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20:呪術界のテクニカルターム


「温羅……ね」


 ポツリと呟く愛三。入学式で鬼子が言っていたことを思い出す。温羅を祓った人間に忠誠を誓うと。それを真に受けた六波羅機関の学生は、我が討たんと活性化している。そこまで読んで彼女が宣言したのか。そうすると屍の山が積み上がるような気がするのだが。


「聞いていらっしゃいますか? ご主人様?」


 人の心配をしている場合ではなかった。六波羅機関本校の教育棟。さすがに学生なので勉強もしなければいけない。そのために造られた教育棟で、愛三は呪術の基礎を習っていた。正確には学術的知識なのだが。


「呪術の正式名称は何でしょう?」


「知らん」


「ちゃんと講義を聞いてください。本来、呪術は正式名称を主我従梵理論術と呼ばれます。つまり我によって梵を従える。自我で世界を意のままに操る術を総称して呪術と呼んでいるわけですね」


「すっげえ無茶苦茶に聞こえるんだが」


「ご主人様がそれを仰いますか?」


 主我従梵理論。それによって我を主として梵を従える。結果、自意識に望むままに世界を変容させる。


 とにかく愛三は呪術こそ最強なのだが、その基礎知識が足りていない。実戦試験は高得点だったが、筆記が最悪なのは学校側も懸念しており、個人授業が行われていた。講師は鳥取部ツバサで、これは彼女が愛三の指導を引き受けたが故だ。教室には講師としてツバサが立っており、席に座っているのは愛三とマオと頼光。マオと頼光は愛三をサンドイッチするように座ってニコニコしている。


「これを最も端的に表しているのが、ご主人様の梵我反転です。言っている意味は分かりますよね?」


「……あー」


 だなぁ、と彼も納得する。胎蔵領域を広げることで自我を世界に重ねる呪術の奥義。梵我反転による反転領域は、つまり術者の自我がそのまま世界に適応される御業の典型例と言える。


「あれは呪術というシステムにおける最も根源的な理解の一端です。胎蔵領域……というのは京八流が使っている用語で、現代呪術ではこれをフィールフィールドと呼称します」


「フィールフィールド」


「そのフィールフィールドを展開して直接世界を改竄するのが梵我反転。ただこれは呪術の基礎とはいえ、扱える人間は限られています」


「そうなのか?」


「まぁご主人様が異常なのは私たちも知っているんですけど」


 本来ならサメより早く泳げと言われるような無茶ブリだ。可能か不可能かなら可能性の問題としては可能だろうが、出来るわけねーだろ……という問題。


「その胎蔵から少しだけワンクッションを置いて、間接的に世界を変質させるのが一般的に言われている呪術です。その本質はフィールフィールドを構成するエギオンをシステム上のソフトウェアで着色して術者独自のメタエギオン……通称ホロウボースに変換して呪術のエネルギーとするわけです」


「エギオンとホロウボースってのは?」


「衆妙門から供給される生命の自我の根幹。プログラムにおけるセマンティックとして存在する自我を構成する粒子が、つまりエギオンです。エゴの粒子なのでエギオン。つまり個体の意識を支えている粒子ですね」


 つまり人間の意識の根源。


「で、ホロウボースっていうのは」


「エギオンにシステム上の特性を付与して、世界に干渉できるように着色した粒子です。目の前にリンゴがあって、それを取りたいと脳が思っても、脳だけでは実現できない。なので物理学では手を伸ばしてリンゴを取る。呪術学ではこの脳がリンゴを取りたいと思ったら、ホロウボースによって実現する。さっき言った主我従梵理論です。意識そのものを現実世界にコンパイルして、そのシステムによって望みを叶える、という意味において」


 さっきからセマンティックとかコンパイルとか色々言われているが、それもツバサは愛三に説明していた。実感は難しいだろうが。


「なのでこのエギオンをホロウボースに変換できる人間を我々は呪術師と呼んでいるわけですね」


「え? 普通は出来ないのか?」


「まぁ」


 一般的にエギオンをホロウボースに変換するには人為的なトランス状態へと移行せねばならない。これを憎怨ゾーンに入ると呪術学では言うのだが、元から先天呪詛を持つ人間は普通にこれが出来る。これが出来ない人間が一般人になり、なんで出来ないのかと言われると、そもそも何で出来るんだよという反論が飛んでくる。言ってしまえば自意識だけで世界を変質させようという呪術師の方が異常なのだ。


「えーと。じゃあ一般人ってどうやってカーステラーから身を守っているので?」


「基本的に殺鬼人さつきじんのお仕事になりますね」


「さつきじん?」


 また愛三の知らない専門用語が飛び出した。


「殺人鬼って知ってます?」


「殺人を起こす異常精神だろ? またはその実行犯」


 まぁ間違ってはいない。


「いわゆる人を殺す鬼が殺人鬼です。なので殺鬼人は鬼を殺す人を指します。端的に言って我々のことです。六波羅機関は呪術師を育てることを目的にしていますが、つまりそれはカーステラーの駆逐が目的。けれどそれだけじゃなくてサムライと呼ばれる剣一本でカーステラーに立ち向かい存在もいます。剣を使う人間。呪術を使う人間。とにかくこれらカーステラーを祓う存在を総合的に殺鬼人と呼称するわけです」


 そもそも呪術師は先ほど述べられた通り根本的に希少だ。どちらかと言えばサムライの方が多いのが実状である。愛三も剣を振るうことはできるが、本来の日本帝国における剣術とは呪術を使えない人間が殺鬼人として務めを果たすための代替技術なのである。実際に六波羅機関には剣術を軽視する呪術師というものも一定数いたりする。


「なので、フィールフィールドからエギオンを取り出してホロウボースに変換。これを伝死レンジの範囲内で世界へと干渉させる。これが呪術を言うわけですね」


 今更だが。説明されてもよく分からないが、感覚的に愛三は呪術を使える。ホームランバッターが、どうやればホームランを打てるようになるか凡人に説明しろと言われているようなものである。打てるのだからしょうがないとしか言えない。


「ふーん」


「……ご主人様には……必要な講義ですね」


「そもそも呪術への根源的理解でご主人様に敵う人間はそういないでしょうし」


 隣に座っているマオと頼光もそう語る。


「ちなみに、その理屈で言えば、脳ってのはどういう立ち位置になるんだ?」


「衆妙門から供給されるエギオン。それによって構築されるフィールフィールド。これを肉体情報にコンパイルするのが脳の機能です。つまり人間は意識そのものをエギオンからの演算によって作り出しているのですが、その意識を肉体に適応させるにはシステム上のコンパイルが必要になります。リンゴを食べたいと思っても肉体が動かないことにはリンゴを齧れない。この食べたいという意識がエギオン。実際に食べるのが肉体。で、エギオンで生まれた意識を肉体に翻訳しているのが脳です」


「じゃあ頭を破壊されると死ぬってのは?」


「単純です。ソフトとハードが並列しないことによる機能不全です」


「なるほど」


「鬼の一部に幽霊が分類されるのはこれです。ホロウボースがそのまま独立したシステムとして具現しているわけですね」


「あー。結局俺の言う呪詛っていうのがホロウボースになるのか」


「その認識で間違いないかと」


 その呪いが振りまかれているが故に、日本は呪詛大国となっており、外国から恐れられてもいるのだが。


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