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年越し蕎麦を縁起良く食べる方法

作者: ウォーカー

 新年が迫る大晦日。

年越し蕎麦を求める人々で蕎麦屋はどこも大繁盛、

・・・かというと、必ずしもそうでもない。


 ここ、町のはずれにある蕎麦屋では、客足はまばら。

老舗と言える程には長く営業しているわけでもなく、

これといって目立つようなメニューもない。

特徴のないこの蕎麦屋にとっては、

蕎麦屋の書き入れ時である年越し蕎麦も、

下手をすれば売れ残りが出かねないような状態。

そこでその蕎麦屋の主人の男は考えた。

「なにか、蕎麦が売れる良い方法はないものか。」

すると、主人の妻である女将が言った。

「世は新年を控えお祝いムードだよ。

 そこに便乗してみるのはどうかしらね。」

「お祝いか。・・・そうだ!」

なにかアイデアが浮かんだようで、主人は指を鳴らした。


 大晦日は夕暮れを過ぎ、夜になった。

営業している商店に取っては年の最後の書き入れ時、

あるいは既に商品を売り切り、早めの店じまいをする商店もある。

そんな中、飲食店は夕食時で大賑わい。

特に蕎麦屋は年越し蕎麦を求める客で溢れていた。

しかしやっぱり、あの蕎麦屋の店内は寂しい様相、

かと思えば、店の前で女将が笑顔で声を上げていた。

「いらっしゃい、いらっしゃい!

 縁起の良い年越し蕎麦だよ!

 うちの店は縁起担ぎのため、年越し蕎麦は無料タダで振る舞うよ!」

すると無料という言葉に釣られて、いくらかの人々がやってきた。

「年越し蕎麦が無料で食べられるって本当か?」

「もちろん、振る舞い酒ならぬ振る舞い蕎麦だからね、お金はいらないよ!

 ただし、お祝いごとだから、店内で縁起の悪いことは控えておくれ。

 もしも、店内で縁起の悪いことをしてしまったら、振る舞い蕎麦は無しだ。

 通常通りの料金を頂くよ。」

なんだか耳慣れない能書きに首を傾げる人々だった。

単純に言うと、縁起を良くするための振る舞い蕎麦、

しかし縁起の悪いことをすると料金を取られるという。

人々は思った。

蕎麦屋で縁起の悪いことなんて、やろうと思ってもできないだろう。

だから、無料の年越し蕎麦目当ての人々が早速、

あの蕎麦屋の暖簾を潜っていった。


 閑散としていたあの蕎麦屋の店内は、

今は振る舞い蕎麦のおかげで大賑わいになっていた。

店内は満席、蕎麦を待つ人々の熱気で窓ガラスが曇るほどだった。

間もなくして待望の振る舞い年越し蕎麦が配膳されると、

人々から歓声が上がった。

「おお、美味しそうな蕎麦じゃないか。」

「これを無料で食べていいだなんて、なんだか気が引けるな。」

「なんて良心的な店なんだろう。」

人々は早速、蕎麦をすすり始めた。

「うん、美味い!」

「これで今年は良い年越しができそうだ。」

蕎麦を口にして、満足そうにする人々はみな笑顔だった。


 縁起の良い振る舞い年越し蕎麦。

その名前に曇りが生じたのは、食べ終わった頃だった。

食器の片付けにやってきた女将が、ある客に言った。

「おや、お客さん。

 下駄の鼻緒が切れかかってるじゃないか。

 なんて縁起が悪い。

 これじゃ振る舞い蕎麦はあげられないね。」

「ええっ?」

「最初に言っただろう?

 うちの店の中で縁起の悪いことは御法度ってね。

 悪いけど、お客さんからは代金を頂くよ。」

「そういえばそうだったな。ちぇっ。仕方がない。」

観念してその客は年越し蕎麦の代金を支払った。

その店の年越し蕎麦は、他店に比べて割高だったことが、客の癇に障った。

次に女将は、別の客に声をかけた。

「あら、お客さん。

 箸が折れてるじゃないの。

 どうやら傷んだ箸だったみたいだねぇ。

 気の毒だけど、縁起の悪いことだから、振る舞い蕎麦の代金を頂くよ。」

「えー?だって、箸を用意したのは女将さんじゃないか。」

「そうさね。でも、箸を使ったのはお客さんだ。

 そうしたらやっぱり、縁起が悪いのはお客さんの方じゃないかい?」

これが、蕎麦屋の主人と女将が考えた作戦だった。

年越し蕎麦を無料で振る舞うと客を集め、

縁起の悪いことを見つけてきては料金をせびる。

言いがかりのようなやり方だが、

口がよく回る女将に、誰も言い返すことができない。

その蕎麦屋の客は、次々に女将の餌食にされた。

「あらお客さん、靴紐が解けてるよ。

 解けるなんて縁起が悪い。

 これじゃ振る舞い蕎麦の代金をもらわないといけないね。」

「お客さん、蕎麦をそんなに噛み切っちゃあ、縁起が悪いったらないよ。

 それじゃ振る舞い蕎麦の代金はもらわないといけないねぇ。」

「おや、こっちのお客さんはお茶の茶柱が全部倒れちゃってるよ。

 これじゃあ縁起が良いとは言えないねぇ。

 振る舞い蕎麦の代金を頂戴しますよ。」

結局、無料の振る舞い蕎麦を目当てに入店した人は、

そのほとんどが言いがかりをつけられて代金を取られてしまった。

代金を取られた人々は、店の外に出て悔しがった。

すると何も知らずに店外で待っていた人々が、その蕎麦屋に吸い込まれていく。

新たな犠牲者を止めることができず、人々は悔し涙すら浮かべていた。


 年越し蕎麦を無料で振る舞うと言って客引きし、

言いがかりをつけて代金を取るその蕎麦屋。

その手口に引っかかった人々が店先で文句を言っていると、

それを聞きつけた行列の中から、ある男がやってきた。

丸眼鏡の、知恵が良く回りそうな男だった。

「おや、みなさん。

 この蕎麦屋でなにかあったのですか?」

「おう、なにかどころじゃないよ。」

「聞いてくれ。」

そうして振る舞い蕎麦の代金を取られた人々は、その男に一部始終を話した。

「な?ひどい話だろ?

 無料のはずが、やれ縁起が悪いだの何だの言って、

 結局代金を取られるんだ。」

「そもそもだぜ、蕎麦屋で蕎麦を噛み切ったら縁起が悪いって、

 それじゃ蕎麦をどうやって食べろって言うんだよ?」

すると、話を聞いていた男が、顎に手を添えて微笑んでみせた。

「なるほど。蕎麦を噛み切るのも駄目だと。

 あるいはそこに、活路があるかも知れませんね。

 ちょっと、私が行ってみましょう。

 みなさんは店の外から見ていてください。」

男は人々が止めるのも聞かず、あの蕎麦屋の暖簾を潜った。


 あの蕎麦屋の中は相変わらずの満席だった。

これから振る舞い蕎麦を食べる人は、そのカラクリを知らないのだから、

当然、席を立って出ていこうとする人もいない。

悔しいけれど騙された人々は、自らの恥を進んで他人に話したりはしなかった。

そしてその店内の客の中に、あの男がいた。

しばらくして、あの男の分を含めた、店内全ての人の分の蕎麦が配膳された。

すると、その男は立ち上がって大声を上げた。

「みなさん!その蕎麦に手をつけるのは、ちょっと待ってください。」

何だ何だと人々の手が止まる。

人々の注目が集まったところで、その男は話し始めた。

「女将さん。

 この店の中では、縁起の悪いことは御法度だそうですね。」

「あ、ああ、そうだよ。」

「切る、という言葉も、縁起が悪い場合があるそうですね。」

「・・・そうだね。」

女将はバツの悪い顔をしている。

自分たちのインチキを見破られたと思ったからだ。

しかし実際には、話はそれだけでは済まなかった。

男は目を光らせている。

「切る、が縁起が悪いとすると、蕎麦を噛み切ることもできない。

 これでは蕎麦を丸呑みするしかなくなってしまう。」

「そ、蕎麦は噛まずに丸呑みするのが粋なんだよ!」

女将の必死の抵抗も、その男は意に介さない。

「蕎麦を噛まないのは、すすって口の中に入れる時だけ。

 口の中の蕎麦は噛み切っても無作法にはなりません。

 一口も噛まずに飲み込むなんて、そうそうありません。

 蕎麦屋さんなんですから、それくらいはご存知ですよね?」

「くぅ・・・。」

そこで蕎麦屋の主人が現れた。

「なんだ、あんたは?

 文句をつけに来ただけなら、帰ってくれ!

 蕎麦は噛み切ったら縁起が悪い。

 うちのやり方は事前に説明してあるはずだぞ。」

「それは分かっています。

 私は文句を言いたいのではなく、縁起の良い食べ方を提唱したいんです。」

「蕎麦の、縁起の良い、食べ方?」

主人も女将も、その蕎麦屋の中の人々も、

あるいは店の外で聞き耳を立てている人々も、

その男の次の言葉を待っていた。


 その蕎麦屋では縁起の悪いことをしてはならない。

蕎麦を噛み切る行為も、切るという言葉が縁起が悪いという。

誰も彼もが言いがかりをつけられ、振る舞い蕎麦の代金を払わされた。

しかし、そこに対抗策を持つ男が現れた。

その男の言うことはこうだ。

「蕎麦を噛み切るのは縁起が悪いこと。

 では、結ぶのはどうでしょう?」

「蕎麦を、結ぶ?」

主人と女将が同時に答えた。

男は頷いて意図を説明する。

「ええ、そうです。

 蕎麦を結んでいくんです。

 そうして一本の長い蕎麦を作って、

 テープカットのように結び目ごとに切るんです。

 これなら蕎麦を切っても縁起が悪いことにはならないでしょう。

 むしろテープカットはお祝いごと。

 新年をお祝いすることになるのですから、

 ご祝儀を頂いてもいいくらいです。」

主人と女将は二の句が継げない。

呆気にとられた人々に、その男は呼びかけた。

「そうと決まれば、蕎麦が冷めきって仕舞わないうちにやってしまいましょう。

 みんなの器に入った蕎麦を結んで、一本にするんです。

 それが終わったら、他の人の蕎麦と結んで繋げましょう。」

そうしてあれよあれよと、蕎麦の結び目が出来上がっていった。

一本に繋がった蕎麦のつなぎ目には、固結びや花結びの結び目が作られた。

それをみんなで一斉にカットしてみせた。

「今年の悪い出来事は全て断ち切って、新年も良い年でありますように!」

蕎麦のテープを指でカットしていく。

すると人々の手には、固結びや花結びの、縁起の良い形の蕎麦が残された。

洗いもしない手で結ばれた蕎麦は、お世辞にも清潔とは言えない。

それでも人々は、無料で振る舞われた蕎麦を美味しそうに食べていた。

騒ぎは店の外で順番待ちをしている人々も聞き及んでいる。

きっと次から入店する人々は、みな同じやり方をして代金を逃れるだろう。

こうして、その蕎麦屋の悪巧みは儚くも解け去った。

人々は蕎麦を結んでテープカットし、縁起良く振る舞い蕎麦を食べるのだった。


 そうして、その蕎麦屋は、

本当に無料で年越し蕎麦を大量に振る舞うことになり、

その年の大晦日は大損をしてしまった。

しかし、お祝いごとは誰にでも福をもたらす。

固結びや花結びにした蕎麦は意外と美味しいと評判になり、

その蕎麦屋の名物メニューとなった。

待望の名物メニューを手に入れたその蕎麦屋はやがて人気店となり、

また次の大晦日を迎えることができた。

そして、あの出来事が元で、あるいはお礼として、

その蕎麦屋の年越し蕎麦は、ずっと無料で振る舞われるのだった。



終わり。


 もうすぐ新年、年越し蕎麦の話にしました。


年越し蕎麦は一年の災厄を切るという意味だそうで、

災いは切れて欲しいけれど、でも良いことは続いて欲しい、

あるいは逆に続くことが縁起を良くして欲しいと思います。


お読み頂きありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
『結ぶ』とは、なかなか知恵が効いていますね。 お蕎麦を噛みきらなくて済み、あまつさえ縁起の良い意味を持つ単語でお店側を言いくるめる事に頷ける作品です。
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