表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/62

11:死んで得られるもの


「は……」


 愛三が傍でホケーッとしていると、倒れている猿飼部が目を覚ました。


「よ、おはよう。御機嫌か?」


「百八……愛三……?」


「ああ。俺だ」


 まぁ別に俺じゃなくてもいいんだが、とケラケラ愛三は笑う。


「ボクは……何……です?」


「自覚ないか?」


「自覚?」


「術式の自覚」


 それは胎蔵領域にある呪詛の動きだ。走るのが得意な身体。泳ぐのが得意な身体。投げるのが得意な身体。フィジカルでも個性は存在する。胎蔵領域も同様だ。何が得意なのかは人によって違う。


「ええと……」


 そうして憎怨ゾーンを展開して呪詛を練る。バチッと電流火花が閃いた。


「これって……」


「どうやらうまく終天呪詛が根付いたみたいだな」


「しゅうてんじゅそ?」


「え、知らねーの?」


 裏鬼門御三家が? と不思議がる愛三。彼にとっては当然のことなのかもしれないが、基本的に終天呪詛は現代呪術界では議論されていなかった。


「まぁ端的に言って、死んで得られる術式だ」


「死んで?」


「お前、死んだだろ」


 金鬼と戦って。というかそもそも戦いにもならず一方的に攻撃を受けて。


「それでなんで生きているんですか?」


「俺が蘇生させた」


「それこそ何故です」


「理由が必要か?」


 あっさりと。至極あっさりと愛三はそう口にする。まるで何でそんなことを聞くんだとても言わんばかりに。それで猿飼部は理解した。善意とか、打算とか、そういう概念を、この男は持っていない。敵対すれば殺し、遊戯を結べば無条件で助ける。人間が良いという観念にすら収まらない。おそらく最も近い表現を探すなら、「器が大きい」だろう。それにしたって程度というものがあるのだが。


「生まれつき持っている術式が先天呪詛。これはお前が持ってないっつって捻くれていた奴な。で、生まれた後で努力して手に入れられるのが後天呪詛。お前が誰でも使える呪術って軽視していた奴。で、それとは違う三つの目の術式。死んだ後に獲得する術式が終天呪詛。とは言っても普通死んだら人間それまでだから、これを獲得できる術者はそういない。俺とお前は例外だな」


「百八さんも?」


「赤子の頃、鬼に殺されてな。自分の反転呪術が永久呪詛の側面を持っていたから、赤子なりに死んでも生き返る術式を展開していらしい。まぁ死にたくないって思いがオートで術式展開したんだろうって師匠は言っていたが」


「ソレと同じことを……ボクに」


「死ぬまで感謝しろよ。それが俺がお前に求める呪いだ」


 一度死んで、生き返る。生は陽で死は陰。とはいえ、この属性を反転させられる人間など聞いたこともない。生を死に反転させるだけでも、ほぼ天才の領域だろう。だが死を生に反転させる術師となれば、それこそ伝説に語らなければ前例は見つからないはずだ。


「俺の呪術は『陰陽二兎インフィニット』……無制限に属性を反転させる呪術だ。まぁ大切な人が死んだら頼ってくれ。条件次第では生き返らせてやらんでもない」


陰陽二兎インフィニット……」


「さて」


 そこで愛三が、刀を手にして、猿飼部に渡す。今ここは鞍馬の山の、ちょっとした道場。二重結界の、中間地点。過去にも三人には説明していたが、そもそも女性は修験道では嫌われているので、鞍馬山にいることそのものを、鬼一法眼は良しとしていない。その鬼一法眼の機嫌をシャナがとっているらしいのだが、まぁそれは話としてはつまらないもの。


「?」


「日本刀は握ったことあるだろ?」


 先天呪詛を持っていない猿飼部は、自らの戦力を剣術に向けていた。刀を振って最強になれば、猿飼部の御家も自分を認めるだろうと。結論として、京八流の基礎程度は教えたが、そもそも古流剣術ということもあって、そもそも技術云々の話ではない。表の三抜手は、袈裟、居合、刺突の三つであるし、それ以上の技術は、ほぼ個人の独学に頼っているのが現状だ。その日本刀……マジモンの刀を握らせて、それから愛三も腰に差している刀を抜く。


「真剣勝負……ってことですか?」


「いや。慣らしだ。赤子が言われんでも泣き出すように、術式って奴は個人が獲得している常在能力。だが赤子が泣いている理由が、赤子自身にもわかっていないように、得た能力をどういう方程式で使うのかは、理性と理解が必要になる。お前に必要なのはその感覚。で、さっき電光が弾けたってことは、ほぼ間違いなく雷を具現する術式。ラッキーだったな。雷の属性は強いぞ」


「はあ……」


「あとは使う実感さえ沸けば万事終了。そのために俺と立ち会え。模擬戦の中で、使い方を覚えろ」

 そうして自らの佩刀を抜いて、中段に構える愛三。猿飼部も刀を抜いて構える。こっちも中段。

「全力で来い。殺す気で……と言ってもいい。どうせ俺の絶対防御は、刀では貫けないから心配はするな」


 無制限反転呪術による、物理法則の反射。もしそれが可能なら、たしかに彼に物理的な攻撃は意味をなさないだろう。あるいは呪術でも無理かもしれない。反転呪術がどこまで作用するかは異説あるが、場合によっては呪詛返しすらも能力の内である可能性がある。


「では、参ります」


 パリッと猿飼部の身体から電流火花が散った。実のところ、大体愛三には彼女の終天呪詛は理解できている。名前がまだついていないだけで、雷の属性。おそらく系統で言えば収束系。自分自身と、自身の触れたものに影響を与える呪術。いわば、覚醒した今の彼女は雷神。収束系はその都合上、遠距離戦に致命的に向いていないが、逆に言えば近距離戦では無類に力を発揮する。雷光を纏って雲耀の縮地を行うことも可能だろう。また自分と接触距離であれば、電撃を付与することさえ可能かもしれない。彼女自身の呪詛総度にもよるが、例えるなら歩くスタンガンとでも言ったところだろう。その彼女が愛三の目視から消えた。真っ直ぐは突っ込んでこないらしい。最速が求めるのは直線だが、気持ちは愛三にもわかる。手に入れた力を試す時は往々にして自己の限界を見切りたくなる。


「早いな」


 ガキィン! と刀の打ち合う音がした。どれほどの速度で動いたのか。愛三の背後を取った猿飼部の一撃が、彼の背中を襲っていた。その愛三は、斜めに刀を背負う形で彼女の斬撃を受け止めていた。さすがに持ち合わせて一日も経っていない赤子に、呪術戦で負ける気は愛三には無かった。


「風ッ!」


 さらに電流火花が奔る。もはや人間のフィジカルを超える動きで猿飼部が愛三の周囲を駆けまわり、その与える斬撃は音速を易々と超えている。例えるなら刀を持った韋駄天。その呪術と剣術の相性の良さに、愛三としても敬意を覚える。


 キキィン! ガキィン! キィィン!


 さらに数度打ち合って、違和感を覚えたのは猿飼部の方。自分の術式と分かっていて、説明書もないのに使い方がわかる。自分のフィジカルに電速を乗せて加速する術式。まさに示現流が語るような雲耀の一撃を彼女はモノにしている。だというのに、その速度が愛三には届かない。彼の結界がどれほどのものでも、人体の限界は今現在猿飼部に利しているはずだ。だというのに、彼に剣が届くイメージが彼女には圧倒的に湧かない。


「オーライ。理解した」


 その彼の左側面で、刀を鍔迫り合い、そして柔の剣に呑まれる。力んだ力を鮮やかに巻き取られ、手から刀を奪われる。巻き技と呼ばれる剣を用いた無刀取りだ。そのまま彼の愛刀が首に突きつけられ、試しの儀は終わるのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ