悪女と離れ ーアベルー
「着いたぞ!アベル早く!」
「ハア…ハア」
文句を言いたいが息が上がってしまい声が出ない。
セドリックが体力の化け物なのか私がひ弱なのか……。
店を出ると「お前の馬はどこだ。」と言われ、王宮に戻り私の馬に乗り、行こうとするセドリックを必死で止めた。
私も王宮の馬を借りたついでに仕事場に早退する旨も伝えた。
店を出てからセドリックは終始無言だった。
いや、一言だけポツリと聞かれた。
悪女と言ったのは何故か、と。
「サイラスが」「サイラスか。」
間髪いれずセドリックがいった。
その後も考え込むように黙って足早に王城に向かった。
王都から領邸までは猛スピードで駆け抜けてきた。
正確には猛スピードで駆けていくセドリックに必死について行った、だ。
よく落馬しなかったものだ。
私は滑り落ちるように馬から降りるとヨロヨロと歩く。
まだ体が上下しているような感覚になっている。
「早く!」
セドリックといえども私を置いて屋敷に入ることはできないらしい。当然だが。
本邸に行こうとしていたセドリックの腕を掴むと手で離れをクイクイと指した。
「今離れなんてどうでもいいだろう!早く!」
「ハア……違う。離れだ。」
ちょっと落ち着いてきた。
「は?離れ?なんで……」
そこまで言うとハッとした顔になり離れに向かって走りだした。
もちろん私も後をよろよろと追った。
「主人を入れることができぬなど、お前は主人が誰だかわかっていないのか!」
遅れて離れに到着するとセドリックは使用人に声を荒げていた。
「で…ですが来客は先ず奥様に知らせるようにきつく言われています。勝手に入れれば叱られます。」
使用人の女がオドオドしながらセドリックを止めていた。
「自分が誰に雇われているのかわからぬ使用人など用はない!」
そう言うと、グリン!とこちらを振り返る。
「アベル!そうだな?!」
ええ……
しかし使用人の言うことももっともだ。
「確かにそうだが、まずは私が来た事を……」
「そら!許可が出たぞ!」
言うとズカズカと上がり込んだ。
出してない!
「お…おい!」
狭い離れの間取りなど、どこの家も大体同じだ。
セドリックは迷いなくブリジットの部屋を目指して上がって行くとドンドンドンとドアを叩いた。
「ビジイ!!開けるよ!!」
と言うともう開けていた。
「きゃあ!!誰よ!!!」
中から声が聞こえる。
「いきなり開けるとは!無礼者!」
中からは複数の声が聞こえた。
「お前らこそ誰だ!!ビジイをどこにやった!!!」
どう言うことだ?
慌ててドアを覗き込むと中には着飾った母娘がティータイムをしていた。
「誰……」
パンクしそうな頭でようやく出た一言がそれだった。
「セディ兄様?」
すると後ろから声がした。
グレーの瞳は驚きで見開かれていた。
「ビジイ!」
セドリックはブリジットを見つけると走り寄り抱きしめた。
「ああ、よかった!無事だったんだね!」
「一体これは……」
窮屈そうにブリジットが私を見て言う。
そんなこと言われても。
もう私にもわからない。
見知らぬ親子は、カトリとマリーだった。
ずいぶん派手に着飾っていたのですぐわからなかった。
駆けつけた我が家の衛兵が離れの地下牢に入れて、今は1人ずつセバスチャンが聞き取りをしている。
そして私たちは本邸の客室に場所を移してた。
「一体どうしてここにセディ兄様がいるのですか?私は二度とお会いすることは無いと思っておりましたが。隣国とはいえ離婚した相手に会いに来るなんて公爵家の醜聞になりかねません。」
「君がドレスや装飾品や高級食材を買い漁ってるなんて、そんなわけないじゃないか!そう思ったら居ても立ってもいられなかった!」
そこまで言うとバッとセドリックはこちらを見た。
「アベル!籍を入れたのになぜビジイが離れに住んでいるんだ!」
「セディ兄様。」
力強くブリジットが名前を呼んだ。
「これは夫婦の問題です。ここからは私たちで話し合います。」
そうハッキリ言われるとセドリックも引かざるを得ないのだろう。
しぶしぶ、と言ったように口を閉ざした。
そんなセドリックに向かってブリジットはにっこりと笑った。
「さあ!もう日が傾いていますよ。もう戻らなければ。私はお見送りはしませんがまた手紙を送ります。」
そう言われたセドリックがチラリとこちらを見た。
セドリックはまた嘘をかいて寄越すのではと思っているんだろう。
「私からも手紙を送ろう。」
そう言うとセドリックはほっとしたような顔を浮かべた。
そして部屋を出る刹那、セドリックにブリジットは声をかけた。
「もう私に会いにきてはいけませんよ。セディ兄様。」
バッとセドリックが振り返ってブリジットをみる。
ブリジットは穏やかに笑っていて、泣きそうなのはセドリックの方だった。
セドリックはぎゅうっとブリジットを抱きしめる。
「僕のせいかい……。」
ぽつりと言った。
「いいえ、セディ兄様のせいだと思ったことは一度もございません。今も大好きな兄様のままですよ。」
そう言うとブリジットはセドリックの背中を宥めるようにポンポンと優しくたたいた。
兄様と言いながらもブリジットの方が姉のようだ。
一体2人は……激しく混乱したまま私とセドリックは部屋を出た。
「手紙はドリンコート侯爵家に送ればいいのか。」
セドリックの親戚の家である。
「いや、今回は宿に泊まっているんだ。」
私が聞くと宿の名前を教えてくれた。
なんでまた宿に?
しかし聞くより先にセドリックが口を開いた。
「本当に。本当にあの子は噂されるような子じゃないんだ。それだけは誤解しないでほしい。」
念押しするように言うと、宿にアリス嬢を放って来た事を思い出したらしく慌ててうちが用意した馬車に乗り込んで帰って行った。
部屋に戻るとブリジットに話は明日にしようと、本邸の客室を使うようにいった。
何を考えているのかわからない顔で微笑みながら「ありがとうございます。」とお礼を言った。
案内の侍女について行った後ろ姿を見送る。
ドレスを買いあさっていたとは思えない質素な服装だった。
私は勢いよく踵を返した。
まだ離れで何が起きたのか私にはわからない。
しかしきちんと正しく知らなくては。
そう決意すると私は離れに向かって力強く歩き出した。