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13:インボクサー


「愛三。貴様下山しろ」


 裏鬼門御三家の令嬢から絶対の忠誠を誓われた後。あれから八年が経った。


 相も変わらず鞍馬山で修行に勤しんでいた愛三に、シャナがそう通達した。


「えーと?」


 もちろん愛三には意味不明だ。何も不手際はしていないのに、いきなり下山しろと言われては。


「そもそも愛三。お前はここで何をしている?」


「剣術の修行」


 あと呪術の修行。


「お前の今の楽しみは?」


「剣術の向上と、ラーメンを食うこと」


「っていうか! お前下山しても同じラーメン屋にしか言ってないじゃろ!」


「え? ラーメン屋って他にもあるのか?」


「カーッ! これだよ!」


 顔に手を当てて、精根尽き果てたとばかりにシャナが言う。今の愛三は、現在の社会を知らない。知らなすぎる。ぶっちゃけバスに乗れるのかさえ怪しいレベル。それを育ての親であるシャナが言っていいのかという問題はあるが。鞍馬山で過ごすと言えば、少し意識高いかも知れないが、今の愛三は十五歳。それこそ本来は学友とスマホを弄りながら合コンをして、彼女を作って、一緒にクレープを食べながらアウトスタグラムに写真を投稿することが普通の年齢だ。


 だというのに。


 今の愛三は朝日が昇るよりも先に剣の訓練を始め、素振り一万回を終える。その後カラス天狗と組手。ちょっと師匠であるシャナに助言を貰って剣術と呪術を練り上げる。飯は鞍馬山で獲れるキノコと根菜。鞍馬寺におすそ分けされる米と味噌。たまに下山してラーメンを食いに行くも、それだって最初に猿飼部に紹介された一軒をたまーに行く程度。


 どこに青春が?


 とシャナが懸念するのも確かな話であって。


「ってわけで。愛三には下山してもらいます。何にせよ暦上は春じゃ。お前も十五歳になったんじゃし、東京の六波羅機関に所属せよ」


「六波羅機関?」


「あー、何と言うべきか」


 しばしシャナが言葉を濁す。というか説明に苦慮しているらしかった。


「まぁ端的に呪術を学ぶ学院といったところじゃな」


「がくいんって何?」


「そこからか」


 ガクッとずっこけるシャナだった。


「学院とは!」


 ビシッと。どこから取り出したのかもわからないホワイトボードを示す。


「子どもが多く集まって! 青春を繰り広げる群像劇。その友情とか愛情の中で、呪いの技術を高めるヒントがあるという画期的な修行場なのである!」


「既に呪術は極めているが」


 十五歳になった愛三は、それこそ異常なレベルで呪術を体得していた。世界最強とまでは言わないが、呪術師としてならほぼ最高位だろう。そもそも「どうやって死ねと?」という議論は愛三に限り成立する。


 永久呪詛。


 一種の不死として存在する愛三は、まさにいるだけで呪術特異点。未だ日本では鬼霊化夷の被害が広がっているのが現状で、なので出国禁止令を出しているのも事情としてはしょうがない。日本人が外国の地を踏むことは国際的に禁じられているし、日本の製品を輸入することさえ禁じられている。逆に日本以外の国で呪いの起こりが発生したら、合法投棄という形で日本に押し付けられる。


 蟲毒と呼ばれる呪いの儀式がある。その通りに今の日本は国際社会で見れば蟲毒の坩堝も同様だ。このままでは日本人が根絶やしにされる……と思った人間は鬼霊化夷を弑するために刀を持ち、呪術を使い、近代兵器を投入していた。武士道防御シバリーディフェンスによる誓約呪術で鬼霊化夷に近代兵器は通用しないが、何事にも例外はある。


「なわけで最低限の荷物を持って、出ていけ! 次逢う時にわしの孫を持ってこなかったら切るからの!」


「孫て」


 そんなわけで幾つか着替えと金だけ手に持って愛三は鞍馬山を追放された。そうしてほぼ十五年ぶり……というか産まれてからの記憶がほぼ鞍馬山なので、彼の故郷は既にこの山だ。その聳える暗い魔の山……名称鞍馬山を、彼は下山する。


「とはいえ東京って」


 ほぼニート生活を送っていた彼にとって、鞍馬山以外の場所をほぼ知らない。鬼霊化夷への対処はシャナがしていたし、愛三がしていたことなどカラス天狗との立ち合いくらいだ。


「とにかく東京だな。エキに行ってデンシャとやらに乗ればいいんだろ?」


 そもそも駅というものが何で、電車というものが如何様か。そこから愛三にはわからないのだが。


 今の彼は一種のバックパッカーだった。最低限度の着替えと金。今までは流し着を着ていたが、それは現代日本では通じないと言われて、今風の服を見繕ってもらっていた。今は春で太陽もポカポカなので春らしいファッションだ。薄手のジャケット。プリントシャツ。下はジーンズといった様子。ついでに髪は白色で、ラウンドサングラスをかけていた。レンズが円いサングラスだ。


 眼弑めしいという呼称のついたサングラスで、これは愛三の目を封印している。


 とにかく今は動くべき。


「すいません。東京ってどっちにあります?」


 鞍馬山を出て、最初にあったおっさんに声をかける愛三。もちろん駅に向かって電車に乗るなどという発想そのものが愛三には無い。


「そりゃ東京なんだから東じゃね?」


「そうか。東か。つまり太陽の上る方向に向かえばいい……と」


「歩いていく気か?」


「そのつもりだが」


「待て待て。金は持っておらんのか」


「持っている」


 百万円ほど渡された。


「じゃあ駅に向かって電車に乗れ。新幹線なら数時間で着くぞ」


「しんかんせん?」


 もはや無知というかツッコミ待ちなのかと声をかけられたおっさんが疑うほど、愛三には常識が欠落していた。


「よし。わかった。どうせ仕事もないんだ。お前に現代文明の何たるかを教えてやる」


 というわけで最初に声をかけたおっさんが当たりだったらしく、電車について最低限の知識を講義してもらう。


「ほうほう。その素早い籠に乗って高速移動をすると」


「高速走行をすると容易に鬼にも襲われにくいからな。基本的に無力な平民の移動手段は車か電車なのさ」


「なるほどー」


「で、あれが鞍馬駅。あとは電車の車掌さんに京都駅まで連れて行ってもらえ。京都駅についたら、またそこで誰かを頼って東京駅まで連れて行ってもらえ。その後のことまではおっさんも責任が持てん」


「いや、いい講義でした。ありがとうおっさん」


「ていうかその若さで佩刀しているってことは呪術師志望か?」


「呪術師にはなっている。ちょっと上京しようと思ってな」


「六波羅機関……か」


「知っているのか?」


「まぁ日本呪術界の総本山だからな」


 愛三が思っているより六波羅機関は大層なものらしい。


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