14:受験のジンクス
「君ねぇ。困るよ。佩刀許可なく持ち歩かれると。そりゃサムライに憧れるのは分かるけどさー」
で、鞍馬駅から京都駅へ。そのまま新幹線で東京へ。そうして初めて目にした東京は、ハッキリ言って愛三にはファンタジーだった。ぞろぞろと気持ち悪いくらい人間の波が流れ、一人二人殺してもバレないんでは、と思わせる程度に人口が密集している。しかもその誰もが非武装という。愛三にしてみれば異常とも言える文化圏。鬼に対抗するために佩刀くらいするだろう、と思っていた愛三だが、どうやら東京民は別の意見があるらしい。
で、一人みにくいアヒルの子というか。スーツを着て行き来しているサラリーマンの波に困惑している愛三に、声をかけた人が二人。どちらも警察の制服を着ており、思いっきり愛三に職質をかましていた。もちろん嘘をつかずに答えたのだが、内容が深まるにつれ警察二人の顔が何言ってんだコイツみたいな色になっていく。
「とにかくこれは預かるよ。ちゃんと佩刀許可を得てから取りに……」
「それには及ばないのよね」
職質なので東京駅の駅内で行われていたのだが、そのまま彼の刀を取り去ろうとした警察に待ったの声がかかる。
「お仕事ご苦労様なのよね。けれどその子は呪術師志望じゃなくて? 一週間後には六波羅機関の入試があるのよね。であれば彼が佩刀しているのは六波羅機関への入試への意気込みと取れないかしら?」
黒い髪の女性だった。キュルルンと可愛く、全身のコーディネートを黒でシックにまとめている。こっちの意図を全部汲んで理解するということは、彼女もまた六波羅機関に所属することを望んでいるのだろうか。
「あー。その時期か」
「しかし規則は規則」
「了解したのよね。ではこれから佩刀許可を取りに行く。コレでいいのよね? 私が監督するのよね」
「ああ、そうしてくれると助かる」
それで納得いったのか。警察二人は駅のパトロールに戻っていく。
「助かったです。ありがとうございました」
「構わないのよね。どうせ東京に初めてきた田舎者……なのよね?」
「ええ。まぁ」
どうせ見栄張ってもバレる。であれば自然体で接するのが妥当だろうと愛三も思っていた。
「私は鬼子。日本鬼子。同じく六波羅機関に入試を受けに行くものなのよね」
「ひのもと……おにこ」
「名前が物騒なのは致し方ない事なのよね。子どもは親と名前を選べないから」
そう言って名乗られて、そういえば、と愛三も名乗り返す。
「俺は百八だ。百八愛三。同じ受験者。よろしく頼む」
そう言って自然に悪手に手を差し出したのだが。
「うげ」
まるで肥溜に足でも突っ込んだように、鬼子はドン引きしていた。
「俺が何かしたか?」
不条理と言えば、まぁ不条理で。
「鬼は桃が嫌いなのよね。果実もそうだけど『も』っていう言葉が二つ連続で並んでいるだけでもドン引きなのよね」
「まぁ言われてみれば確かに」
イザナギも死者を退けるために桃の実を投げたという逸話がある。鬼王温羅を倒したのも桃から生まれた桃太郎だ。鬼にとって桃とは正に鬼門だろう。
「というわけで私が引くのは自然の摂理なのよね」
「えーと。じゃあ。助力は得られない感じで?」
まず佩刀許可を取らないといけないのだが。ロープライスロープは八年前に猿飼部に預けているので、今握っているのは別の刀だ。
「まぁ別に助力はいいけど。どちらにせよ私は無条件合格だしね」
「無条件合格……凄いんだな」
「もっと褒めたたえるがいいのよね。こう見えて最強の一角だから」
とはいえ、その片鱗を愛三は見て取れないのだが。肉体の強度はそれほどではない。であれば呪術の威力が凄いのか。そこはまぁ確かめるには浴びるしかないのだが。
「で、どうしろと?」
「とりあえず六波羅機関に行くのよね。あそこが最も話がスマートだから。ついでに受験場所もかねて一石二鳥。では参る。あ、でもちょっと離れて歩いてね」
本気で百八という苗字に引いているらしい。別に好きで付けられた名前でもないが、十五年も名乗っていると愛着も湧く。百八とは煩悩の数なので、そういう意味では呪術師らしい名前と言えないこともない。
「じゃ、地下鉄に乗るのよね」
「ちかてつ?」
「あー。インボクサーなのよね」
「いんぼく?」
「箱入りってこと。地方の呪術師でしょ?」
「否定はしない」
というか出来ない。京都出身と言えば聞こえはいいが、十五年間鞍馬山で呪術と剣術の訓練に明け暮れていた。それ以外のことを愛三は知らなすぎる。
「たまにあるのよね。呪術師としての純度を保つために外の世界と繋がりを薄くする家系っていうのが。箱入りっていうのはそういうこと。最近は外来語にかぶれているからインボクサーて呼ぶのよね。で、これが地下鉄」
と地下鉄に案内する鬼子。地面の下に電車が走っており、それを見た愛三は肝を潰した。
「なん……なん……なん?」
「地下を掘って、線路を通して、電車を置いただけらしいのよね」
まぁ確かに素人が説明すると他に言い様がないのだが。そうして地下鉄駅を眺めて感動している愛三と、その田舎者を見て苦笑している鬼子。二人が電車を待っていると。
「ギアアアアア!!!」
鬼の咆哮が聞こえた。さすがにそれが敵だということは二人にもわかる。鬼霊化夷の中でも人が変質したものは鬼と呼ばれる。その通りに鬼へと変じた女性を、二人は真っ当に見つめていた。周囲の人間は我先にと逃げ出す。戦う手段を持たないなら外に出るなよとは思うが、そんなことをして国民が引き籠ると社会が成立しないのも事実で。
黒髪の女子、日本鬼子が挑発気味に笑う。
「戦えるかな?」
「まぁ突然変異の鬼程度なら」
まだしも鞍馬山のカラス天狗の方が強い。パニック映画の端役のように、地下鉄駅から逃げ出していく東京都民。その一人の背中に襲い掛かる鬼。もはや女性であったことも疑問に思えそうな異常なフィジカルと、それを支える筋肉。人を殺すに足る爪を持った凶暴な存在。鬼。その鬼の爪が逃げるモブの背中を切り裂こうとして。
「まぁ落ち着け」
鞘から抜いた刀で愛三が受け止めた。
「ギイイイイ?」
ギチギチと刀と爪が鍔迫り合う。
「助力はいるかな?」
「必要ない」
その鍔迫り合いから愛三が一歩引く。前方につんのめった鬼が、そのままバランスを崩し、そして終わった。ヒュルリと風が歌った……と思ったらチン……と涼やかに愛三は刀を鞘に戻す。
「ギイイイイ!」
その武装を仕舞った愛三に好機と見たのか。鬼が襲い掛かる。その鬼の首が二秒後に胴体からズレて地面に落ちた。
「ちゃんちゃん」
「おおー」
鬼子によるスタンディングオベーション。そうして鬼に対する攻撃性を証明したことになるのだが。実を言えば呪術師になるには剣術も必須だったりする。




