02:裏鬼門御三家
「…………」
あれから七年。鞍馬山で過ごした愛三は、その生まれ持った能力を行使して宙に浮かんでいた。山の樹々が鬱蒼と生える空間で、その樹々の合間にある空間で、宙を踏んでいる。その彼目掛けて襲い掛かる影が四つ。漆黒の羽を羽ばたかせて、愛三を襲うカラス天狗。
「御免!」
八角棒を手に持って、それを振り回すカラス天狗。その一撃一撃を木刀で弾いて、アクロバットな動きを見せる愛三。空間を踏んで跳躍するのは既に織り込む済みなのか。天翔を鮮やかに行使している愛三を、カラス天狗は憧憬で見ていた。
「ほい。ほい。ほい」
その一撃を受け止められたカラス天狗に木刀で打ち返すと、彼らはヒュルルと鞍馬山の腐葉土に落ちていく。
「わはは。俺の勝ちだな」
そうして鞍馬山でたくましく育った百八愛三は、無念なりしカラス天狗にニィと悪戯な笑みを向ける。
「はぁ。参るぜまったく。たった七歳でわしらを追い抜くとは」
「相性が良かったんだろ。たしかに剣術は愛三に向いている」
「わっはっは」
そんなわけで鞍馬山で過ごしている愛三は、立派に剣術を獲得していた。
その愛三の結界を抜けて、一人八角棒を向ける人間。シャナだ。
「ほれ。油断大敵」
コツンと八角棒で愛三を叩いて、反省を促す。
「師匠……」
「カラス天狗どもに勝ったくらいで増長するなじゃ。お前より上はまだまだおる」
「ていうかどうやって俺の結界を抜けるんだ……」
カラス天狗を打ちのめした後も結界は解除していなかった。知覚領域をすり抜けて愛三の頭を八角棒で打つ。その能力が異常だと言える程度にはシャナは常識を逸していた。
「さて、じゃあ呪術の勉強じゃが」
剣術と並列して呪術の勉強。それも愛三に求められる教養だった。なにせ愛三の呪術である陰陽二兎は使うだけで異常と言える呪いだ。その扱いをシャナが教えるのも妥当と言える。
「フッ!」
呪術の授業と言いながら、八角棒を振るうシャナ。
だが。
「反転」
その八角棒の一撃を愛三は反転させる。
三次元反転防御。
それを今の愛三は習得している。
「シィ!」
その愛三目掛けて、シャナが八角棒を振るう。それらの打撃全てを反射して、迎撃する愛三。
「反転系の呪術……陰陽二兎。完成と見てもいいんじゃろか?」
「まぁ。だな。師匠が何を以て完成とするのかは俺は知らんのだが」
「恐ろしいまでの性能じゃの」
もう一つ。愛三には別の呪術がある。
「一篇一律の方はどうじゃ?」
「あー。ユルキャン」
腰に差している愛刀を愛三はシャナに見せる。
「この通り。物質化しておるぞ」
一篇一律の呪術を物質化した愛刀。ロープライスロープ。それを彼は刀として具現していた。刃に触れた術式をキャンセルするその呪術は例えるなら劇薬に近い。呪術による攻撃も防御も、ユルキャンの前では無意味に過ぎる。それを適正化するのは、愛三に求められる技術の一端だった。
「きさんの技術はほんに……」
そこで苦笑して、シャナは八角棒を納めた。
「もうやらんのか? 師匠……」
「今日は客を呼んでおる。愛三にも接客してもらうぞ」
「客?」
クネリ、と首を傾げる愛三。そうして人が訪れるなど珍しい鞍馬山に、三人の女性が現れた。
「どうもですよ。今日から一ヶ月お世話になります!」
快活な女性がそのように挨拶した。もちろん愛三にはポカーンだ。そもそも鞍馬山にいるのはシャナとカラス天狗だけなので他の人物を見たのがほぼ初めてだった。
「えーと。ども」
「そちらは?」
少し年齢をいっている女性が愛三を見る。その意味を愛三は普通に理解する。この鞍馬山にいるのは鬼一法眼と、その使い魔であるシャナ。後はカラスが呪いで変じたカラス天狗だけだ。愛三がいることが変だということは分かっていた。
「どうもですよ。私は鳥取部ツバサと申します。よろしくです」
そうして年齢が上の女性……鳥取部ツバサは愛三に握手をする。
濡れ羽色の女性だ。どう見積もっても成人しているだろうが、思ったより若い印象。おそらくだが内部の年齢ほど外見年齢が時間を数えていないのだろう。
「あ、ども。百八愛三っす」
「愛三くんね。よろしくですよ~」
そうして気安い鳥取部ツバサと挨拶をして、それから残り二人に視線を向ける。
青色の髪と、赤色の髪。
ふたりとも愛三と同じくらいの年齢の幼女だ。
青色の髪の方は、全てを拒絶する暗く沈んだ瞳を持っており、赤色の髪の方は、不貞腐れるようにツンと突っ張っていた。
「じゃあ紹介します!」
その空気を読んだのか。鳥取部ツバサが他己紹介をする。
「青い髪の方が犬養部マオです。犬養部の御令嬢ですね」
「はあ」
それに渋々と納得して、愛三は赤い髪を見る。
「こっちの赤い髪は猿飼部頼光です。ダブルネーミングを持つ猿飼部のエースです。しくよろ!」
よくわからない他己紹介に、頷くことしかできない愛三。だが、マオと頼光が何か不貞腐れるだけのものを持っていることは分かった。
「よろ……しく……?」
困惑しつつ、マオと頼光に手を差し出すが、相手から応答は返ってこなかった。世界そのものが敵だとでも言わんばかりに、マオと頼光は全てを拒絶していた。
「で、これをどうしろと?」
愛三がシャナにそう問うと、ニコッとシャナは笑んだ。
「何とかしろ」
何とかしろと言われても、そもそも相手の側が歩み寄るアドバンテージを放棄しているのだが。
「それを解決するのも愛三の役目じゃ」
「つまり何とかしろというわけで?」
「そうじゃ。何とかしろ」
無茶を言っていることを承知で、だがシャナは愛三に何かを求めている。それが何かを今の愛三は認められないのだが。
「とにかく歓迎しますよ。犬養部さん。猿飼部さん。鳥取部さん。鞍馬山にようこそ」
とにかく歓迎するより他にない。
そう思って、愛三は笑顔を見せる。
「……………………」
「……………………」
だがマオと頼光はとてもでもないが笑顔にはなれなかった。
「うーむ」
それをどうしたものか。悩む愛三こそ滑稽で。