16:実戦形式の試験
「ではこれより実戦形式の試験を始めさせていただきます。まずは試験場をご覧ください」
と言われて広い総合グラウンドみたいな場所を愛三は見る。眼弑越しでもわかる結界が張られていた。おそらく実戦形式に関連したものだろう。そして渡された術式が適応されている式神の形代が三つ。おそらく呪詛を込めて式神として顕現させるのだろう。で、これを渡されてどうしろと。
「この試験では一対一で受験者同士競い合ってもらいます。互いに式神を出し合い、その相手の式神と自分自身で戦ってもらいます。ターン制で互いの式神と自分が戦った後、勝利の数だけ一点加算します。つまり式神が相手に勝ったら一点。相手の式神を自分で打ち破っても一点。一回の試合で最高二点を獲得できます。そうしてそれを三回続けてもらいます。組み合わせはこっちで指定しますので、呼ばれた生徒は指定された番号の結界へと入ってください。また試験外で形代にホロウボースを込めて顕現させるとペナルティがあるのでご注意ください」
「なるほど……ね」
大体試験の構造は愛三にもわかった。形代は呪詛を込めて式神を顕現させる物。それが三つ。六点を取るのはほぼ不可能だろう。式神を戦わせるのが三回。式神と戦うのが三回。計六回で全勝すれば六点。だが呪詛にも限度はある。なので形代に込める呪詛と、相手の式神と戦うための呪詛。双方を確保しつつ、それぞれ三回戦うので呪詛の分配も気にしなければならない。衆妙門から供給されるエギオンにも一定の量がある。一回で多くの呪詛を消費すると、二回目、三回目は極端に不利になる。また形代に呪詛を込めすぎても、今度は自分が式神と戦うときの呪詛が欠乏する。形代に三回。式神との戦いに三回。計六回の呪詛の込め方の分配を考えろという試験だ。
「面白いが……」
そもそもよく受験者の三倍の形代を準備できたなとは愛三も思う。まぁ言ってしまえば組織の力なのだろうが。
「百八愛三さん。五番の結界に入ってください」
「はーい」
そんなわけで、呼ばれて指示通りに結界に入る。
「では試験を始めます。まずは百八さん。形代の一つにホロウボースを込めてください」
「すんません。ホロウボースって何ですか?」
「呪詛のことです。家では横文字は使わなかったのですか?」
「ええ、はい、まぁ」
案に田舎者扱いされて気まずいが、シャナも悪意があって愛三を鞍馬山に閉じ込めたわけではないので、そこはスルー。そうして形代に呪詛を込める。現れたのは赤鬼。典型的な鬼の姿をした式神だ。ただし分類で言えば鬼には該当しない。器物……この場合は紙……が呪いで変化したカーステラーは分類では化に相当する。
「グルォォォオオオ!」
そうして一対一。相手が剣を握って赤鬼と戦う。そこまで呪詛を込めたつもりはないが、それでも相手は苦戦していた。しばらく戦いが続いて、結果赤鬼が勝った。これで愛三は一点獲得。今度は自分が二重結界内に入って、相手の式神と戦う。とはいえやることはそんなでもない。相手の式神は大ムカデ。要するに巨大なムカデだ。特に節足動物は嫌いではないので、あっさりと対処。顎を開いて噛みつかんとしてくるムカデを接触距離で止める。反転呪術を応用した擬似的な不動縛呪だ。差し出して左手でムカデの動きを止め、右手が閃くと、腰に差した刀が、構えもなく抜刀されてムカデの頭部を斬り飛ばす。呪いが解かれると、首の切られた形代が、その場にヒラヒラと舞い落ちる。
「はい。一回戦は終了です。二回戦に備えて休んでください」
「「ありがとうございました」」
二人が礼をして、試験場を離れる。
「ちょっと面白いのよね」
総合グラウンドの円周。正確には円ではないのだが、そこはツッコまないとして。隣に座っている鬼子が愛三を興味深く見た。
「俺はジンクス的に悪いんじゃなかったのか?」
「まぁ偏に言ってそう。けれど興味を引かれたのよね。さっきのアレは不動縛呪?」
「と思ってもらっていい」
具体的な説明が面倒な程度には愛三の不動縛呪は複雑だ。
「気付いてる? 試験管。点数を本部に送って精査してるのよね。一回戦で得られる点数は二点と一点とゼロ点。おそらく二点獲得者はそれ同士で戦わされるのよね」
「なるほどね」
「で、三回戦は四点同士、三点同士、二点同士って感じなのよね。あくまで勘だけど」
「それで?」
「四点取りなさい。私も四点取るから。あとは運しだいだけど、アナタの式神と戦ってみたいのよね」
「善処する」
そうして二回戦が始まる。後天呪詛で戦うタイプの呪術師だった。先に愛三が戦って勝利。ついで式神を顕現させて勝利。計四点を手に入れる。
三回戦目。
「本当に四点取ったのね。ちょっと挑発しただけなんだけど」
愛三の相手は愛三と同じく四点取った鬼子。互いに呪詛は消費しているはずだが、それによる消耗が見て取れない。というか愛三は呪詛を出し惜しんでいた。式神に使える呪詛には制限がないが、うっかり込めすぎると死者が出かねない。
「では先方。日本鬼子」
そうしてまず鬼子が二重結界に入る。
「百八愛三。あなたの呪いを込めるのよね。必ず私はその上を行くの」
と言われても。死者を出すのは本意ではない。というのが愛三の意見だった。
「六点欲しいでしょ? だったら全力をオススメするのよね」
「つってもなぁ」
まぁ死ぬ前に止めればいいか。ということで、呪詛総度の一割を形代に込める。現れたのは鎧武者。ただし周囲に与えるプレッシャーはもはや試験で試していいレベルを超えていた。ゾワワと背筋に走る悪寒。止めようとした試験官を止めて、これでいいと鬼子は言う。ニィィと笑みを深くする鬼子。求めていたモノを得られたかのような充足感を表情で表していた。その鎧武者がブレる。残像が消えたと思った瞬間には鬼子の側面に移動していた。振るわれる刀。ちなみに鬼子の方は無手だ。ヒョイと背筋を逸らして下段からの逆袈裟を躱す。その持ち上げられた刀が振り下ろされると、それを曲芸じみた動作でさらに躱す。鎧武者の刀の背を蹴って跳躍した鬼子は、そのまま鎧武者の頭部を蹴り叩く。吹っ飛ばされる鎧武者を見て、チョイチョイと四本の指を曲げる。かかってこいということだろう。鎧武者の動きは決して悪くない。それこそ他の受験者が受ければ死亡事故にも直結するだろう。つまり鬼子の動きが常軌を逸している。
「ヒハァッ!」
鎧武者の斬撃を躱して、その鎧に蹴りを入れる。叩きつけられるような連撃。呪詛で強化しているのか。それによって得られる一撃が、鎧武者を叩きのめす。というか術式を使わないのか。彼女が何かを持っているのは見て取れるが、此処で使う気はないのか。とにかく連打。
「結構呪詛込めたのよね」
「言うて然程でもないぞ」
適当にこれくらいかと思って込めている。遠慮は無しだという話だが、流石に死なれるのは困るのだ。場合によっては自分が救うべく動く立ち回りを考えていたが、まさに杞憂だった。
「はっはぁ!」
さらに振るわれる鎧武者の剣。それを躱し、すり抜け、いなし、そうして悉く蹴り穿つ。既に術師をやっていいレベルではない。これほどの身体能力は人が得るべきものではないのだ。まぁ愛三の場合は「お前が言うな」に該当するのだが。
「うーん。もうちょっと遊んでいいが、限界は見えたのよね」
そうして鎧武者の鎧に触れる鬼子。
「カースオン」
その手の平が滅びをもたらした。一瞬で劣化した鎧武者が、そのまま塵となって消える。
「収束系……」
「内容は秘密なのよね」
口元に人差し指を当てて、悪戯っぽく鬼子は笑う。




