15:六波羅機関入学試験
東京都庵宿区。
東京二十三区に該当しない番外区。そこはネロと呼ばれる呪いの吹き溜まり。呪詛が少しだけ他所より多いので、呪術を学ぶには向いている土地柄……らしい。まぁ言ってしまえば鞍馬山ほど呪いに溢れているわけでもないので、愛三にしてみれば「ふーん」程度でしかないのだが。初日は鬼子に連れられて六波羅機関の管理部に行って佩刀許可をもらった。ついでに受験の概要を聞いて、一週間後と言われて、そのまま出る。
そして一週間後。ちなみにそれまで愛三はホテルに泊まった。本人は野宿する気満々だったが、流石にそれはマズいと鬼子が止めたのだ。
「では設問の書かれた紙を配る。各々設問に答えること」
そもそも学校に行っていない愛三には予想外の試験だった。ああ、落ちたな、とまず真っ先に彼はそう思う。識字は出来るし、設問に書かれた問題文を読むことも出来るが、問われている内容は彼の認識を超える。
例えば。
『設問1、呪術の正式名称を答えなさい』
そもそも呪術に正式名称があるのか。
『設問3、呪術の六系統を全て答え、各々の特性を簡潔に説明しなさい』
えーと。反転と汚染と収束と……後は何だっけか?
『設問5、人間の意識を構成する粒子の名称を答えなさい。さらにその粒子を呪いに使うために変質させた粒子の名称も答えなさい』
人間の意識を構成する粒子って何?
『設問7、カーステラーを四つに分類しなさい』
カステラを四つに? プレーン味と抹茶味しか知らんぞ。
万事こんな感じだった。読んでいて何を言っているのかはわかるが、何を問われているのかはさっぱりだった。ちなみに呪術の正式名称は主我従梵理論術だ。梵我反転を例に出すのが最も簡単なのだが、自我でもって世界を従わせる理論を用いた技術。故に主我従梵理論術と呼ばれる。
「はい。そこまで」
ストップウォッチを持った監督生がテストを止める。
来るんじゃなかった
心底から愛三はそう思った。そもそもこんな試験があるなら先に言っておけよと思ったがシャナが適当なのは今に始まったことでもない。なんだよ。呪術の正式名称なんて知らねーよ。カーステラーってそもそも何。
「次は面接を受けてもらう。呼ばれた順に五人ずつ面接室に入ってもらうので、そのつもりで」
面接が何かは愛三も知っている。要するに偉い人と会話して適性を確かめてもらうのだ。もういいや、と思った。どうせ専門用語バリバリの圧迫面接だろう。自分に適応できるわけもない。
「次、――、――、――、日本鬼子、百八愛三」
「げ」
げって言った。今げって言った。とにかく面接室に顔を出す。
「失礼しまーす」
出来るだけ愛想よく。ついでに姿勢を低く。最初に気付いたのは異臭。五人全員がパイプ椅子に座って、面接が始まる。異臭の違和感が愛三をかなり警戒させる。眼鏡を外すべきか悩んだが、それでこっちの邪眼を知られても面倒ではあった。
「では面接を始めます。まずはカーステラーで最も強いと思われる存在を聞かせてください。右から順番に」
五人全員に同じ質問をする。というか平等に全員に答えさせる腹積もりだろう。他三人の答えは憶えていない。鬼子の答えは憶えていた。
「温羅だと思います」
桃太郎に出てくる鬼の名だ。温羅ねぇ、とそんな感想を抱く。で、愛三が答えたのは、
「すみません。カーステラーって何ですか?」
という面接の根本を揺るがしかねないすっ呆けた質問だった。
「…………」
面接官が意外そうな顔をした。そりゃ知っていなければならないのだろうが、知らないものは知らないのだからしょうがない。せせら笑う声も聞こえたが、それが鬼子じゃなかったので、とりあえずは無視。鬼子も驚いていたが、同時に納得もしていた。まぁこのインボクサーが何も知らないのも必然か、と。
「呪いにまつわる人類の脅威ですよ。モンスターと言い換えてもいい。鬼や竜、妖怪変化など日本には様々なカーステラーが存在するでしょう」
呪詛によって恐怖を与える存在。故にカーステラー。愛三が良く使っている鬼霊化夷という言葉の総称のようなものだ。そこまで説明されると彼にもわかった。もちろん無知すぎて論外という話もあるが、どうせ筆記試験で落選だろう。ここで気負う必要もない。
「鞍馬天狗」
なわけで自分が知ってる中で最も強そうな存在を語った。面接官が興味深げに愛三を見た。視線で会話しているのは分かる。もしかして見当外れの回答だったろうか。だが師匠であるシャナをして追いつける気がしないと言っているのだ。鬼一法眼の強さがわかろうというもの。
「では次の質問です。呪術を学んで、その果てに何を求めますか?」
これは面接らしい質問だった。三人とも意気込んで答える。何を言ったのかはすぐ忘れたが、耳障りのない答えだったはずだ。
「鬼子さん」
「温羅を殺す。それだけです」
密やかに熱を込めて、鬼子はそう言った。他三人の希望に溢れた回答とは真逆のもの。これが面接と理解していないのか。まぁ彼女にも色々あるのだろう、と愛三は納得する。
「愛三さん」
「え、えーとぉぉぉ」
さっきから答えを必死に探していたのだが、思いつかなかった。こんなことであれば鬼子以外の三人の答えも聞いておくべきだった。そもそも鞍馬山を追い出されて、他に行く当てもないので師匠から勧められた六波羅機関の入試に臨んだだけ。自分が呪術を学ぶのはほぼ趣味のようなものだ。陰陽二兎の可能性を探るのは楽しいし、別に呪術を極めて世界を支配するのも面倒だ。
「強くなりたいです」
それが絞り出した愛三の答えだった。
「ほう。強く」
その答えに一人の面接官が食いついた。
「強くなって何がしたいですか?」
あまつさえ深堀りしてくる。
「この日本で枕を高くして寝たいです」
呪いに沈んだ国、日本。現状自由経済が進められているワールドワイドな世界情勢の中で、唯一出国禁止令しているのが日本だ。技術の流入は止められないし、車やコンピュータなど最新機器も導入はされている。だがそれでも呪詛大国と呼ばれる謂れは拭い難く。国際的な立ち位置から一歩遅れているのは否めない。
「そう……ですか」
間違いの回答だったろうか。少し思案するように面接官が視線を下に振ったのが愛三には不安になる。そもそも筆記試験があれでは受かる見込みはゼロに近しいのだが。だが面接官もすぐに切り替える。
「では次の質問です」
そうして粛々と面接は進んでいく。公認呪術師へと進む気はあるか。仮に成れたとして、その姿勢を貫くか。呪詛について学ぶ気概はあるか。そもそもカーステラーと戦ったことはあるか。云々。
もはや取り繕うのも億劫で、万事その場のノリで愛三は答えた。部屋の異臭は気になったが、まさか毒を撒かれているわけでもなかろうと、そっちはそっちでスルー。
「はい。ありがとうございました。後は実戦形式での試験となります。各々憎怨の展開を準備しておいてください」
そうしていったん昼休みに入る。
愛三は六波羅機関の学食でラーメンを頼んだ。




