12:裏鬼門御三家の令嬢の忠誠
「では、お世話になりました」
ホクホク笑顔で、鳥取部ツバサが、リュックサックを背負ってそう言った。短い間だったが、三人にとって得られたものは大きい。犬養部は自らを救う存在を、猿飼部は自らに足りていなかった術式を、鳥取部は自らの若返りを、それぞれ愛三に貰っていた。
「ほれ。猿飼部」
そしてかしまし娘が鞍馬山を下山するという段になって。一人、見送りに出向いた愛三は、そこで自分の腰に差した刀を鞘ごと抜いて、猿飼部に放っていた。
「え……と?」
その刀を握って、困惑する猿飼部。
「やる」
それが愛三の言葉だった。
「俺の愛刀ロープライスロープだ。まぁ名前は童子切安綱のリスペクトだがな。お前の術式次第では、お前に預けるのも悪くないと思っていた」
もちろん愛三の刀が呪いを帯びていないわけもなく。
「纏っている呪いは?」
「一篇一律」
とは言っても名前だけでは、何が何やら分からない。
「その刀の刃に触れた呪いをキャンセルする効果だ。一部例外はあるが、ほぼ呪いを無効化する刀と捉えて問題ない」
「それって伝説の武器より凄いのでは……」
「まぁレプリカとはいえ安綱のリスペクトだしな。酒吞童子の首くらいは切れるぞ」
それはつまり源頼光の持っていた真作の童子切安綱にも匹敵すると、愛三は言っているのである。
「まぁちとじゃじゃ馬なところはあるが、お前の術式は収束系だろ? 刀に電撃を纏わせられないことを除いても、肉体に流す分には影響しないし、刀を通して通電できなくても、ロープライスロープのユルキャンは、それ以上のアドバンテージがあると思うんだよな」
「受け取って……よろしいんですか?」
「まぁこっちが持っていてもな。御察しの通り、鞍馬山は魔窟だ。呪いの宝庫とも言っていい。此処で暮らす分にはロープライスロープはほぼ凶器だ。だったら下山するお前に使ってもらった方が気兼ねが無いってわけで。あれだ。親戚から貰った贈り物が消費しきれないから、近所の皆さんにおすそ分け。そんな感じ」
「……ッッ! 大事に……します」
「粗雑に扱ってもらっても構わんよ。一応頑丈には象ってあるでな」
気にするな、とヒラヒラ手を振る愛三。その愛三に傅いて、裏鬼門御三家の令嬢三人は祝詞を唱える。
「……百八愛三」
「ボクたちの忠誠を」
「是非受けていただきたいです」
「忠誠って」
鳥取部からは受けている。彼女から年齢の重みを取り除く代わりに、彼女からの忠誠を受け取るという形で。だが改めて、三人娘は愛三に忠誠を誓いたいらしい。
「――ご主人様の言葉は拙たちの命より重く」
「――ご主人様の魂はボクたちの存在より尊く」
「――ご主人様の命令は私たちの尊厳より貴く」
「「「――我らはご主人様に全てを差し出します。故に守護をお与えください。あらゆる絶対の服従の対価に、我らに絶対の安寧をお与えください」」」
「あー……」
別にそんなことをしなくても、愛三は三人のピンチには駆けつけるのだが。とはいえ、彼女らが生半な覚悟で忠誠を誓っているわけではないのも理解はする。であれば、今ここで主君として度量を見せるのも、あるいは愛三に求められる能力か。
「了解した。よく俺に尽くせ」
「「「はい。如何様にもお使い潰し下さい」」」
そうしてかしまし娘の忠誠を受け取って、また来いよーなどと言って愛三は見送った。
「良き時間であったか?」
いつの間に、というのも野暮だろう。相変わらず愛三の結界をすり抜けるシャナの絶技には感嘆しかなく。
「世の中って俺が思ってるよりややこしいのな」
それが率直な愛三の感想だった。
「それがわかればまぁよしじゃな」
そうしてまたいつも通りの生活に戻る愛三。カラス天狗に仕掛けられて、木刀で返り討ち。既に宙を踏む術式も獲得している。自らの落下のエネルギーを半分だけ反転させることで、空中を踏んで跳ぶ呪術。天狗や竜が備える天翔と呼ばれる呪術だ。
キン! カカカン!
愛三の持つ木刀が、カラス天狗たちの持つ八角棒と打ち合って、鍔迫り合う。
「ほい。ほい。ほい」
その空中を踏みしめる天を翔ける術式でカラス天狗の得意とする空中でのアドバンテージを握り、ついでに彼らの頭を打つ。
「わはは。この俺に一打撃つには練りが足りんぞ」
「くっそー。たった七年でここまで強くなりやがって」
カラス天狗も愚痴をこぼす。
「今日の飯はシカの肉だな」
鞍馬山に生息するシカを見つけて狩り、その死体を捌いて、肉にする。
「うーん。美味い。シカ美味い」
「じゃのう」
その意見にはシャナも同意見らしい。というか愛三にとっては鞍馬山で獲れる肉は全てご馳走なのだが。
「反転呪術もそこそこ機能してきておるしな」
「呪術ありきなら師匠にも負けないんじゃない?」
「図に乗るな。まだお前はわしより弱い」
「本当に師匠って何者で?」
「単なる歴史の影法師じゃよ。過去には大勢殺しておるしな」
「?」
源義経の伝説など、当たり前だが愛三が知るはずもなく。
「次逢う時までに立派な主君に成っておらねばな」
ニヤリ、とシャナが笑った。
「否定も難しいが」
だが実際に、裏鬼門御三家の令嬢三人が、愛三に絶対の忠誠を誓ったのも事実だ。であれば、彼にも三人の主君として相応の振る舞いが求められる。
「まぁ大丈夫だろ。あれで三人のスペックは低くない」
愛三としてもそこは疑っていない。愛三が心配することは実はそんなにないのだと。そう信じている……というより迷信している。
「そろそろ師匠にも会わせるべきじゃか?」
「師匠の師匠っていうと……」
鞍馬山の主。鞍馬天狗に相違ない。
「呪術界でも最高峰の存在じゃよ」
「会っていいので?」
「ダメじゃったらどうせ会えないんじゃから、まぁ気楽に行こうぞ」
「そもそも鞍馬天狗って何者で?」
「それはわしにもわからんのじゃよ」
会えたとして何を語るべきか。そこから愛三にはわからない。
「しかし裏鬼門御三家から忠誠応酬を受けた身としては、無様を晒せんのも事実だが」
そもそも次があるのかさえ、愛三にはわからない。忠誠応酬を受けた立場としては三人に何かあれば守護を与えるために虫の報せが働くだろうが、それだって三人が危機に陥ればこそだ。今の時点でその懸念が懸念でしかないのは、愛三どころかシャナだって知っているだろう。




