えないでもない」
「言ったな?」
「考えないでもない……だ。今更貴様に期待することなど何もない」
それは裏鬼門御三家の総意でもあった。
「ご主人様。もう行きましょう?」
「まぁ頼光が言うなら」
そんなわけで愛三は頼光についていく。
「では決闘だ」
その彼に、吉備マルコがそう宣言した。
決闘。
六波羅機関でそれを言うのは学則上認められているが、それでも普通は発しない。所属している生徒が呪術師であることを加味して、負けた時のリスクが大きすぎる。
「俺様の決闘を受けろ。逃げるとは言うまいな。百八愛三」
「いや。やるのはいいんだが……お前様……」
純粋な戦闘力では愛三ははるか上だ。それをそのまま言うわけにもいかないのだが。
「つまり実力差を考慮した何かが求められるわけだ」
となればそんなに思案はないわけで。
「式神を使った決闘をしようぞ」
そういうことに相成る。形代を使った式神使役術は呪術師にとっての基礎である。それを使った決闘も無いではないだろう。
「勝負だ愛三! 俺様が裏鬼門御三家の主人に相応しいと証明してやる!」
とは申せども。何をどうすればいいのか。
「つまり、ボコボコのボコ?」
「やっちゃってください。ご主人様」
「えーと。ご主人様?」
そこでマオとツバサも合流する。愛三と吉備マルコの決闘。それを聞いて、
「あー」
と納得する二人。
「言っておきますけど、私たちのご主人様は百八愛三様以外にあり得ませんから」
「……そもそも……吉備家なんて」
鼻で笑う程度の感慨だ。
「ご主人様も受けなくていいんですよ?」
「とはいえ学生のモチベーションを損ねるのもな」
実際に愛三にとっては、分かり切った結果に相違ない。別に驚異的でもないし、困惑するほどでもない。まさに遠慮すべき案件だ。
「この俺様を舐めているのか……?」
「言うて俺に警戒してほしいならもうちょっと研鑽を積んで欲しいと言いますか」
彼にとって吉備マルコは警戒に値しない。そこにどういう意味があっても、決闘という極限の環境の中で後れを取るほど無作法でも無いつもりだ。彼にとっては勝って当たり前の結果。であれば、そもそも警戒にも値しない。それを感じているが故に、吉備マルコは不和によって愛三を憎悪するのだが。