19:入学式
六波羅機関の入学式は、新入生が全員集まる貴重な機会だ。何せ呪術師に求められるのはカーステラーへの対応と、その鎮圧。六波羅機関に所属すれば、一種の戦力として見られ、カーステラーを祓うことを求められる。あくまでこの校舎でやることは一部に基礎教養の授業と、戦闘訓練のみ。学内イベントの類もなく、それこそ六波羅機関に所属したという名目で呪詛大国日本を飛び回って呪詛を祓うことになる。
「へー」
というのが愛三の感想だ。彼自身カーステラーという単語を知ったのが最近で、まぁ要するに鬼霊化夷のことだと知っている。だがシャナとの修行では死ぬ目に遭ってきているし、一部狂骨や鵺と言ったカーステラーとも戦ってきている。呪術を用いて戦闘をするという行為には別に忌避感はなかった。
「では、新入生代表のスピーチに移ります」
言われて大講堂の教壇に立ったのは愛三の知る人物だった。入試でお世話になった日本鬼子だ。彼女が首席だったのか、とは思うが、よく考えれば納得もできる。実戦テストでは五点という高得点を取っていたし、その自負にも確信に似た何かがあった。愛三と違ってペーパーテストも好成績だったのだろう。彼女が首席であるというのは十分に納得できる話である。
「この春より六波羅機関に所属できることを新入生一同、光栄に思います。その代表として弁舌できる栄誉。これに勝るはありません」
ツラツラと愛三が眠くなるような無難すぎる弁舌が続く。だがその終盤で少し事情が変わった。
「これは確信なのですが、この東京で温羅が目覚めます」
ん?
あっさりと言った彼女の言葉に、愛三の耳が反応した。温羅と彼女は言った。それは桃太郎によって語られる伝説の鬼のことだろうか。
「私はそれを鎮めるために東京に来ました。ですが調伏できるかは運否天賦だとも思っております」
そこで大講堂の生徒らがざわつく。伝説の鬼、温羅。
「なので六波羅機関でスピーチできる栄誉に便乗して言わせてもらいます。温羅の討伐に力を貸していただけないでしょうか。これだけではメリットがないでしょうから、ニンジンをぶら下げましょう。温羅を討伐してくれた呪術師に私に忠誠を捧げます。忠誠応酬の儀式を行いましょう。あくまで私以外が温羅を誅しえたのなら……という前提ではありますが」
温羅が復活する。その温羅を祓った人間に鬼子が忠義を捧げる。大きく分ければこの二点が聞くべき内容だった。
「では新入生代表のスピーチを終わらせてもらいます。ご清聴ありがとうございました」
そうしてスピーチは終わり、それからグダグダと入学式は続く。それら全てのプログラムが終わって、新入生が講堂を出る。愛三が外に出ると、マオと頼光とツバサが待っていた。
「……お疲れ様でした……ご主人様」
「何もいい事なかったですよね?」
「とりあえず、まずは講義を受けていただきたいのですが……」
そもそも鞍馬山に引き籠っていた愛三には常識がない。呪術に関してのテクニカルタームも知らないのが現状だ。というわけで六波羅機関では非常に珍しいが、呪術の講義を受けなければならなかった。実際に入試のペーパーテストも散々だったので、取得単位の数は他の新入生よりも多い。というか実戦テストで五点も取っているので、呪術師としての戦闘力そのものはもはや新入生の中で突出しているだろう。同じ点数はそれこそ十人未満だという事実を踏まえれば、今すぐ実戦を割り振られても問題にならない。
「その前に」
パン、と頼光が一拍した。
「一手所望できませんか?」
架空の刀を仮に握るような所作をして、頼光がそう言ってくる。講義そのものは入学式当日にしなくてもいいし、これから寮部屋の割り振りもある。午後は引っ越しの時間に割くとして、入学式から昼食までの間に、頼光が模擬戦を所望するのも理解は出来た。
「ふむ」
六波羅機関に多く造られている道場。木板の床が広がる、まぁ端的に言って剣道場めいた建物の中。木刀を握って愛三と頼光が対峙した。
互いに構えは中段。だがその広がる結界には隔絶した差があった。そしてそれを認識できるだけの技量を頼光は我が物としていた。
「こ……れは……」
愛三は頼光にとって京八流の師でもある。古流剣術としては最古も最古。もはやその技術は時代遅れもいいところ。愛三が鞍馬山に引き籠って剣術と呪術を磨いている間に、頼光は現在の剣術を練りに練っていた。そもそものパラメータが異常すぎる愛三に対してアドバンテージを得るなら、それは新しい流派の剣術でしかあり得ないと。
だが結果は違っていた。
木刀を中段に構える愛三。その展開する結界の広さが常軌を逸している。構えから見て取れる、その空間アトラクタはもはやジョークの域に達していた。広すぎるのだ。こうして目の前で木刀を構えている頼光でさえ、一撃入れる想像が出来ない。というか仮にだが目視距離内であればスナイパーライフルで狙撃しようと、当てられる気がしない。
剣術における結界は、呪術の結界とは意味合いが違う。
呪術における結界は、呪いの効果を限定された空間に付与する技術を指す。
だが剣術における結界は、言ってしまえば制空権に近い。どれだけの距離からの対応ができるか。どれだけの距離からの攻撃なら認知されないか。その効果範囲の広さを指す。その意味で剣術における愛三の結界は、もはや以上も極まる。
「えーと。ご主人様」
流石にそのままで模擬戦をしても勝負にならない。そう察した頼光は提案した。
「呪術使っていいですか?」
「まぁ構わんが」
それをあっさりと首肯する愛三。許可をもらったことで頼光は自らの呪詛を解放する。終天呪詛、雷光頼光。雷を我が身に具現化することで雲耀の体術と、触れたものを感電させる呪いを得る。それでようやく、愛三の結界が常識内に収まる。それでも一般的には以上と言える広さだった。そもそも自分が何と対峙しているのかも頼光には疑問なほどだ。
「参ります!」
言った瞬間、頼光がブレた。残像が消える。そう思った瞬間には側面に回った頼光の木刀が愛三に受け止められていた。
「あの時より早くなっているな。良き良き」
電光石火の速さの頼光の剣を、素で捌き切る愛三の能力が異常極まる。
「クッ!」
さらに加速する頼光。その縦横無尽の剣を、軽やかなステップでいなし、躱し、受け止める。さすがにその場から一歩も動かないということは無理だが、それでも彼の結界の認知能力は有り得なさ過ぎて、その効果範囲外の攻撃を頼光は具現できない。
「……す……すごい」
「これほど……」
マオとツバサも愕然としていた。剣に覚えはなくとも、いくつかの修羅場を潜ってきた二人にもわかってしまう。雷光頼光を起動している頼光の剣を、ただのフィジカルでここまでいなす愛三の常軌を逸した剣について。
キキキキキィン! カカァン!
一拍子に八回の剣。もはや人の理を超えた剣を振るう頼光の、その秒間で三十を超える斬撃の全てを愛三は受け流す。剣を得手としていても、ここまでの練度はそう見ない。
「ほい」
で、焦った頼光の隙をついて、コツンと彼女の頭を木刀で叩く愛三。速度が上々であるのに、頼光が痛がっていないところを見れば、つまり速度の面において加減をしたという話になる。示現流における雲耀の速度を具現化した頼光の剣を相手取って、なお手加減した剣の振るいを見せるだけでも愛三の能力の深淵が伺える。
「ありがとう……ございました」
「ま、さすがに剣の腕ではまだまだ負けんよ」
ニカッと笑って、不出来な弟子に威厳を見せる愛三だった。




