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17/62

17:八年ぶりの再会


「あー。ダメ。もー。ダメ」


 試験が終わって、結果発表。その一週間、愛三は六波羅機関でバイトをしていた。チマチマとした形代作成や、式神の生成など。モグリの呪術師でも出来ることはある。最初にシャナから貰った金も百万円で、東京で暮らしていくにはちょっと心許ない。試験に落ちれば鞍馬山に帰るだけだが、その場合はシャナからこってり絞られるだろう。とはいえ愛三の側にも反論はあり、せめて入試内容くらいは事前に勉強させてくれと言いたかった。素で臨んだ愛三にも責任が無いとは言えないのだが。


 一日一万八千円。それで六波羅機関でバイトをし、金を得るとホテルで飯食って寝る。朝起きて素振り一万本をした後、また六波羅機関に、というルーチンで生活をして、結果発表。


「えーと632……632……」


 受験者そのものは千人に満たない。そもそも呪術を使う人間が数える程度にしかいないのは日本国民なら誰でも知っている。其の十分の一が六波羅機関に入学でき、さらにその十分の一が呪術師として立派にやっていく素質を持つ。


「632……あった」


 奇跡だと思った。たしかに実戦テストでは五点取ったが、筆記テストは散々だったのだ。面接もあまり芳しくなかったので、これは落ちたなと覚悟していたのが存外思ったより世界というのは気楽に出来ているらしい。六波羅機関に入学すれば、全寮制なので住居には困らないし、バイトをすれば金は入ってくる。さすがに鞍馬山と違ってシカを狩って捌く真似は出来ないが、思ったより美味しい料理が都会には多い。ここ一週間は庵宿区に展開されている飯屋を片っ端から品定めしていた。愛三にとって料理とは美味しいか食べられないかの二択しかないので、立ち寄った店の料理は全て美味しかった。唐揚げ。チキン南蛮。ソバ。うどん。天ぷら。焼き鳥。もんじゃ。初めて食べる食事は全てキラキラしていた。そう言う意味では東京に来てよかったと思える。というか十五年も山籠もりをしていたことが現代人としては異常なのだが。


 そうして自分の合格を祝おうとしたところで、周囲の受験者たちの一喜一憂がどよめきに代わった。全員が同じ方向を見ている。そっちに愛三も視線を向ける。久方ぶりな顔が揃っていた。青色の髪の犬養部。赤色の髪の猿飼部。濡れ羽色の髪の鳥取部。三人とも美少女に成長しており、その異質な髪色が無ければもしかしたらわからなかったかもしれない。顔も憶えてはいたので、全く分からないことは無い……としても。


「裏鬼門御三家だ……」

「え、それって六波羅機関の学生最強の?」

「超エリートの呪術旧家だぞ。その才能だって計り知れん」

「っていうかあの可愛いと美しいのコンボがたまらないんだけど」

「三人ともおっぱい大きいし」


 確かに実ったよなぁ、と愛三も思っている。制服越しに突き出している胸部が、性的な観点から言って直接的な暴力だ。その三人の前に立つ一人の男。おそらく染めているのだろう金髪のキザな印象を持つ男が、空を仰ぐように胸を逸らし、まるで何の負い目もないとばかりに三人の前に立った。


「よくぞそこまで練り上げた! 裏鬼門御三家! これよりは桃太郎の血を引くこの俺様! 吉備マルコに誠心誠意仕えることを許すぞ! 俺様もこうやって六波羅機関に入学できたのであるからな!」


 どうやら吉備きびという呪術の家があるらしい。ちなみに実際の血統がどうであるかは確認しようがないが、本当に桃太郎の血筋であればいと貴き御方の傍流の血筋でもある。


「つまりあの吉備家の血筋が裏鬼門御三家の令嬢たちの主人?」

「う……羨ましい」

「誰かアイツの髪の毛を採取しろ。丑の刻参りをやる」

「じゃあ俺は爪を採取して呪病にかけるところから……」


 そんなわけで吉備の家が本当なら、たしかに裏鬼門御三家は従わざるを得ないのだろう。まぁ吉備という苗字も珍しくはあるが唯一無二ではないのだから。大変だなぁ、と愛三が思っていると、三人は吉備マルコの宣言が聞こえていなかったのか。歯牙にもかけずスルーして、そのまま合格発表の群衆へと近づいてくる。


「……へ?」


 偉そうに宣っておきながら、あっさりと御三家にスルーされた吉備マルコは、そうして惨めな空気の中、彼を通り過ぎたかしまし娘を目で追う。その三人は愛三の近くまで歩いてきて、それから恭しく膝を折り、頭を下げ、拳を地面に突いて、傅いた。


「……御入学おめでとうございます。……ご主人様」


「この時を一日千秋の思いでお待ち申しておりました」


「私たちはあなた様の忠実なる下僕。如何様にも御命令をお待ちしております」


 その愛三に傅いた三人と、


「あー……」


 すっごい反応に困っている愛三。既に周囲の愛三を見る目は驚きというか。ユーマでも発見したようなソレになっている。ツチノコを見つけてもここまでの反応にはなるまい。


「元気だったか?」


 辛うじて、それだけ聞いた。


「……ご主人様の加護あればこそ」


「まだご主人様の影も踏めてはいませんが、それなりの成長は出来たかと」


「偉大なりしご主人様。これより私たちをお導きください」


 もはや裏鬼門御三家が誰に忠節を尽くしているのかは、ここに決定した。さらに合格発表を見に来た元受験生らが騒めきだす。


「……ご主人様が首席でないなどと。……運営側も耄碌したものです。……ご主人様がお許しいただければ……拙が合否判定をした教師の首を刈ってきますが?」


「是非止めて」


 愛三にとっては悪夢に等しい。自分を主席にするためだけに人が死ねば、その罪悪感はいかばかりか。


「ご主人様。まずはご命令を。ボクたちはここで脱いでも問題ない程度にはご主人様のご命令に忠実でありますれば」


「それも是非止めて」


 別に常識に囚われて言っているのではなく、かしまし娘の裸体を他の人間に見せたくなかっただけなのだが。


「待てー!」


 とりあえず傅かせるのも止めさせようと、スタンダップの命令を出した愛三。許されて初めて立ち上がった三人に、背中から声がかかる。


「?」

「?」

「?」


 ツッコミ一閃。不条理をそのままにしておけない政治的意図を感じて、迷惑に飛び回る羽虫でも見るように、三人は吉備マルコを見た。


「なんでそんな奴に忠誠を誓っているんだよ! お前ら裏鬼門御三家だろ! 真に仕える主がちゃんといるだろ!」


「?」

「?」

「?」


 お前は何を言っているんだ。まさにそんな顔つきだった。そもそも吉備マルコの言っていることが日本語として理解できていない……とでも言うかのように。


「そうだ! 俺様だ! 吉備の名を持つ俺様こそがお前らの真の主だ! 俺様に傅け! そして無礼を働いた謝罪にこの場で脱げ! ストリップだ!」


「?」

「?」

「?」


 やはりかしまし娘には何を言っているのか分からなかった。そもそも羽虫にも等しい下郎の言うことを何故唯々諾々と聞かねばならないのか。既に彼女らには魂を捧げた主が目の前に存在する。それ以上の尊ぶべき事実が、他にあろうか。


「久方ぶりだな。とりあえず飯にでも行くか」


 交友を持つと疲れるタイプの御仁。そう理解して、愛三も吉備マルコの意見には無視を決め込んだ。東京には美味しい店が多い。まして三人が先輩であれば、地元の勘所は最近来た愛三よりも発達しているだろう。美味しい店を紹介してほしい。そのようにいうと、パァッと三人の顔が輝いた。


「ではご主人様の東京観光に私たちは全力を尽くします!」


「まずはラーメンで如何でしょう? 豚骨でも味噌でも塩でも」


「え? ラーメンって醤油味だけじゃないのか?」


「えーと。ご主人様。この八年、どう過ごしてきたのでしょうか?」


「八年前からあんまり変わってないな」


 猿飼部に案内されて知ったラーメン屋にはたまに顔を出していたが、それ以外はほぼ鞍馬山だった。


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