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変人令息は悪女を憎む  作者: くきの助


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懺悔 ーブリジットー

「久しぶりだね、ブリジット。」


ブリジットが応接室に入るとアベルは立ち上がり開口一番そう言った。

ブリジットはクスクスと笑う。


「1日振りですよ。」


貴族の笑顔には変わりないのに柔らかい。

アベルも安心したように笑い返す。


今日もガネット夫人とポールとデイビットが付き添っていた。


大揉めに揉めたあの次の日。

ブリジットはアベルに会わなかった。

そしてそれが昨日の事。

今日はいよいよ週末。

前から決まっていた話し合いの日だ。


ブリジットはすっきりした気持ちでこの日を迎えていた。

まるで涙と一緒に心の奥底に沈んでいた澱も流れたようだった。


ブリジットが大泣きしアベルが謝罪を繰り返したあの日。

涙も止まりただただ皆の前で抱き合ってる現実をブリジットが直視し出した頃、絶妙なタイミングでブリジットはガネット夫人の手でアベルの腕の中から救出され部屋に戻った。


その後アベルは「愛する事はないなんていつ言ったんだ。」と責められたが、だんまりを決め込み帰って行った。



「今日は婚姻解消の話をしに来た。言いたいことは一つだけだ。そして君の言葉が聞きたい。」


ブリジットが応接椅子に座るとアベルは緊張したように話し出した。



ふと気付けばアベルはブリジットの前まで来ると跪いていた。

ブリジットの手を取る。


「ブリジット。私の気持ちは先日言った通りだ。婚姻解消は私の本意ではない。もう一度私にチャンスをくれないか。」


ブリジットはアベルの手の温もりを感じながら静かに目を閉じた。


ブリジットが昨日アベルに会わなかったのは、誰にも会わずに1人で考えたかったのだ。

自分の事を。そして今まで見ないようにしていた事を。



アベルが婚姻を継続したいと思っている。



少し前のブリジットなら考えもしなかった事だ。

きっとアベルに何を言われても信じなかっただろう。


でも今は違う。


ブリジットは目を開けると、もう片方の手をそっとアベルの手に重ねた。


「アベル様。お返事の前に少しだけ時間をいただいて私の話をしてもいいでしょうか。」


「ああ、ああ、もちろんだ。」


快諾したアベルを見つめブリジットは嬉しそうににっこりとした。


アベルも微笑む。

ブリジットが自分の話をしてくれる。それだけでアベルは嬉しかった。

例え少し不穏な空気が流れていたとしても。



「昨日私は両親からの手紙を読んだのです。」


アベルが横に座るとブリジットは話し出した。


「両親からは定期的にずっと手紙が届いていました。スラビーズ領にきてからも。ですが……薄情な娘とお思いでしょうが、封も開けていなかったのです。」


「なぜ?」


アベルは不思議そうに尋ねる。


「読むのが怖かったのです。怒っているのではないかと。我儘を許してもらったのに、全て投げ出し隣国に逃げてしまった私を両親はどう思っているのか。ガネット夫人から両親は心配していると聞かされても、やはり手紙を開ける事は出来ませんでした。」


そこまで言うとブリジットは言葉に詰まり黙り込んだ。

しかしまた吐き出すように話し出す。


「開けて読んでみればヒステマラ領の近況と、そして私を気遣う言葉ばかりでした。返事を書かない私を責めることもありませんでした。」


そして取ってつけたようにふふと笑う。


「アベル様の助言の通りぶどうを植えたそうです。どうやら順調のようですよ。ワインを作ることも視野に入れているそうです。」


明るい言葉とは裏腹にブリジットから笑顔が徐々に消える。



「アベル様。私、許されたかったんです。」



ぽつりと言った。


「ゴスルジカ公爵家で自分は人を騙してると気付いてからずっとずっと謝りたかった。でも自分だけの事情で謝る事はしなかった。そうしてこの国に来て、また契約を結んで、また人を騙していました。」


「それは私が言い出した事じゃないか。」


アベルが慌てたように口を挟む。

しかしブリジットはゆっくり首を振った。


「嘘を吐き続ける事を自分で決めて受け入れたのです。アベル様に悪女かと聞かれても違うと言えば良かったのです。でも悪女がどういう目で見られているのかを私は知っている。悪女が悪女じゃないと言い出すなんて滑稽なことをしたくなかった。アベル様にそんな姿を見せたくなかったのです。」


今更ながらブリジットは思う。

この時に正直に言っていれば良かったのだと。


しかしその時はブリジットも冷静ではなかった。


ブリジットはセドリックの話の中のアベルに、アベルのくれる手紙の文字に、すっかり恋をしていた。

実際会ってみれば想像よりずっと素敵で夢心地だった。


そこに冷や水をかけられた。


そして悪女じゃないと一生懸命否定する自分はみっともないように思ってしまった。

醜態を見せたくなかった。


ブリジットは頭に浮かんだ想いを振り払うように頭を振った。


「私、ずっと許されたかった。でもきっと同じくらい許したかったのです。」


「それは……私を?」


「いいえ、私が許したいのは私です。」


悲しそうに少し笑う。


「アベル様。私は本当に誰のことも恨んでおりません。怒ってもいません。私は一度吐けば重ねるしかない嘘を吐き続けていました。結果要らぬ罪悪感をアベル様に植え付けました。心から思っているのです。誰も私に謝罪することはないと。ですが……。」


悪女と勘違いしていたアベルを許せば、悪女と嘘ついた自分を許す事になる。そう思っていた。


「私は私を誰よりも許せなかった。でも……もう……」


そういうとブリジットは真っ直ぐアベルを見つめた。


「アベル様、先日謝罪をいただきましたが返事をいたしておりませんでした。」


目を逸らす事なくしっかりとブリジットは続ける。


「私、アベル様を許します。」


そしてようやく……


自分を縛っていたがんじがらめの鎖が解けていく音が聞こえた気がした。


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