謝罪を ーガネット夫人ー
「申し訳ありません。アベル様にした事、心からお詫びします。一度ならず二度までも。本当に……」
そこまで言うと続かなくなったように言葉を失った。
ビジイは私の前で頭を項垂れて座っている。
膝の手はぎゅっと握られていた。
食堂の前で大騒ぎをした後、ビジイはアベルを引っ叩いたかと思うと踵を返し走り出した。
放っておいてはいけない気がした。
結果追ってよかった。
走るビジイに追いつくはずもなく、遅れてビジイの部屋に到着した私は部屋に入れてもらい驚いた。
荷造りを始めようとしていたのだ。
「もうここに置いていただく訳にはいかないと思いました。」
少し興奮状態だったビジイをなんとか宥めて椅子に座らせ侍女にお茶を入れさせた。
ようやく落ち着いたかと思いきや、口から出たのは謝罪だった。
「あなたが謝ることはないわ。」
アベルが落としたのは手紙だった。
その時のポールとアベルの態度。
やましい事があるのはポールとアベルの方だろう。
でも……
「何があったかなんて聞かないから安心なさい。ビジイ、あなたはここにいていいのよ。出て行くなんて言わないで頂戴。」
そういうとビジイは少し黙った後ゆっくり首を振った。
するとずっと俯いていた顔を上げた。
その瞳は私をまっすぐ見ていた。
「あの手紙は……アベル様が落とされた手紙は私が小公爵セドリック様に宛てた手紙です。おそらく先日セドリック様の御判断でアベル様に託されたのでしょう。」
聞いた瞬間、疑問符が頭に浮かぶ。
ビジイがセドリック様に宛てた手紙を、アベルが持っている?
少なからず衝撃的な話だった。
「あなたはそれを知っていたの?」
言わずもがなの事を聞く。
当然のことながら答えは否。
「昨日気づきました…。その……最初は内容をご存知なだけなのかと……」
言いにくそうにまた顔を伏せてしまう。
でも、ぽつりぽつりと言葉を選びながら話し始めた。
そうして話し終える頃には項垂れているのは私の方だった。
そんな私に気付かぬ様子でビジイは話し続ける。
「アベル様を……皆の前で叩いてしまったのは心から申し訳なく思っていました。なのに……今日の事でポール様までご存知なのかと……居た堪れなくなり……思わず……また……」
私は項垂れながらも手を上げた。
もうこれ以上は聞くに耐えない。
「いいのよ。いいの。あなたは悪くないということがよくわかったわ。」
頭痛すらしてきた。
思わずこめかみを抑える。
要するに、ビジイは何度も手紙をくれるセドリック様に実は離れで暮らしているなどと言い出せず理想の夫婦像を手紙に書いて送っていた、と。
手紙に書いていたそのままの事が起こったのでアベルが手紙の内容を知っていることに気付いた。
そしてつい先ほどアベルが手紙を落とした……。
それは、居た堪れないだろう。
しかしその気持ちをアベルが理解できるのかと言われると……疑問が残る。
むしろ手紙をなぞったデートを企画したことは名案だと思っていそうだ。
「私が悪いのです。勝手に妄想のようなデートを書き連ねて……アベル様の目に触れることがあるなどと考えもせず……気持ちの悪い思いをさせて……」
「何を言っているの!あなたが悪い訳ないでしょう!」
普通は他人の目に触れないものだ。
そもそもそんな手紙を書かせたのは誰なのか。
景気良くアベルを引っ叩いたのはむしろ正解だ。
実のところ昨日その話を聞いて少なからずホッとしたのだ。
アベルのことだから何か無神経なことをしたのだろうと思っていた。
それは先の口付けの件でも明らかだ。
だから昨日はちゃんと不快だとビジイが自己主張したのだと。
なのに今回もビジイはあっという間にまた自分が悪いことにしてしまった。
「ビジイ……」
なんて声をかけていいのかわからなかった。
ビジイは自分が許される訳がないと思い込んでいる。
嘘を吐き続けた事はビジイを今も蝕み続けているのだ。
コンコン
その時ノックの音がした。
こんな時にノックするなんてデリカシーのないのはアベル絡みだろう。
ドアの近くに控えている侍女に目配せをすると侍女が対応し私に耳打ちする。
ハアとため息が出た。
「ちょっと失礼するわね。」
そうビジイに言い残しドアを出るとポールが立っていた。
「……ビジイはどうしてる?」
「安心なさい、あなたを責めるような事は一言も言っていないわ。それどころか自分が全て悪いと言っている。謝罪を申し込んでも受け入れられないでしょうね。そもそもあなた方を悪いなんて思っていないのだから。」
ポールはバツが悪いような顔をして視線をそらした。
「アベルが会いたいと……」
「会わせないわ。」
「会えないなら帰らないと言っている。仕事も休むと。手に負えない。」
「ビジイの事を少しでも気遣えるのなら帰れと。それでも聞かないなら勝手にさせておきなさい。」
アベルは妙に勘がいい。
確かにビジイがいる間、もうアベルを屋敷に入れる気はなかった。
しかしそれにはまず出て行ってもらわなければならない。
こうなったら子爵家の衛兵を使って……
膠着状態で考えているとポールがハッと私の後ろを見た。
まさか……
「ビジイ!」
名前を呼ばれるとビジイは焦ったように頭を下げた。
「申し訳ありません。話の途中に……ですがポール様のような気がして……。謝罪だけでも致したく……」
ビジイの言葉を遮ったのはポールだ。
「やめてくれビジイ。謝るのは私の方だ。頼むから頭を上げてくれ。」
「いえ、今回の事でポール様に謝罪を頂くことはありません。もちろんアベル様にも。」
「そんな事は!」
「お許しいただけるならアベル様にもお会い致します。」
「ビジイ!」
今度は私が声を上げた。
「会う事ないわ!何を言うの。」
「先ほどは逃げてしまいましたが、最後に謝罪がしたいのです。」
「ビジイ……」
そうだったわ。
ビジイは清廉なくらい真っ直ぐで、真面目で………とんでもなく頑固だったわね……。
ビジイが謝罪したい相手が会いたいと言っているんだから……引く訳ないのよ。
諦めたように私は了承した。




