全部君のせい ーアベルー
私は呆然と立ち尽くしていた。
セバスも護衛も御者も目を丸くしてこちらを見てる。
しかし私も何が起きたかわからない。
確かに、確かに、このデートをブリジットは楽しんでくれていたはずだった。
終始和やかに時が流れてたはずだ。
最後は思わず見惚れる様な笑顔まで見せてくれた。
馬車が子爵邸に着いてブリジットに手を貸そうとした瞬間、ブリジットは手を取らずに馬車を飛び降りた。
これは…私は……引っ叩かれたのか……?
なぜこうなった?
このデートプランは失敗だった?
いや、そんな訳はない。
なぜならこのプランは……
「アベル。」
不意に名前を呼ばれた。
ぎこちなく声の方を見やると何かを堪える様に唇を噛み締める兄のポールが立っていた。
立ち尽くす私を兄さんの執務室に招き入れお茶をいれるように使用人に言いつけた。
兄さんはこの執務室のバルコニーから一部始終を見ていたらしい。
「なんでそんなことになったんだ?お前何したの。」
「そんな事言われても、私にだってわからない。」
思わず片手で頭を抑え俯いた。
ポール兄さんはお茶を一口飲むと「ふむ。」と軽く言った。
「そもそも急にデートだなんて。どういう風の吹き回しだったんだ。皆首を傾げていたぞ?」
そう言うと兄さんは足を組みおとがいを撫でた。
どういうって……
うまく説明しようと思うが言葉にならない。
「そこを何とか言葉にしてよ。」
そう言えば、軽い調子で返された。
言葉に……
「……全部ブリジットのせいなんだ。」
「ぶふっ」
「え?」
「んん、ゴホン。…で?」
「ああ。」
私は何とか自分の気持ちを言葉にする。
「ブリジットといると自分が自分じゃなくなる感覚になって、私はそれがたまらなく嫌だったんだ。」
ブリジットが出ていったあの日、結局私は謝ることも出来なかった。
その後も浮かんでくるのは後悔の言葉ばかりだった。
「正直に言えばブリジットが領邸を出ていく事が決まって、もうこんな落ち着かない気持ちにならなくて済むと安堵する気持ちが湧いた。でも実際出て行ってしまうと……何も手につかなくなった。」
「ふうん。」
ポール兄さんの返事に少なからずがっかりする。
私の代わりに言ってくれないかと思った。
私だって言いたくない。
今更気付いてもどうしようもないこんな気持ちなど。
舞い上がったり落ち込んだり、あまつさえ何も手につかない。
なんて情けない、捨てたいのに捨てられない、こんな気持ちなんて。
こんな情けなくみっともないのは全部彼女のせいなのに、彼女にはもう会えないのだ。
「でも会えないなんて、母上が勝手に言ってるだけじゃないか。」
「勝手に?婚姻解消するなら当然じゃないか。」
「ブリジットに対する罪悪感があった。だから母上が婚姻解消を提案するのも当然だと思っていた。でも当の私達は一度も話し合っていない。」
「そうだね。でもお前とブリジットが話し合っていないなんて今更じゃないか。」
「ぐ……」
「しかも原因お前。」
「だからだ!」
思わず声高に叫ぶ。
「私達はまだ夫婦だ!婚姻解消はまだされていない。最後にみっともなく足掻いたっていいじゃないか!」
何の話もしなかったことでずっとあったものに気付けなかった。
そもそもみっともなくても情けなくても今更だ。
「ははは!ああなるほどね!最後の足掻きだったんだ。」
笑い声に思わず毒気を抜かれる。
大きく息をつくと背もたれに体を預けた。
兄さんの人を食ったような性格、嫌いじゃないけど好きでもない。
じとりと睨んだ。
「まあまあ。で?デートに誘いに来た理由はわかったけど、何で引っ叩かれたの。湖にピクニックに行ったんだろう?もしやブリジットの好みじゃなかったんじゃないの。」
「それはない。」
食い気味に言うと、兄さんが私を訝しげに見る。
「ずいぶん自信満々だね。」
「当然だ。」
そう言うと私は懐から手紙を出し前のテーブルに置いた。
念の為持って来ていたんだ。
兄さんはテーブルの手紙と私を何度か視線を行き来させ、胡乱げに私を見た。
「セドリック様宛の手紙?」
私は無言で頷く。
「ブリジットからセドリックに宛てた手紙だ。」
「……見たのか?」
「元々セドリックから見る様に渡された手紙だ。」
「これが自信の根拠か?」
そう言うと兄さんは私に目で話す様に促した。
私はブリジットがいなくなってから心にぽっかり空いた穴を埋める様にブリジットの手紙を読み返していた。
手紙のやり取りで交流を深めていた時、素直な文章に好感を持っていた。
今読み返せばどうして悪女という話を信じてしまったんだ、と情けなくなる。
悪女といわれるような人物が書く文章とは到底思えない。
セドリックが「君はこれを読むべきだ」と置いて行った、彼に宛てた手紙も全部読んだ。
美味しいパイのお店に連れて行ってもらい嬉しかった。
美しい景色を見に遠乗りをして楽しんだ。
無邪気に綴られているそれは悲しい嘘だ。
胸が締め付けられる。
と同時にこんな素朴な事で喜ぶのかと、私がブリジットの事を何も知らない事を見せつけられた気分だった。
そこではたと思いついた。
「まさか……お、お前……」
そこまで話すと、兄さんが震えるように言う。
かと思えばいきなり両手で顔を覆い天を仰いだ。
「兄さん?どうしたんだ。」
そう声をかけると、兄さんはぐしゃぐしゃと頭を掻きむしった。
本当にどうしたんだ?




