酷い ーブリジットー
酷い
酷い
酷い
「酷い、酷いわ……酷い…」
ブリジットは自室でシーツにくるまり縮こまっていた。
口を開けば酷いしか出てこない。
今日はまさにブリジットが夢見た理想のデートだった。
素晴らしい景色を見ながらお昼を食べ、その後はのんびり読書を楽しむ。
思わず没頭してしまい時間が経ち「読書しかしなかったね。」と2人で笑い合い、帰路に着く。
ブリジットは滑稽だとわかっていながら、自分が幸せだと嘘をつくために夢のようなデートを手紙に書き連ねてはセドリックに送っていた。
湖デートはその内のひとつだ。
どうしてアベルが知っているのか。
しかしブリジットはもうわかっていた。
セドリックがスラビーズ領に来たあの日アベルに確認したのだ、手紙の内容を。
気付いた瞬間血の気が引き、次に訪れたのは羞恥。
ただただ恥ずかしかった。
気が付けば馬車から飛び出し、驚くアベルの頬を盛大に叩いていた。
(だってだって酷い……)
こんな形で知っていることを突きつけるなんて。
気持ちよくお別れするためのお出かけだった、なんて思い上がりも良いところだ。
それでも。
怒っているならはっきりと怒りをぶつけて欲しかった。
怒っていないなら素知らぬふりをして欲しかった。
(でも……)
ブリジットだって本当はわかっている。
嘘をついていた自分が悪いのだと。
覚えの無い自分とのデートが手紙に勝手に綴られているのだ。
中には愛を囁いてくれたと書いたものもあった。
それを知って何と思っただろう。
さぞ気持ちが悪い思いをした事は容易にわかる。
それが知られたからとブリジットが怒るのはお門違いだ。
でも、でも!
恥ずかしかった。
酷いと思った。
今だって顔が熱い。
ブリジットはそれから1日部屋から出ることが出来なかった。
次の日の朝、ブリジットの頭はすっかり冷えていた。
一晩休むと冷静になる。
冷静になると今度気になり始めたのは、他人から見た自分の行動だった。
何の落ち度もないアベルに、いきなり癇癪を起こしたブリジットが引っ叩いた。
昨日の1日は完璧だった。
それを恥ずかしいと感じるのはブリジットだけだ。
(きっと子爵家の皆に呆れられているわ。)
呆れられているだけならまだいい。
使用人たちの前でアベルに恥をかかせたと怒っているかもしれない。
屋敷の前で盛大に引っ叩いたのだから、皆知っているだろう。
その上昨日は晩御飯も食べずに部屋に引き篭もっていたのだ。
(皆に謝罪しなければ。)
覚悟を決める。
侍女に朝食に行く事を伝えてもらい、身なりを整えるとブリジットは食堂に向かった。
子爵家の皆は仲がいい。
昼こそ別に食べているが、朝食と晩御飯は皆揃って食べている。
子爵家に住まわせてもらってからブリジットもその仲間に入れてもらっていたのだ。
(きっともうアベル様にお会いする事ないわ……)
叩いたお詫びは手紙ですればいい。
万が一顔を合わす機会が巡ってくるなら自分はその場を遠慮しよう。
今度こそそんな機会もないだろうが。
そう思いながら食堂に向かっていると食堂の扉が開き中から人が出てきた。
ガネット夫人だった。
夫人はブリジットに気付くとハッとしたようにこちらに来る。
思わずブリジットは緊張した。
「ビジイ!今からあなたの部屋に朝食を運ばせようと思っていたのよ。いいのよ、無理しなくて!ああ、やはり昨日行かせるのではなかったわ!」
するとまたバターンと扉が開く。
出て来たのはデイビット。
「ビジイ!来ちゃだめだ!部屋で食べて!」
ブリジットは何が何やらわからない。
「え、え?」
混乱していると、またバターンと扉が開いた。
「ブリジット!!」
ブリジットは声も出ず凍りついた。
「ああ!出てくるなよ!無神経男!」
デイビットが叫びながらアベルを押し返した。
どうしてアベルがここにいるのか。
ブリジットはいまだ状況をつかめず、ただただ目の前にアベルがいる現実に思わず後退りをしていた。